第27話 エルフの顔は四度まで
王宮へ向かうことになった。事の発端は昨日のこと。
気分転換に、三人でカフェに行った時だ。グレナが温めていた意見を披露した。
「魔王城に無属性魔法の対策魔法具があるかもしれないわ。連中が全く対策しなかったとは到底思えないのよね」
考えれば辿りつける意見だが、アールは思い付かなかった。寿命を消費しているかどうかが直近の問題だったからだ。
「ふむ。探索してみる価値はあるな。魔法具自体がなかったとしても、それを研究する資料はあるだろう」
魔王城に行くのはもちろん手間だ。しかし無属性魔法の対策として新たにすることがあればよかったが、煮詰まっている現状だった。何もしないよりは、魔王城へ取り敢えず向かう方が理にかなっている。
無属性魔法を使う魔族幹部のお陰で、実験には事欠かないはずだった。
「魔王城ってそんな、危ないよ。寿命来る前に死んじゃう」
「心配ない。魔王は既に倒されている。だいたい百年や二百年の間隔を空け、魔王は生まれる。前回からまだ三十年だそうだ」
「三十年なんだ。あれ。ってことはさ、もしかしてアールは勇者のパーティだったりして?」
「私はこの前までそれが何年前かも覚えてなかったのだ。推測できるだろう。それに私より強い魔法使いならいくらでもいる」
「なんだ。じゃあ勇者は見た?」
「見ていない。その頃は王都に居なかったからな」
「当てるわ。研究に没頭してて、どうでもよかったんでしょ?」
コーヒーに口を付けていたグレナがピッと指をさす。
「外れてはいない。それに前回の勇者は、無属性魔法はおろか普通の魔法すら使わなかったそうだからな。近くを通ったとしても、私は興味もなかっただろう」
「当たってると言いなさい」
「……」
「アールってよく分かんないとこ意固地だよね」
コーヒーにミルクを注ぎながら、ビレステが言った。
この前もね、アイゼさんのこと綺麗だって言わなかったんだよ
恥ずかしいんじゃないかしら
えー? アールが恥ずかしがるのってなんか変
女二人が姦しく笑う傍で、アールは静かにカップを傾ける。
「魔王城へ入るには国王の許可が必要だ。申請書類を出すが、そこに無属性魔法について書くからな」
「分かった」
「本当に分かってるか」
疑わしいとばかりに眉をひそめる。ビレステはそんな表情を気にせず、あっけらかんとしていた。
「それ書かないと入れないんでしょ?」
「無属性魔法が使えると聞けば、様々な人間が接触して来る。中には悪意をもって利用しようとする者もいるだろう。私も言ってしまえば研究の為だ。グレナもそうだ」
「そっかあ。じゃあ気を付ける」
「殺されるくらいなら【魔弾】を撃って寿命で死んだ方が後悔もない」
「怖いこと言わないでよ」
「それくらいの覚悟はしておけ」
「いざって時はベルトのネズミが居るでしょうから、どんどんぶっ放しなさい」
「うぅん」
「どんな感覚で無属性魔法を使っているか、しっかりメモしておいてね。あなたが第二の魔法史の転換点になるかもしれないから」
「分かった」
ビレステが頷いたところで、王宮宛ての手紙を拵えた。許可は出るだろう。魔法具を見つけたとして、もちろんビレステが暴発を抑えられるようにすれば返却するつもりだ。
手紙の返事がその日に来た時はアールも何事かと思った。しかも魔王領への通行許可が下りたのでもなく、王と面談せよとのことだ。書類にはグレナの名前を添えた。無属性魔法を疑われるにしても、研究員を一人寄越すだけで事足りるはずだ。
王の珍しいもの見たさかもしれない。面倒な話だがこちらに断る選択肢はなかった。
「マナーとか分からないけど。いいのかな」
「私の真似をしていろ。どうせ相手も期待していない。失礼のないようにしておけばいい」
待合室には長い時間を待たされた。アールはじっと椅子に座る。ビレステは気疲れで眠そうになっていた。
「どうぞこちらへ」
ようやく使用人に通されたのは広間だ。警備の兵がじろりと値踏みするように監視している。
玉座を前にして、横に数人がいた。そこに見知った顔、プリーニ魔法研究所所長がいた。魔法長官としての立場もある。そこに居るのは当たり前だが、アールは嫌な予感がした。転ばぬ先の杖という言葉は賢いエルフの為にある。
広間の中央に案内される。アールは儀礼的に膝をつき、ほんの少しだけ頭を下げた。横でビレステも同じようにする。王が入ってきた。
「表を上げよ。時間がないゆえ、儀礼は簡素でよい」
