第21話 (出発から三日目で)ホームシックガール
二人がアールの部屋を案内しに出ていく。ベッドと文机しかない小さな部屋だ。鏡は入口ドアの近くにあった。窓を開けると中庭が見える。ベンチが中央の花壇に向けて並び、色とりどりの花が植えられていた。中庭を縁取るようにも花壇が引かれている。研究に疲れた人々の脳味噌を視覚と嗅覚で癒していた。私も後で歩いてみよう。今は馬車に揺られたせいで尻が痛い。ベッドで横になると楽になった。
「んんん。疲れたぁ。遠いところまで来ちゃったなぁ……」
枕を抱き、顔を埋める。
「ボラさん、スノーラ。元気かな。もう会いたいや。アイゼさんも、てヤバい!」
跳ね起きる。枕がベッドから落っこちた。あの人、名前なんて言ってた。村を出る時のアイゼの言葉が蘇る。
絶対にっ、グレナとっ、二人きりにしないこと!
ビレステは咄嗟に肩を抱いた。
「無属性魔法ねぇ。じゃあ魔力の研究が進むわけだ」
「いくつか仮説は立てたところで、これからだ」
「協力してあげる。だから私にも良い話を聞かせてよね」
ドアを開ける。前に使っていた研究者用の部屋は誰かが住んでいるのだろう。角度が違えば中庭の景色も変わり、新鮮な気分だった。
「手始めに言うなら、古代魔法の一つかもしれない」
「だから私は言ったじゃない。勇者の魔法はそうじゃないとおかしいって」
「というより現代の魔法ではない、と言った方が正しいな。魔力の使い方が違う」
「あの子、無属性魔法はどのくらい使えるの?」
「おそらく【障壁】と【魔弾】だ。【障壁】はよく見ていないが、聞いた限りでは魔力を物質化しているようだ」
「物質化! あなたの研究に進む道が出来たわけね」
魔法は女神の恩寵で発動しているわけではない。火や水を生み出すのには力が必要だ。無から有は生まれないという太古からの大原則を否定するには、まだ研究の歴史が浅すぎる。女神の恩寵の塊みたいな勇者じゃない。一般人による魔力の物質化は、魔力という目に見えないあやふやな存在をこれ以上ないくらいに確固たるものにしてくれる筈だ。
「女神の恩寵ではなく、魔力は確かに存在していた」
「アールを追い出したプリーニ所長は、魔法の歴史を十年は遅らせたってところかしら」
プリーニはこの魔法研究所の所長であり、ラディッキ王国の魔法長官でもある。類まれな魔力量と、威力の高い火属性の魔法を得意としている。魔族との戦争でも活躍していた。
「そのくらいなら遅れたって構わないが。それにラザニ村に行かないと出会えなかった」
荷物からタオルを取る。盥の上の蛇口を捻ると壁の中を走る水道菅から水が出た。他の部屋でも出しているのか、水の勢いは悪い。顔を洗い、余った水を花壇へ捨てる。グレナが椅子を使っているのでベッドに座った。一息つく。
「私たち人間はそれじゃ困るんだけどね。あとで酒場に行くでしょ」
「ビレステは」
椅子から立ち上がったグレナが、するすると移動してきてアールの前に立つ。肩をぐいっと強い力で押してきた。ベッドに倒れたところで、腰に跨る。
「あの子。アイゼとの子じゃないわよね。ハーフエルフでもなさそうだし」
「ボラの子だ」
「じゃあ孤児か……。ここまで付き添ってあげて優しいのね。それとも研究の為?」
「両方だ」
「私と会いたかったからだったりして。アイゼとの子がないなら、私と作ってみる?」
「研究者にあるまじき脈絡のなさだな」
コンコンコン。切迫したリズムでドアがノックされる。
「アール?」
「ごめんねぇ。すぐ行くからちょっと部屋で待ってくれる?」
コココン。神経質なノック音。ドアノブがあることを思い出したようにガチャリと捻った。開く。二人を見たビレステは思わず自分の口を抑える。
