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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮
二章

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第19話 冒険者と防具屋

 村の墓は丘の向こうにある。親父の墓もそこだけど、墓石の下にはなにもない。魔族との戦争で死んで、遺体は持ち帰られることなくその場で処理されたからだ。

 木の実酒の封を開ける。一口飲んで、捨てるのは勿体ないから少しだけ墓石に浴びせた。ちょっと少なかったかな、と思い直して開けるつもりじゃなかったワインでも同じようにする。色んな味があった方が親父も楽しめるだろう。


 チーズ小屋に入ると、あのかび臭い匂いが鼻を襲ってくる。色んな種類のチーズがある。塩水に漬けたやつだったり、乾燥の途中だったり。出来たものを特別な保管庫へ移す。そこは風通しがいいからあんまりかび臭くはなかった。けどチーズの表面に塗られた蝋のせいで、これまた独特な匂いがするからどっちも好きじゃない。食べるだけなら美味しいんだけどな。


「遅いわよ」


 ロスクヴァに指示されて、荷車を押す。魔物との闘いで鍛えられたのか、そこまで大変ではなかった。坂道へ出ると急に軽くなる。後ろから押してくれているみたいだ。


「トマッ都ってすごい人が多いのでしょ?」


 チーズの山の奥から声だけが聞こえる。


「ああ。変な奴もいるけど面白い奴もいっぱい居るぞ。都だからな。それに冒険者ギルドの建物が格好良くてさ。大きい二つ扉が入口にあって。一枚がもう家かってくらいでかいんだぜ」


「ふん。……冒険者には可愛い子もいたでしょ?」


「そりゃな。受付の人なんてすげぇ美人だし。でも冒険ばっかで、俺は誰とも付き合うとかはなかったな。――あ、でも聞けよ。ベルントがさ、ロフンって魔法使いの女の子といい感じなんだよ」


「ふぅん」


 チーズ満載の荷車はロスクヴァにとってはかなり重かった。いつもならこの半分くらいの量で、マグルを待っている間にチーズを積み込み過ぎてしまったのだ。後ろから押すだけでも精一杯に力を入れている。耳まで赤くなっているのは、だからだ。


「聞いてんのか?」


「聞いてるわよ。どんな子?」


「青い髪で、水属性の魔法が得意なんだよ」


 その後も会話を続けながら、二人は保管庫へチーズを収納した。日暮れも近づいたので、マグルは家に帰ることにする。まだ母親にも挨拶していない。


「明日も手伝いなさいよ」


「ええ……」


 露骨に嫌そうな顔をするマグルはでも、手伝ってと言われたら何だかんだとやってくれる。それは昔から変わらない性格だった。


「仕事してないと村に居づらいでしょ?」


「んん。まあ確かに。じゃあ、畑の手伝いがなければ行くよ」


「そう。またね」


 軽い足取りで坂を下りていく背中を見送る。黒い髪の先がぴょんぴょんと歩くたびに跳ねていた。土混じりの風が吹き抜けて、マグルの汗をかいた背中を冷やした。




 一ヶ月が経った。トマッ都の活気が恋しくとも、肌に馴染んだ空気というのは時間を忘れさせる。畑は広く、どんなに働いたってやることはあったし、近くに魔物が出ると討伐しに行くのはマグルだった。ベルントの足を切断した感触は、大剣を持てばまざまざと指先に蘇る。魔物を斬るとそれが薄れていくのが分かった。徐々に消えていくそれを申し訳ないと感じた。

 いつまでもこうしてはいられない。ギルドにはすぐ戻ると言ってある。冒険者ランクは最低のF級からで、また一からのスタートだ。やる事は山積みだった。それにマジックバックの件でもしかしたら進捗があるかもしれない。


「そろそろ行くかな」


 トマッ都へ戻るということは、ベルントを置いていくということだ。


「そっか。じゃあ今日の夜は飲もう」


「やっぱり、一緒に戻らないか?」


 ベルントは外から見たら普通に歩けている。義足の付け根が擦れて、血が出ることもあるらしい。でも隣でこれ以上ないってくらい優しい表情をしたベルントは言う。


「防具屋ね。楽しいよ」


「――。だよな」


 酒場に移動した。チーズと木の実の蜂蜜焼きを注文する。村で食べるのは熟成の浅い若いチーズばかりで、マグルはそっちの方が好きだった。


「防具は作って終わりじゃないでしょ。その後も修繕とか調整あるし。それがびたっとはまるとね、いいんだ。それに父さんが防具を作るのも大変で。年だからさ」


 ベルントの父親には、足を切ったことを責められなかった。むしろ命を救った。よく決断したと言ってくれた。心の内は分からないけど確かにそう言ってくれた。母親の方からはちょっと責められた。でもちょっとに抑えてくれたし、怒られない方が心は重かったかもしれない。


「俺は絶対A級冒険者になるぜ。そんでベルントの防具屋を宣伝してやるよ」


 木の実酒はアルコールが強くないので、がばっと飲める。


「じゃあ、いっぱい作っとかないとね」


 疑う素振りもせずにベルントは言った。


「おう。まあどのくらい先になるかは」


「大丈夫」


 じっとマグルの目を見る。


「ん?」


 さも当然かのようにベルントは言う。


「マグルは凄い冒険者になるよ。ずっと()()()()()僕には分かる」


 相棒だった。過去形の言葉がこれほど刺さる夜はない。この窓から夜空へ高く放り投げられ、地面を探しても見つからずに夜を泳いでいる。そんな気分だった。色んな感情が渦巻いて泣きたくなったけれど、木の実を齧って耐えた。苦ぇなあ。


「凄い冒険者になるのがさ、分かっちゃうんだよ」


 ベルントは同じことをもう一度言った。

 翌朝にマグルはゴダ村を離れた。出がけに、ベルントから革の鎧をプレゼントされた。出世払いと言われて、タダじゃねぇのかよと突っ込む。どう見ても高級な素材を使っていて、押し売りもいいとこだ。

 ロスクヴァはやっぱり不機嫌な顔をしていて、でも無事を祈ってくれた。それに馬ですぐなのに昼食のサンドイッチも作ってくれた。母親がくれたのもあって弁当は二つ目だ。困ることはないから嬉しいけど。でもそれより、サンドイッチを渡した時のキスの方が扱いに困った。あんだけ文句言ってたのは照れ隠しだったらしい。それなら最後まで隠せよ。お陰でマグルは、周りの人間に囃し立てられながら逃げるようにゴダ村を出ていく羽目になった。

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