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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
三章

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第25話 バタサーモンのレモンクリーム煮

 兵募から西門前の広場まで戻ってきた。さっきから随分と人の流れが増したなと思えば、その原因が見えてきた。楽器を持った一人の男を人々が半円状に囲む。


「さあさあみなさん。昼食の時間です。さぞかしお腹は減っているでしょうな?

 ですが慌てない。慌てない。ごはんに足は付いていませんが私にはこの通り、立派な足が付いているのだから。大陸を縦横無尽に巡り、山を越え海を渡る。遥々と虹の彼方からやって来た。そんな気概で放浪の身、そこで見聞きしたことを今からお伝えしましょう。


 これよりは長い歴史のある帝国はポ帝都。侵略せしめんとする敵を威圧するかのように聳える城へ、ある日虹が掛かった!

 はてこれは吉兆か。それとも呪われるべき凶兆か。どちらにしてもいざ来た私の出番なのだ。自らの震える足を叱咤すべく弦を鳴らす。例え聞いたるは天上の人々。下りて来たるは勇者なり。虹の色を階段に、すらり、すらりと輝く脚が天女かと見紛うその姿。破壊の神か。はたまた神の怒りそのものか。


 帝国に現れた異界の勇者、スズエ=ヒイラギ!


 彼女の魔法は時の魔王を砕き、森林を破壊し山を削る。帝国は代償に世界を捧げたのか。いや違う。優王と言われ慈しみの道を駆けるが如く。彼が愛して止まぬただ一つのもの。美しき兄妹その長男の命を奪っていったのだ。王太子の死に、しかし悲しむな。彼の命と世界の命。比べるは王の優しき心。天秤を揺らし、世界をも揺らす」


「あ、吟遊詩人だ。モッツァ村から王都に来たんだ」


「聞いていくか。どうやら()()()()()()()の話だな」


 アールがそう言う前からビレステは人の輪へと近づいていく。


「かくして世界は平和になり、そしてそれが勇者の歩む道になる――」


 パチパチパチ。ぱらぱらした拍手が徐々に大きくなった。吟遊詩人が深々と礼をする。人が多いと、投げられる硬貨も増える。

 うむ?


「――」


 顔を上げた吟遊詩人と目が合った。

 そう言えばモッツァ村の時もそうだった。やはりエルフが珍しいのだろう。もしかすると、私もどこかで語られているのかもしれないな。とても美しい術式を刻み、精緻な魔法を使うエルフが居ると。仕方ない。どんな名物料理も地元だけに隠すことは出来ないのだから。


「お腹減った。グレナさんのところへ行く前にご飯食べるでしょ?」


「そうしよう」


「聞いて、またあたし目が合っちゃったよ。ねぇどうする。その美しい村娘は天女のように現れた! とか他の町で語られてたら。困っちゃうなぁあたし」


 駄目よ。そんな大勢にデートを誘われても。あたしの体は一つだけなのよ……。

 思春期の妄想が止まらないビレステに、アールは自分のことを棚に上げて呆れた。


「下らないことを言うな。近くに良い店があるのを思い出した。まだあればだが」


 向かうと、変わらない店構えだった。

 バタ川でとれたバタサーモンは肉からバターのような黄色い脂が滴る。レモンクリームで煮られた料理は味の濃い素材をさっぱりと食べされてくれる。食べ終わると追加で固く炊いたライスを入れてくれるのがこの店特有のサービスだ。バタサーモンの脂で、黄金のような煌めきを帯びたライスがまた合う。いつもなら白ワインを飲んでいた。