ふむ。と王が二人の顔を見比べる。前の王は思慮深く、話せる人物だった。しかし当代の王は凡愚そうだな。とアールは失礼な考えを心の内でする。
エルフにある悪習として、年齢の低い人間を甘く見積もり、幼子扱いすることがあった。アールは外の世界に出ている分だけ、それは少ない。
「魔王城へ向かいたいそうだな」
「無属性魔法は命を代償にしている。その対策研究がしたい」
「うむ。では行くがよい。ただし、魔王城にて得た研究と資料はこのプリーニ魔法長官へ提出せよ」
「いいだろう」
小狡いことをするものだ。偽りの評価を得たところで、自らの内にある虚像が増長するだけだろうに。
「アールヴァク。先ほどからその態度はなんだ。王の御前であるぞ」
プリーニが言った。
「私は王の部下ではない。よって儀礼以上に阿る理由もない」
「王国民であろうが。やはりこの男は信用なりません。もし魔王城で重要な魔法具を盗んだ場合、座標が変わる可能性がございます」
「そんな事はしない」
「黙れ。そもそもが貴様の言う無属性魔法自体が怪しいのだ。魔力量を50万だと公然と嘘を宣ったのをもう忘れたか」
広間がどよめく。壁際に並ぶ兵士たちもプリーニ同様、信じられない様子だ(駆け出しの魔法使いの魔力量が1000。一流の宮廷魔法使いで1万に届くか届かないかくらいだった)。
「私が騙す必要がない上に、事実研究所の魔力鑑定球では計れなかったのだ。その時点で嘘と仮定するのは、研究者としてあるまじき姿勢だな」
「魔力鑑定球が破裂するなど私は聞いたことがない」
魔力量が一万ほどなら、その通り壊れることない。プリーニはその極めて優秀な魔力量に誇りを持っていた。代々魔法使いとして要職についていた家の、つまりは血の奇跡だった。
それがぽっと出のエルフに抜かれ、あまつさえ短縮詠唱すらできないような未熟な魔法使いだと言うのだから頭にも来る。成長に頭打ちを感じている自分とは違い、そこからまだ成長する余白があるとなれば妬むのは当然の権利に思えた。同じ目的地に向かってはいるが、飛んで当然のように鳥は飛び、わざわざ地を這い崖を登るような努力をしている。鳥の不正を糾弾し、馬鹿にしなければ自分がまるで愚かだと認めることになってしまうのだ。
「なら見識が浅いのだろう」
「火魔法を使ったに決まっている!」
顔を赤くして言うプリーニは必死だが、それを歯牙にもかけず冷静に言うアールの言葉も信じがたい。周りからはどちらが真実か判断つかなかった。成り行きをつまらなそうに見ていた王が口を開く。
「疑惑はもっともである。そこの娘。無属性魔法を使ってみよ。それを魔法長官が判断すればよい」
「その通りでございます。申請では【魔弾】と【障壁】が使えるとか。万が一があってはなりませんので【障壁】を使わせましょう。おい。さっさとやれ」
「待て。代償があるのだ。みだりに使わせることはないだろう」
「フハハ。馬脚を露したなアールヴァク。使えないのだろう。貴様はただ魔法具が欲しいだけの盗人だ」
「アール、大丈夫。グレナさんのベルトもあるし」
【フレイムアロー】
唐突にプリーニが放った火の矢が飛ぶ。アールの横を抜け、ビレステに向かう。
【障壁】が発動し、ビレステの前で弾かれた。
どよめく兵士たち。王の横に立つ側近たちも驚きを隠せなかった。勇者の魔法を目の前にしているのだから無理もない。
「これで満足だろう」
【フレイムアロー】
今度は三本の矢が飛んできた。短縮詠唱とはいえ、多重に魔法を撃つのは高等技術である。
「ひん」
また【障壁】が発動する。
凄い
長官の魔法をいとも簡単に防いでおる
白い魔法陣が出現していないぞ?
本物だからだ
賞賛の声と共に拍手が起きる。アールは王に向けて言う。
「もう見たはずだ。これでいいだろう」
王も頷く。
「うむ。よいものを見た」
【フレイムアロー】
また矢が飛ぶ。
「まだです王よ。これでは【ウィンドウォール】と区別がつきません」
「ほう?」
「代償があると言っているだろう。辞めろ」
「ふん。辞めないとどうなる。
嘘がバレるかアールヴァク!
貴様が先ほどから詠唱していることなど、とうに見え透いておるわっ。横で【ウィンドウォール】を展開しているのだろう」
ほら。これで崩れるぞ!
新たに火の矢が襲来する。挑発するようにアールの長い耳を掠めるようにした。遅れてビレステの悲鳴が聞こえる。
――いつも無表情なアールの横顔が崩れた瞬間を、広間の中でビレステだけが気付いた。




