第29話 騒々しい憧れ
「アールヴァクが王に反逆したのです」
「辞めてって言ったのに撃ったからでしょ!」
「今、聞いているのはプリーニだ」
前代の王がビレステを威圧する。
国王とビレステの二人は似たような顔で、しょんぼりした。もしかしたら気が合うのかもしれない。
「プリーニ。どうなのだ?」
「アールヴァクは魔王城にある貴重な魔法具が欲しいが為に、虚言を申したのです。この男は以前に魔法研究所を追い出された身。おそらく田舎で研究を続けたはいいが、上手くいっていないのでしょう。そこで今回の件を思いついた。――残念ですが研究者には、研究の為なら手段を選ばない者もいるのです。そこで私がアールヴァクの嘘を見破ろうと魔法を行使したところ、逆恨みにもこうして暴れたのです」
つらつらと嘘がよく回る口だ。
「恐れながら」
カノートが口を開く。
「申してみよ」
「このエルフが攻撃するのなら、もっと大規模な魔法にするはずです。よって反逆者というのは疑問かと。その上、この娘は『石積み』の親戚だそうで。この二人が嘘をついてまで何かをするというのは、どうでしょうな」
ビレステが訂正しようとしたので、アールは目で静かにしろと釘を刺した。カノートもちらりと、意味ありげに視線をやる。
「石積み。おお。覚えておる。お前の右腕だった男か」
プリーニが口を開く。
「だから私情に振り回されたのか騎士団長よ。素早く脅威を排除せぬから、王を危険に晒していたのだぞ!」
「儂は場面を見極めていただけだ。なにか不満か?」
カノートの体から気が立ち昇る。さっきまでは感じなかったものだ。
「実力を疑っておるのだ。短縮詠唱すらできない魔法使い一人にてこずるなど。それでよく国を守ると申したものだ」
「短縮詠唱が使えない?」アールを見て、顔を戻し続ける。「そんなことはどうでもよい」
それを聞いたプリーニが馬鹿にしたように鼻から息を吐く。玉座に近いところは高くなっていて、物理的にもカノートを見下していた。
「どうでもよいだと? どうやら騎士団長殿は魔法を知らんらしい」
「もう一度言う。どうでもよい! 短縮魔法など、戦場ではなんの役にも立たん。魔物にはいいだろうが、魔法長官殿は冒険者にでもなるつもりか?」
元々仲が悪いのかもしれない。プリーニとカノートが争うのを見て、アールは杖をしまった。
それからビレステに筒の中の死んだネズミは後で処分しておけと伝える。
嫌そうな顔をするが、仕方ない。これからは必要な作業になる。
「短縮詠唱がなければ不意の接敵に」
「したのか? 先の魔族との戦争で?」
問われたプリーニが黙る。基本的に魔法使い、特に宮廷魔法使いは貴重な人材であり、後方に配置される。
「そんな魔法使いなぞいない。いつだろうが前線で血と汗を流し、泥を涙で拭うのは騎士と、そして誇り高き民兵である」
既にアールの興味は無くなっていた。魔王城への通行許可が下りるのか、下りないのか。早くして欲しい。寿命を吸われた時の感覚が鮮明な内にメモしなければ。
「あの時、後ろからもっと強力な範囲攻撃を出せていれば死なずに済む者がいた。腕を失うことがない者もいた。近頃の魔法研究所では短縮詠唱を推進するなど馬鹿な方針を打ち出す輩もいるらしいがな。遊んでいる暇があるなら、次の戦争に向けた有効な魔法を一つでも打ち出せと言いたいところだ」
「な。なにを。遊びだと?」
プリーニは怒りで顔が赤くする。
なんやかんやと、この後は前代の王が場を預かり、二人は帰宅した。魔王城への通行許可が下りたと手紙が来たのはそれから二日後だった。手紙には条件もある。
国へその成果を共有すること。
借用する魔法具は三十年以内とすること。
一覧を届出し、その管理には細心の注意を払うこと
などが定められた。常識的な内容だったから、むしろプリーニは暴れたせいで自らの首を絞めたことになる。
研究所のゲストルームは追い出された。プリーニにとってはなにか横取りできるものがあれば、と泳がせられていたのだ。当然だったがしかし、王都なだけあって宿はいくらでもある。ただの嫌がらせに過ぎない。
アールは宿のベッドで、これからの動きを定めた。
魔王城に向かい、無属性魔法の対策を探すこと。そしてその道中でも無属性魔法の情報を集め、研究を進める。もしかしたら魔王城に行かずとも対策はできるかもしれない。
魔王城への道は大陸を北と南へ二分する、山脈を越える必要がある。ラディッキ王国からも山脈は超えられた。だがホタ帝国からの方が道は整備されているし、険しくない。許可証はあるので通行は困らないはずだ。――この時のアールはまだ帝国で起きた騒乱を知らなかった。
明日からはホタ帝国へ向かう為の準備をしなければならない。
面倒なことだった。国境は魔物狩りの進んでいないことが多い。それは侵攻があった際に、魔物たちがその障害になるからだ。アール一人ならどうとでもなる。しかしビレステの安全を考えれば、冒険者に護衛を頼んだ方が良いだろう。
しかし護衛依頼はかなり高くつくのだ。あるいは研究費の名目で引っ張れたらいいが、相手はプリーニだった。さてどうしたものかな――、ん?
横を向くと、もう寝たはずのビレステが踊るように右手を動かしていた。今日は魔法を多く使ったのだ。「疲れたからすぐに寝そう」と自分で言っていたのに。
「アール。起きてるじゃん。あのさ」
「寝ろ」
「分かった。」
「分かってない。寝なさい」
「じゃあこれだけ言わせて?」
ふぅ。ため息をついたアールが体を横にして、ビレステの方を見る。薄い掛け布がさらりと静寂を鳴らした。
「今日は守ってくれてありがとう――。寿命のもさ、よく手を繋ぐこと思い付いたよね。ちょっと減っちゃった分は研究を手伝って返すね。それとあたし無属性魔法だけじゃなくて、普通の魔法も使えるようになるよ。今日のアールは凄かった。アールの魔法は学校でしか見たことなかったけど、一本の杖だけで球体を操ってたの凄すぎ。騎士団長って凄い人でしょ?」
カノートに殺す気はなかった。それはプリーニと対峙した時に立ち昇った気で分かる。ただ、手加減が下手なだけだ。
それより、あれ以上【障壁】を出さぬよう、下を見ていろと言ったのに。何かあったら寿命が削れたかもしれない。それは人の身では大変なことだ。
小言を垂らそうとしたアールの視界にはしかし、ビレステの両目があった。満天の星空みたいに輝く瞳がこちらを見ていた。そこには憧れがあった。
感謝しているのだから、ありがたいと思う気持ちや、詫びる気持ちがあって然るべきだ。けどその二つは微塵もなく、ただ魔法へ強く惹かれる心があった。
「……魔法を使うなら杖を買おう。魔法道具店も王都なら品揃えがいい」
ガバリ。
立ち上がらんばかりにビレステが上体を起こす。掛け布はベッドの脇へ吹っ飛んだ。
「魔法道具店! なにそれ。どんな店。どこにあるの? アールは王都に住んでたから行ったことあるんでしょ? 楽しみだなぁ。長く使うんだもん大人っぽいのがいいよねっ。どんな杖があたしは似合うと思う? あ、もしかしてアールってばアイゼさんの杖を選んであげたりしたの? ちょっともう。聞かせてよそういう惚気話!」
しまった……。
眉間を指でつまみ、アールは静かに後悔した。




