第24話 兵募に首振る二人組
外区にある神殿にやってきた。西門前の広場から北へずっと向かったところにある。坂から見下ろすと、三角形の屋根に大理石で造られた建物がある。外側の城壁のすぐ近くで、影が全体を覆う。
「なんか暗いとこだね」
中はひんやりとしている。壁の代わりに幾つもの丸い柱があった。小さな風が通り抜けた。土が運ばれてくるはずだが、探さないと見当たらないくらい綺麗にされている。
「兵募は軍を離れた人を称える場所だ」
「どうして亡くなった人だけじゃないの?」
「軍にとっては、引退した人間も死んだ者と同様なのだろう」
長方形の神殿の奥に巨大な岩が据えられている。どこかから乱雑に切り出したのか、形はない。大きな岩は、こちらに向いた面だけは削られ、平面を作っていた。そこに細かい文字でびっしりと名前が刻まれている。
「あたしたちが知っている名前ってなんだろうね」
「ビゼイルだろう」
あ、そうか。すっかり忘れてた。そう言って石の表面を指でなぞっていく。
「あ、ごめんなさい」
指の先に集中していたビレステが、横に立っていた男に肩をぶつけてしまう。大きな剣を背負っているのが印象的な青年だった。身に付けている装備から、高位の冒険者かもしれない。
「気にすんな。でも突っかかってくる奴もいるから気を付けた方がいい。あんたも、エルフの兄さんも腕っぷしは強くなさそうだしさ」
「分かった。誰か探してるなら手伝ってあげよっか?」
そんな事を言われるとは思わなかったのか。顔を前に戻した青年が、驚いた表情でまた横を向く。
「おお? 頼むよ。ムガロ=シグロ―を探してくれ。そっちは?」
「ビゼイル」
「親父さんかって、すまん。ここで聞くことじゃないよな……」
「違うよ。村長さんね。まだ生きてるし」
不服そうに言う。さっきまで存在を忘れていたけどな。
アールは遅くまで考えごとをしていたので、目が疲れていた。ビゼイルの名前を見つけたところで、何かあるわけでもない。
このままビレステと青年に任せるつもりで腕を組む。神殿というのは独創的な建物だ。祠と雰囲気は似ているが、自然にある祠とは違い人の手により建立される。しかし空気感が似るのは何故だろうか――。視線を柱にやるとそこにも名前が刻まれていた。また更新される時にこの岩は撤去され、名前は柱に移される。途方もない作業だ。
「……お、あったあった。わりぃな。先に見つけちまったぜ」
ビレステは唇を尖らせる。
「えー。全然見付かんないんだけど」
青年は文字をじっと見つめそれから、掌に文字を写すようにぎゅっと押し付けた。
「行くよ。探してくれてありがとな」
「手伝ってよ」
「サボってるエルフの兄さんに言いなよ」
「アールどうしたの?」
「うむ」
「じゃあな」
手を振った青年に、ビレステも振り返す。ラザニ村ではこういった友達も出来づらいから、新鮮だろう。
それから少しして見つかった。どうやら騎士団は他と分けて記録されていたらしい。
「あったぞ。ビゼイルだ」
「どれ? むぐ」
アールの声に反応したビレステがまた誰かにぶつかった。
「ごめんなさい」
壮年の男は甲冑こそ付けてはいないが、あからさまに騎士だった。立ち居振る舞いで分かる。纏っている空気感から、相当に強いだろう。
「構わんよ。娘、軍に興味はないか?」
「ないです」
「メシには困らんぞ? 儂ほどでもないが、活躍すれば特別な栄誉もある!」
栄養? と小首を傾げてから首を振る。
「でも太っちゃうのはやだな。特別って、胸だけに付けられたりしますか?」
「むしろ付けていいのは胸だけだ」
「え、ほんとう? どうしよかな。もうちょこっと欲しいのよね」
面白い娘だ。この瞳、もう活躍した気でおる。無謀だがそれも良し。若さの力は無限大じゃからな。
「ほれ。儂も付けている」
左胸を指で示した。ビレステは顔を前に出してよく見る。
「んん。ちょっと違うんだよなぁ。やっぱりいいです」
男は驚いた顔をして、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ねぇ。あたし突っかかられてる?」
小声で尋ねてきたので、周りをよく見ろと注意した。もしアイゼが横に居たら「それだけじゃないでしょう。勘違いを正してあげたらどうかしら?」と苦言を呈しただろう。しかしアールの横に彼女はいなかった。
それから壮年の男は仲間の名前を脳へ刻むようにして見ている。その姿はまるで石像だ。
「本当だ。ビゼイルさん居た。なんか名前が載ってるのって格好いいね。ん?」
ビゼイルは小さなまとまりの左上に見つけた。横に『石積み』と書かれてある。部隊名か。それとも騎士団員の符号か。
「ビゼイルと言ったか!?」
男の声はしわがれ、剣同士が擦れ合ったようにギザギザとしている。萎縮したビレステも小さな声で返すほどだ。
「ぅん」
「懐かしい名前だ。石積みの娘か?」
「娘じゃないです。石積みってなんですか。ビゼイルさん戦わないで石ばっか集めてたの?」
「ぬっはっはっはっはっは」
男は気分が良いのか悪いのか、大きな声で神殿を揺らす。アールは迷惑そうな顔をした。
「声を下げてくれ。石積みは部隊名か?」
「それも違う。ちなみにな、ここを見ろ」
指したのは空白だった。ちょうど一人の名前が彫れそうなスペースだ。ビゼイルと同じように、今度は『城壁』とある。
「これは二つ名だ。まず儂が城壁と付けられた。そしてその脇をいつも固めておるから石積みと名付けられたのがビゼイルだ」
「となると貴方が隊長のカノートか」
「いかにも。ここに名前を彫られる予定だったのだが王に老骨を引っ張り出された。お陰で夢見ていた余生がご破算だぞ!」
無駄に迫力のある男だな。
「必要とされるのは光栄なことだろう」
「ふん。他が不甲斐ないのだ。それにビゼイルめ。手紙を出したというのに耄碌しおって」
一定のリズムで走る足音が近づく。音が重なるからか、アールが思った以上の人が来ていた。同じく騎士だ。それが十人もいると空気がぴりっと緊張した。一人が前へ出る。
「団長。使者の謁見が始まります。王宮へお戻りください」
「帝国のか。どうせまた何か企んどるな」
「団長? 隊長じゃないの」
ビレステの言葉に騎士の一人が鋭く言う。
「この方は第一騎士団団長だ。失礼な言動は控えていただきたい」
「ごめんなさい」
「そう怒るな。――ここは兵を募ると書いて兵募と言う。兵の墓ではなくな。生きている者がいるゆえ縁起が悪いと字を当てた。だが儂は、この偉人たちを見て我こそはと続く兵士を募っているのだと思う。語られず、主戦場の外で死んでいった者たち。無名の英雄にも名を遺す場所がある。どうだ! 血潮が熱くなるだろう!!」
「いや全然」
ビレステが真顔で首を振る。先ほどの騎士がキッと目を光らせ、不味いと思ったのか、「刺さる人もいっぱい居そうですね」と精一杯の笑みを浮かべた。
刺さるという言い方は、軍人に対して良くはない。騎士の顔はより険しくなった。
「むふふ。よい。おなごは素直な方が光る時もある。いつでも軍に来い、お主もな」
カノートはそう言って騎士と共に去っていった。
「あたし可愛いって言われた?」
「いや全然」
アールはいつもの無表情で首を振る。どちらが似たのかは分からないが、同じような顔をしている。