「なにやってんの。だめだめだめ」
「誤解するな。服も着てる」
「まあ今から脱ぐところだけどね」
グレナがスルスルっと上を脱ぐ。その服をぽいっとアールの頭に乗せると上半身は下着だけになった。
「ちょと。ちょっと。あたしがアイゼさんに殺されちゃう。アールもなに大人しくしてんのよっ。抵抗しなさいよ。んもう」
ビレステはグレナの服をむしり取り、なんとか着せる。あらま綺麗な胸して。じゃなくて。
「ああ。余計に疲れた」
顔を真っ赤にしたビレステが苛立つ。そこまで慌てなくたって、グレナはじゃれているだけだ。昔からそうだった。
「休憩したなら、魔力を調べるか」
「いま疲れたって言ったばかりだけど?」
もう夕方になっている。研究室から帰っていく人波に乗り、途中で別の研究棟へ向かった。熱心に議論を交わす人の声がところどころで聞こえる。アールに驚き、挨拶をする人も多くいた。
「誰かいるみたいだ」
「黙って使うつもりだったの? 施錠されるから無理よ」
「グレナは開けられないのか」
「プリーニ所長の認められた人しか使えないわ。二年くらい前から段々とルールが増えてきたのよ」
迷惑そうにグレナが眉を顰める。彼女のように自由な人間を取り締まるためにやっているなら効果は出ている。
「体制が整備されたと思うべきか」
「どちらかと言うと、私物化だけどね」
コンコン。ノックしてから部屋に入る。広い部屋で、中央に青い球が台座に据えられている。球の奥で紙に書かれた数値を見比べている人間が一人いた。眼鏡を掛けていて、垢抜けない髪は誰かが思い描いた研究者そのままだ。
「魔力鑑定球を使わせてくれる?」
「すいませんが使っています。それにプリーニ所長の許可はありますか?」
「緊急なんだ」
ようやく顔を上げた。
「アールヴァクさんじゃないですか。貴方なら尚更ですよ。所長が代替わりしてから来るのでどうです?」
「相変わらず所長に嫌われてるわねぇ」
「なにしたのアール?」
「特になにかをした覚えはない」
「いや、あれだけ綺麗に鼻っ柱を折ったら嫌われるに決まってるでしょ。……まあ爽快でしたが。ゴホン」
「どうにか頼めないか」
「無理ですよ。記録が残るんです。隠蔽工作までして、私の研究を危険に晒すリスクなんて有りませんから。ですよねグレナさん」
「そうね」
グレナさんは味方じゃないの。とビレステが目で言っている。
「そうか。調べたいのは無属性魔法を使うこの娘なのだが、仕方ないな」
「もう少し上手い嘘を言ってくださいよ」
アールが意図的に黙っていると、勝手に研究員が焦り出す。
「まさか本当じゃないですよね?」
ここで逃すリスクの方が大きいか。複数属性の……。ブツブツと独り言をした研究員が自らを納得させるように頷く。
「時間を取らせて悪かったな。冒険者ギルドにも同じものはあるはずだ。そこで調べよう」
「待った。こっちの方が精度はいいに決まってますよ。……そのデータは私にも共有してくれるんですよね?」
「データを消去して隠蔽するのは君だろう。その時に見てしまっても文句は言えないな」
「よし。お嬢さん、私はカダイです。そこの青い球に手を置いて、魔力を流してください。プリーニ所長に見つかりたくはない。手早くやりましょう」
緊張した面持ちのビレステが球の前に立つ。手を置いた。目を瞑り、魔法陣へ術式を刻む時と同じように魔力を流す。
球が光ると、手を離していいですよ。とカダイが言った。結果はすぐに浮かび上がる。研究者三人はその顔を好奇心で一杯にして覗き込む。
「「「おお?」」」




