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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
三章

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第23話 キャベツ蜂蜜トマトソーセージエッグトースト

 見たことのある木が目の前にある。トネリコレを見紛いようもないが、分からないから夢だと勘付いた。

 湖ほどの太さの幹はここからだとただの木壁だ。上を見る。天井みたいに空を覆う葉は翡翠のような緑色で美しい。壁と天井。だからここはエルフにとっての家だった。いつの間に姿を現したエルフが一人。アールと同じように木を見上げている。


『精緻な魔法は、どこまでも美しいものだよ』


 魔法における師匠だった。顔はもうほとんど思い出さなくなっていたのに、その言葉だけは律儀に覚えている。アールの魔法に対する根本的な姿勢にもなっていた。


「アール。起きてる? アール?」


 ビレステの声で、夢から覚めた。


「うむ」


「おはよう。夜更かししてたでしょ」


 いつもと同じ様子だ。少しは落ち込んでいてもいい状況だろうに。


「朝食にするか」


「お腹ぺこぺこだよ」


「グレナを呼んできてくれ」


「え、何でよ」


「彼女の見解が聞きたい」


「ああ。そっちね」


 他に選択肢はないだろうに。身支度を済ませると、グレナもちょうど部屋を出るところだったらしい。いつものカフェに入った。近場で午前に開いている店はここしかない。アールは食事が来るのを待ちきれずに言う。


「結局のところ発動する魔法の内容は魔法陣に書かれている。だからその解明が先だ」


「そう思ったから書き出してみたの」


 術式の書かれた紙を渡される。意味が不明瞭ななものを除けば「自分を守る」としか書いてない。


「これでよく魔法が発動したものだ」


「短縮詠唱と似ているようで違うのよね。試しに同じように【フレイム】を撃ってみたけど発動しなかったわ。アールが教えたのだから、独自の短縮詠唱のやり方を開発したと期待したのに」


「短縮詠唱は教えていない。あんなただの魔力の放出は魔法じゃないからな」


「またそんなこと言って。で、一つ気付いたのだけど。私たち固定観念に囚われてるかもしれない。()()()は特にね」


「む」


「魔法には魔法陣が必要。そう思ってるでしょ」


「無属性魔法には必要がないと言っているのか」


「ビレステと会った時に、現代の魔法について言ったのを覚えてるかしら」


「ええと、現代は()()()()()しか使ってないって」


 ビレステは頭の中が忙しい時に振られて、焦った。

 このパン。耳がカリッカリで美味しすぎ。テーブルにある蜂蜜を垂らしたら絶対美味しいよね。でもなぁ、既にキャベツとか色々挟んでるのにそれはやりすぎかな。食いしん坊って思われちゃうよなぁ。でも蜂蜜なあ。

 顔を伏せたままじろりと周りを見て、それからグレナさんとアールを見る。カフェに着いた時の二人の態度も気になった。

 なにあれ?!

 なんかグレナさんの椅子を引いてたよ。いいのアイゼさん? グレナさんも当たり前みたいに座ったし。なんなら引かれるのを待ってて、アールが察したように動いてた。――あれ、あたしそんなことアールに一回もされてないんだけど。


「現代ではね。魔法陣を作る魔法しか使ってないのよ。【魔法陣】は、分類するなら古代魔法だわ。もう現代魔法の代名詞になってしまったから違和感があるけれど」


「なんか当たり前すぎて。魔法陣っていう魔法を使ってる気がしないです」


「それでね、古代魔法はもっと自由なのよ。魔法陣に刻む術式を口で唱えてもいい。ちなみに詠唱はそこから来ているのよ。それに想像次第で色んな魔法があった。個人的なものから民俗的なものまで。女神を称えるだけの魔法もあったのよ。ただ杖の先が光るだけでさ」


「どうして古代魔法は使われなくなったのですか」


「難しいのよ。それもかなりね。百人に一人も魔法を使えなかったそうだわ。それに想像力でやる分だけ効果が安定しない。魔物に襲われている時なんか焦るでしょ。そこで魔法陣を使うことで分かり易く、安定させることに成功したの。しかも魔法陣は術式次第でどんな魔法だって出力してくれる」


「魔法史の転換点だな。魔法陣は今までの感覚的な物から外れ、定量的で教えやすいものになった。その結果魔法を使える人間が増え、そして様々な才能を持った人間が魔法を発展させた」


 画家や鍛冶屋、料理人までもが使うようになる。それぞれが自分の仕事に活かそうとして、自然と既存の魔法を改良していった。それは師匠から弟子へ、弟子から他人へと渡っていく。

 例えばアールが孤児院の授業で使った、火を四角く整えるのは鍛冶屋が編み出した術式だった。他にも鍋に熱を保持することで温かいまま食卓に出せるようにした料理人の魔法は、剣に熱を帯びさせる魔法へと変わっていった。


「話を戻すわね。だから固定観念に囚われているっていうのは、無属性魔法には本来魔法陣が必要ないってこと」


 そんなことがあるだろうか。


「ではなぜ魔法陣が出現している。文献にも白い魔法陣が出たとあった」


 だからこそ、私はビレステの魔法が無属性だと思ったのだ。そうでなかったら、透明な壁と聞いて【ウィンドウォール】と勘違いしたかもしれない。


「そこが()()なのよ。初めて魔法を使った時にも似たようなことがあったでしょ。白い魔法陣が出ること」


「不発した時か」


 アールの授業でもたまに見る。子供がする詠唱は術式が不完全なこともあり、その時は不発するからだ。見るが、その時は魔法が出なかった。無属性魔法は白い魔法陣から魔法が出力される流れがある。


「つまり! 無属性魔法にはそもそも魔法陣が必要ない。だから術式がデタラメでもいい」


「待て。それでは無属性魔法に魔法陣が出てくる理由がないだろう。本来必要がないなら、ビレステだけでなく歴代の勇者もそうなるのは説明がつかない」


「私たちが魔法を教えたからでしょ」


「――」


 ハッとした。

 異界の勇者は魔法の存在を知らない。だから使えたとしてもその方法が分からない。その時に私たちが教えたら。そして術式がおかしかったとしても、私たちは勇者の魔法として納得するのかもしれない。


「筋は通っている」


 反論もない。だが、好みでもない。


「この話はそうだとしよう。ただ」


 ビレステの方をちらりと見る。パンに、出てきたものを挟めるだけ挟んでかぶりついている。朝から豪快だ。はみ出たソーセージが鼻先に激突し、キャベツの隙間から卵液とトマトソースが溢れて指を濡らした。皿には蜂蜜まで垂れていて、どんな味なのかアールには理解不能だった。


「寿命の件は関係ないわ」


「私は術式を解析すれば力の源が判明すると思ったが」


「まあ大丈夫よ」


 アールは眉をひそめる。いったいどこが大丈夫なんだ。


「原因は分からないけど結果を調べることは出来るし、上手くいけば解決もできる。昨日カダイが教えてくれたの。でもここでは話せないわ。準備もあるし。後で私の研究室に来て。それまで観光してきたら?」


「観光したい」


 ビレステが頷いたら決まった。もっと考えることはあった。ただ私が一晩考えたことをグレナは一足飛びで越えてしまった。現役の研究員との差だ。まったく、村でぼうっとしていた自分に腹が立つ。


「兵募が更新されたから見て来ればいいじゃない。知っている名前があるわよ」


「知っている名前って。アールが?」


「貴方たちが」


 グレナがいたずらに口を曲げる。アールは懐かしいやら、眩しいやら。少し前の研究漬けの生活を思い出し、目が笑う。

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