「来たわね」


 グレナの研究室を訪れる。


「それでどうするんだ?」


「あらぁ。天下の長生きエルフにも答えは分からないかしらん?」


 首に腕を引っ掛け、纏わりつこうとするグレナを無視して座る。


「アールはだから抵抗しなよ。アイゼさんが知ったら悲しむよ?」


「ここに居ない人間のことを考える必要はない。それにグレナはアイゼの前でもこうだ」


「そんなこと言ってさ。アイゼさんに私が言ったらもう大変なんだからね?」


「アイゼはビレステが思うより寛容な女だ」


 ビレステは心の中で首をぶんぶん振る。いやいや。本当に知らないからね。肩壊されちゃうよ? リンゴみたいにぐしゃってなるんだから――。


「さて。一夜を掛けても分からなかったからな。お手並みを拝見させて貰おう」


 足を組んだ態度は教えを乞う姿に見えないのがアールらしい。


「フフフ。貸しにしてあげるわ。じゃあ、まずこれを持って」


 ビレステが四角い小箱を両手で抱える。グレナは少し離れた。


「こっち向いて」


「こうですか?」


「そうそう。――【フレイム】」


 ビレステの顔を目掛けて魔法が放たれる。

 右手の先に魔法陣が現れ、【障壁】が防いだ。


「なにやってんですか!」


「んー? 箱をこっちに向けてくれる。そうそう」


 小箱は上側が開く。グレナは覗くように中を見てから、もう一度同じ場所に立った。


「ビレステ次は【障壁】だけでやれる? 一緒に魔法陣を出さないように意識して」


「だって勝手に出ちゃうし。これ以上は寿命が」


「寿命は大丈夫だから、他のこと考えて」


「店で次はバタサーモンフライが食べたいと言っていたな。作り方を想像してみろ」


「うぅん。想像もできないよ。だってそんなお洒落な料理したことないもん。ラザニアはボラさんが拘るから、あたしは手を出せなかったし」


 また放たれる。今後は弾速が早かった。


「ひん」


 小さく悲鳴をあげて、ビレステは目を逸らす。

 一瞬だったが【障壁】が出た後に魔法陣が出てきた。グレナの言う通り、無属性魔法に魔法陣は必要なかったらしい。もちろん【魔弾】でも検証が必要だが。

 グレナが近付いてきて、もう一度箱の中を覗く。


「よし。頑張ったわね。そこに座って休んで。アールは後ろにある小箱を持ってきてちょうだい」


 大儀そうにアールが立ち上がる。研究室を出てすぐに、グレナが持っている方の小箱を開けてみせた。


「なるほど」


「種火にされたわ」


 中には研究用に繁殖を容易にしたネズミが固定されて居た。ぐったりとして、死んでいる。これにより()()した。


「……そうか。無属性魔法は寿命を使うか」


「そっちを開けて」


 中身は同じだ。固定されたネズミは、入ってきた光で眩しそうにしている。


「無属性魔法の種火に出来るのはかなり近い距離までみたいね」


「もし距離の問題が是正して、上手くやれば相手の命を奪いながら魔法を使えるな」


 それが可能なら敵はほとんど居なくなる。異界の勇者たちの規格外の強さを鑑みると、あながち不可能ではないかもしれない。


「それで、どこまで説明するつもり?」


「ん?」


「なによその反応。知らなくてもいいじゃない。無属性魔法が寿命を使うとか。もし至近距離に誰かが居たら、その命を種火にしてしまうかもしれないなんて」


「ビレステは十六歳だ。確認するが、人間ではもう大人の歳だな?」


「そうだけど。はぁ。――年齢で一括りにするんじゃなくて人を見なさいよ。あの子そんなにメンタル強くないわよ、きっと」


「大人は自分のことを知る権利がある。だから知ればいい。もし嫌ならその内に忘れるだろう」


 さすがのグレナもため息をついた。多くの人は、エルフみたいに達観していないのよ。


「それに人で見るなら問題はない」


「……なんにせよ、ここまで連れてきたのはアールよね。任せるわ」


 うむ。頷いてドアノブに手を掛ける。


「言っておくけど。アールに人を見る目はないからね」


「そうか? 私はそう思わないが」


 アールは微笑みを浮かべてから、研究室に入る。グレナにとって夏に吹いた春風のように、意味不明なタイミングだった。

 ああムカつく。笑うとこれまた好みの顔なのよねっ。

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