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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
三章

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第26話 師匠から弟子へ

 アールの不発した魔法を見て、師匠が言う。


「想像力が足りない。短縮詠唱が出来ないのはそれが理由だな。魔力に属性を乗せ、形を整える。もっと頭を柔らかくしなさい。発動した後の最終形を想像するんだ」


「想像力はどう鍛錬すればいい」


「説明したところで理解できるかだな。想像は天稟の才に寄るところが大きい。まぁ、大抵は出来るのだが」


 私は絶望なまでに才能がないのだ。詠唱は遅い上に、それを()()()()短縮詠唱ができない。落ち込むアールの肩に手を置いた。


「だから――」 




 研究室に戻る。ビレステは右手の爪の先を点検している。唇をきゅっと結び、不安そうな顔だ。


「結果が出たぞ」


 今の私はどんな顔をしているだろう。


「箱の中身はなんだったの?」


「ネズミだ」


「ぎゃっ。あたしネズミ持たされてたのか、やだなぁ」


「研究用に繁殖したネズミだ」


「いや。汚くはない。みたいな感じで言ってるけど嫌なものは嫌だからね。洗濯中にネズミが飛び込んで来たって、まあいいかっとはならないでしょ」


「中身はどうでもいい。無属性魔法はやはり生命力を使うことが分かった」


「生命力って寿命ってことだよね……」


 爪をいじくっていた手が、今度は膝の辺りの服を掴む。両手で、指が痛くなるほど力強く。


「そうだ。正確なところは寿命の減りを観測できないから分からないがな」


 ビレステが着ている、洗い晒しのワンピースは濃かった緑色がぼやけたように薄くなっている。ところどころに小さく、料理を食べこぼした染みがあった。服が生きた証ならば、寿命が減るということは服の色が洗濯で薄くなっていくことじゃない。巨大な裁ちバサミでザクザクと切り刻まれることだ。


「……」


「魔法における種火の説明は授業でしたな。覚えているか?」


「覚えてる」


「ビレステが持っていた箱の中のネズミは死んでいた。そこから取ったのだろう」


「え! じゃあアール大丈夫なの? グレナさんと、カダイさんの前でも昨日やったし」


「問題ない。私の後ろに置いてある箱の中のネズミは元気だった。手を繋ぐほどの距離でもなければ種火にはされないだろう」


 グレナが机の上でいじくっていたベルトを持ってくる。


「解決策がこれなのよね。取り敢えず十匹ほど用意したわ」


 冒険者がよく着けているものだ。ベルトには細い物を挟むように固定できるソケットが付いていて、太いカプセル状の筒がずらりと並ぶ。中にはネズミがいるのだろう。研究用のネズミは品種改良され、維持がとても簡単になっている。生かすだけなら、水と食料は十日に一度で十分だった。


「え、これ中身って」


「ほら立ちなさい。よいしょ。どう、きつくない?」


「いえ、キツイです」


「ベルトの締め具合よ。我慢なさい。中に飴玉でも入ってると思えば怖くないわ」


「無属性魔法を抑える訓練だが、いい方法が思いつかない。グレナは何かあるか?」


「そうね……。私も思いつかない。そもそも魔法をどう有効利用するかという研究所だから、抑える研究をしている人間はここに居ないわよ」


「たしかにな」


「カプセル十個だと重そうね。念の為に増やした分は、外しましょうか。無属性魔法を二回連続でやれば一匹が死ぬから」


「種火の命が分散されるなら、ネズミの体力が戻り次第また使えるな」


 命の回し車を走らされるネズミは憐れだ。人の所業ではないというならそれこそ私はエルフだった。


「そうね。ただ二回は万全の状態の話。ネズミの体調次第よ。どうビレステ。まだ重いかしら。――ビレステ?」


 立ったまま視線を落とし、小さな心を頑なにして耐えていた。涙を流したところで世界は変わらない。それは孤児のビレステに神が与えてしまった無慈悲な意地だ。


「どうすればいいの?」


 それでもぽつりと言う。

 湖に一羽だけ残された渡り鳥が、仲間を求めるような声だった。

 冷たい水に細い足を浸し、波の立たない水面でそれでも空を見上げている。冬の訪れはその足音が聞こえるほどに近い。飛べなくなった鳥を、いったい誰が飛ばすことができる。

 アールは伏せた顔に合わせるようにして膝をついた。

 手はまた服を握っている。跡が残りそうな皺はまるでひび割れた心だ。恐怖と不安の嵐に吹き飛ばされないよう堅く握るビレステの手を壊さないために、そっと取ってやる。




 短縮詠唱が出来ず、悩む私に師匠は余裕のある顔で続けた。まるで問題ないとばかりの表情だが、問題だ。周りのエルフにそんなところで躓いている者は一人もいなかった。


「――だから想像力がないなら、それ以上に()()すればいい。燃え盛る火を見なさい。太古より育まれた大地の息吹を感じなさい。全てを吹き飛ばす突風を、狂ったように逆巻く激流の海を。アールの世界が広がれば、それだけ想像する余地は少なくなる。そうだろう? 冒険は未知を既知にする作業だ。

 旅に出なさい。想像なんてしなくていいように。そして経験を重ねそれでも出来ないなら、また私と一緒に考えよう」


 あの時に師匠が言った言葉を思い出す。

 ときたま師匠は、途方もない力で背中を支えてくれる言葉を贈るエルフだった。いま私も、師匠から弟子へ。弟子からその弟子へ言葉を託している。

 連綿と続くこの関係が、その人生を支えることを願って。



「顔を上げろ。原因が分かったなら、あとは解決に尽力する。それが研究者というものだろう? 私は魔力の研究についてまだまだ途上だ。無属性魔法もこの前見たばかりで、簡単にはいかないだろう。それでも何も進歩していない訳じゃない」


 ビレステの目を真っ直ぐ見てやる。すると手が握り返された。アールはそれよりも強く握り返してやった。


「一緒に考えよう。最も遠くまで続く道は、近くだと見えにくいものだ」


「うん……! ゔん」


 今の私は、どんな顔をしているだろう。

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