第20話 優越感に悪寒
エルフのアールヴァクとビレステはモッツァ村からの乗合場所で王都に到着した。王立魔法研究所を訪問するのが目的だ。ビレステが使う無属性魔法は寿命を削ると言われ、まずはそれを確かめる。元研究員だったアールは付き添いと無属性魔法の研究目的で同行していた。
はたと立ち止まる。依頼の前に、加入したパーティと買い物をしている時だった。
「どうしたのよロフンちゃん」
「頭のおかしい魔力してる。化物だなあいつ。あとちゃん付けするな」
後ろに立つ身長の高い女性が、ロフンの目線と合わせようと屈んで顔を近づけてくる。ほとんど抱きついた状態になった。
「どれどれ。私には分からないな。ちゃんロフンは凄いねぇ」
うざそうにロフンは肩を揺らす。
「ちゃんを付けるな気色悪ぃ」
「前ならいいかと思って。金りんごの木のところに居るエルフ?」
「そうだよ。だから見るな寄るな触るな」
すごおおおい。
文字通り、ビレステは目を輝かせた。トマッ都の外門をくぐると小さな広場になっている。一キロはあるだろうか。正面の目抜き通りがずっと内門まで続く。その目抜き通りを挟むように、びっちりと建物が並ぶ様は壮観だった。広場から伸びる他の道も負けないくらい活気がある。
「長かったぁ。やっと着いたね!」
「宿の前に、先に研究所へ行こう」
「やばい王都すごい。想像してたけど、ラザニ村とは全然ちがうじゃん。なにこの木。なにあの屋台。なにあの建物」
「金のリンゴが生ると言われている木だ。私は見たことがないし、今後もそうだろうな」
広場の中央に、古いリンゴの木があった。石で舗装された地面とは丸く区分けされ、木柵が設置されている。
「はぐれるなよ」
「分かった。あの串焼き屋だけ寄っていいよね?」
「後にしろ。行くぞ」
「研究所はどこにあるの?」
「あの内門の中だ。まだ私の研究者証が使えれば、無料で入れるのだがな」
「無料って。普段だといくらなの」
「銀貨一枚だ。あの中には富裕区画と王宮もある。盗人防止と税金を兼ねたものだ」
「通るたびに銀貨一枚。ひえええ」
「内区で働くか、住居があれば掛からない。実際治安が良くなるのは」
アールがごちゃごちゃと解説しているが、上京娘よろしくビレステの耳にはまったく入ってこない。ガラス越しに見える洗練された服。綺麗なお皿。宝石を品定めするマダム。いい匂いのする料理やよくわかない小間物が置いてある店。音符で耳が詰まりそうなほどの喧騒と一緒に、それらが歩く度に横を通り過ぎていくのだ。目移りするのも無理はない。
「まずは魔力鑑定球で調べよう」
「うんうん。分かった」
なんだか。人の視線が集まってるような気がする。
自分の服を見下ろしてみる。シミはちょこっと裾にあったりするけど。お腹のところがほつれたりもしているけど。そこまで汚れてはいないつもりだ。田舎者っぽいか。でもあたしより田舎者丸出しな人もいるし。冒険者なんて雨の日に砂遊びしたみたいだ。もう一度、横目で店のガラスに映る自分の格好を確かめる。そんなにおかしいかな?
はたと気付いた。隣を見る。すれ違う女という女が、ちらちらとアールを見ていた。
「そりゃそうか」
「うむ。物質としてあるならば、そこには重さもあるはずだ」
奇跡的に会話が嚙み合ったみたい。話聞いてないけど頷いとこ。
「そうだね。ちょっと腕貸して。アシガイタクテ」
「ああ」
曲げてくれた腕に掴まる。すれ違う人たちに見せびらかすようにした。えへへ。なんだか優越感。どうあたしの彼氏(既婚)。格好いいでしょ。エルフ(既婚)よ。レアなんだからね。おほほほ。――ほほ? ゾクッと、背中に氷を押し付けられたような視線を感じた。まさかアイゼさん居ないよね。
「恥ずかしいからもういいや。腕ありがと」
居るわけないもの。でも怖いからやめておこう。バッといきなり振り返ってみたりして。……やっぱり居ない。気にし過ぎよあたしったら。
研究所はこれまた大きい建物だ。外区にある建物の三倍くらいの大きさだった。しかも廊下でつながった建物が奥へ伸びていて、これに地下まであるらしい。遠くに豪奢な王宮の入口も見えるものだからビレステは驚き疲れてしまった。アールはスタスタと歩いて中に入る。部外者のビレステはおずおずと後ろをついていった。アールがたまたますれ違った一人に聞く。
「古代魔法研究室は41番から変わってないか?」
「ん? いつからの話をしてるか分からないがね。当分変わってないはずだ」
男は持っている紙に夢中で、アールの質問に答えるとまた自分の世界にすっぽりと入ってしまった。建物の奥へ進む。部屋ごとに番号が振られていて、壁にも案内図があるから分かりやすかった。41と書かれた部屋のドアをアールがノックすると、中から女性の声がした。
「入ってどうぞ。……アールじゃない!」
「久し振りだな」
研究室の中には白髪の女性がいた。おばあちゃんっぽい白髪じゃなくて、瑞々しいそれを耳の下で切り揃えている。後ろはハーフアップにしていて、都会らしい髪型だった。アイゼさんと同じくらいの年齢かな。キリッとした眉毛の下で、考え事の最中のぎゅっと眉間に皺を寄せた顔は怖かった。目が合うと、笑顔を向けてくれる。
「いったいどうしたの。研究者に戻りに来たわけじゃないのよね?」
アールがここに来た経緯を話す。昔の同僚で気心は知れている。話はすぐに通った。
「信じ難いわね。本当に無属性魔法を……? とにかく。荷物を置きましょ。ゲストルームなら余ってるはずだしね」
そう言って別の建物へ案内してくれる。その間もビレステには分からない話をしていた。知的な会話に混ざれないのは仕方ないけど、寂しいものは寂しい。
「貴方、名前は?」
「ビレステです」
「私はグレナ。古代魔法の研究をしているわ」
「古代魔法。今の魔法と違うのですか」
「そうね。例えば現代の魔法って、実は一つの魔法しか使っていないのよ。知ってた?」
「え。だって火とか水とか色んな魔法がありますよ。ねぇアール?」
フフフ。楽しそうに笑う人だ。村にいる人とはまた違った種類の大人な彼女は、凛々しくてカッコよかった。
「あとで教えてあげるわね。ここがビレステの部屋」
ふいぃ。荷物をようやく置ける。
「有難う御座います」
「後で水の出し方を教えるから」
「部屋でお水が出るんですか?」
「そうよ。魔法で温めてお湯にもするの。明日は研究で切り刻むことになるから、体はよく洗っといてね」
「え。え。え」
「嘘だぞ」
アールが言った。
「可愛い。じゃあ次はアールの部屋を案内するから。ゆっくり休んでてちょうだい」
廊下からのグレナの高笑いはドア越しでもよく響いた。




