第18話 木の実の蜂蜜焼きは案外苦い
「どうだ」
膝は生きているから、義足での歩行に慣れるのは早かった。切ったのは俺だ。あそこに拠点を作ったのも俺だ。林の中なら、盗まれなかったかもしれない。
「なんとか歩けるかな」
「その調子なら、すぐ冒険者にも戻れるよな」
「うん」
ベルントは瞼を伏せた。夜の門のように重たく、暗い顔は下手な慰めを受け付けない。刻限の夕方を過ぎると堅く閉じられ、俺たちの時間は終わった、そう言われたような気がした。
毎日探している。マジックバックを盗んだ弓使いベリドの顔も、名前も分かった。宿や、行きつけの酒場にも行った。宿に荷物は残っていなかった。宿賃は三日分も余っていたらしい。急に決めたのだろう。馬に乗ったペリドは帝国の方へ向かっていた。拠点のあるトマッ都に帰ってないなら、そこで痕跡を探せるかもしれない。ただ、……捕まえたところでマジックバックが戻るだけだ。もう処分は受けて解決した。探したって意味はないのに気付けば路地に目をやってる。フードを被ったやつがいたら、その顔を見ようとしてしまう。意味は、ないのに。
「ゴダ村に帰るよ」
ベルントがそう言った。
「おいおい」
冗談だろ。笑って、流したい。
「防具屋を継ぐ。足が無事だって目標のA級は難しいのに」
「もっと高性能な義足もある。ちょっとずつ慣らしていこうぜ」
マグルが肩に手を置く。
「無理なんだよ!」
ガン。拳で机を叩いた。宿の食堂は騒がしいけれど、その中でもベルントの声は大きかった。
「分かってるよね。僕はマグルの足手まといだって。普段でさえ、前衛でタンクをやってようやく貢献できるのに、この足じゃそれすら無理だ」
「足手まといなわけないだろ。それにそうだとしても、俺に文句はないぜ」
本心から出た言葉だが、ベルントの心には届かない。
「マグル。防具屋をやりたいのは、本当なんだよ」
――でもそれは今じゃなかっただろ?
ベルントが立ち上がる。部屋に戻るのでなく、外へ行った。ひょこひょこと歩くその後ろ姿に、マグルは見送るしかできない。
翌日の昼ごろにベルントは宿に帰っていたみたいだ。食堂の女料理人が姿を見たと言っていた。一人で薬草採取の依頼を終えてきたマグルは、ベルントの部屋の前に立つ。持っている袋には報酬の半額が入っていた。
ドアをノックしようとしても、手が上がらない。仲直りがしたい。謝ればベルントは受け入れる。優しいから、謝り続ければ許してもくれる。でもそれでは以前の関係を失ってしまう。そう感じた。部屋に戻っても眠れない。足の先がなくなることを想像してみたけど、マグルにはうまく想像できなかった。お前はいま、どんな気持ちだ
?
朝になった。マグルの中で覚悟のようなものが出来ていた。食堂に下りる。不思議と今日だと確信していた。待っていると、荷物をまとめたベルントが下りてきた。マグルを見て驚く。
「起きてたんだ。部屋に居なかったから」
「俺もゴダ村に帰るよ。荷物持ちが必要だし、相棒だろ?」
「冒険者はいいの?」
ベルントはバックパックと肩掛けのバックを下げている。マグルは肩の荷物をひったくるようにした。
「一旦帰るだけだよ。ベルント、ちょっと背が小さくなったんじゃないか?」
「切ったのは片足だけなんだから、そんなわけないでしょ」
ベルントが笑った。安心して、マグルも笑った。宿を引き払い、ギルドに挨拶する。ロフンがたまたま早くに来て、長いことベルントと話していた。
ゴダ村までは貸し馬で移動する。ゴダ村の馬屋で返せるから便利だ。ベルントは太腿だけで馬にしっかり乗っていた。休憩も一度しか挟まなかったから、そこまで影響はないのかもしれない。
村の門が見えた。村の横を川が流れていて、子供は遊ぶのを禁止されているが大人たちの目を盗んで数人が遊んでいた。馬に乗った二人を見てぎょっとしたけれど、何も言わずに村へ入ったから遊びに戻っていった。
久し振りだ。なのに驚くほど村は変わっていない。匂いも、人も。
ベルントの防具屋は当たり前だけど、酒場の前の椅子に赤ら顔で座っている近所のジジイも全く同じ姿勢で安い木の実酒を煽っている。
一先ずお互いの実家に帰る。マグルは父親が魔族との戦争で亡くなっていて、母親が一人でいる。今は畑に行っているのだろう。荷物を置いたら外で水を浴びた。埃が落ちてすっきりする。ベルントの分まで荷物を持った肩を回し、体を洗った残りの水を庭の野菜畑にやった。父親の墓にでも行ってくるか。いや、その前に酒だな。一口分だけ残ったワインがあって、それは家に着いたと同時に飲み干した。
「先に木の実酒でも買いに行くか。供えるものもいるし」
外に出る。ベルントの防具屋の前を通ると大騒ぎだった。泣き声も、聞こえる。マグルは意識せずに下を向く。チーズ小屋を通り過ぎ、酒場に向かう。チーズのかび臭い匂いが鼻をつく。その匂いは忘れるのを許さないよう執拗に、村のあちこちで鼻に入ってきた。村に入る時にもいたジジイはまだ座っている。とろんとした目でマグルを見ていた。
「マグル坊や」
「……」
無視して酒場に入る。昼なのにまだ寝ているかのような静けさだった。トマッ都では昼でも活気がある。マスターがマグルを見て、驚いた顔をする。でもそれだけだ。木の実酒とワインを買った。マスターは黙って、木の実の蜂蜜焼きを一緒に付けてくれる。木の実酒に使った実を干してから焼いたものだ。噛むと甘くてさっくりしている。後味はけっこう苦くて、子供の頃は好きじゃなかった。
「マグル坊や」
酒場を出るときにも声を掛けられる。仕事を放棄し、昼間から酒を飲んでいるこの男は大人になるにつれて嫌いになった。母親がこいつに料理を持っていく時があって、それもなんだか嫌だった。
「マグル」
しつこいな。振り返る途中から、声が違うことに気付いた。黒い髪に黒い瞳。地味な服装の女がいる。
「ロスクヴァ。久し振りだな」
マグルは笑顔になる。同世代だし、よく川で遊んだ。
「帰って来たんだ」
近付いて来る。距離を縮めるごとに彼女の顔がまるで怒ったように険しくなった。
「それ酒?」
「ん。家にちょっとしかなかったから」
「あのさぁ。それで冒険者とやらにはなれたの?」
ロスクヴァはマグルが帰ってきた理由に見当はつけている。だからそれは意地悪な言葉だった。
「一旦やめた。ベルントが帰るのを手伝わないとだからな」
足のことを言うかどうか悩む。
「……本当に中途半端だよね。農地を拡張しようとか言って、開墾したらその世話を丸投げして村を出て」
マグルとしては、村の為に開墾までをしておいた。という認識だった。土を割り、耕すのは相当な労力が必要になるから。あとは他の畑と一緒に作物を育てるだけだ。この言い草はマグルも予想外だった。
「なんだよ。ずいぶん突っかかってくるな」
「はあ? あんたが勝手に出てったせいでシグローさんが大変なんじゃない」
母親のことだ。マグル=シグロ―がマグルの名前だった。
「これから親父の墓参りだから。あと、酒はその為に買ったんだっつの」
出会い頭に怒りの感情を向けられて良い気分になる人間はいない。足を丘へ向ける。
「じゃあ墓参り終わったら水車前のチーズ小屋に来て。今日は納屋に運ぶ日だから手伝いなさいよ」
なんでそんなこと俺が。
「分かったよ。後でな」
そう思ったけど、ロスクヴァの目を見るとそう言ってしまった。約束してから、やっぱり面倒だなと思う。




