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詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き  作者: 真月 一蓮


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第17話 犠牲

 川に入った。泳いで渡り、土手に登る。息を切れて肺が痛い。どうでもいい。

 弓使いの男は馬で駆けていた。なんだよそれ。

 狙われてた?

 いつから?

 マジックバックを借りた時か。確信がないと、割に合わない。パーティでもない冒険者の荷物を開けただけでも、ご法度もいいとこだ。そもそも割になんて合ってない。高価だけど、それほどじゃない。ふざけるなよ。あの中には、解毒薬があるのに。

 やばい。やばい。どうすればいい。

 とにかく戻ろう。川はぎりぎり足が付いた。水を吸った体が、重たい。

 どうすれば、……そうか。もう一度買えばいい。とにかくトマッ都へ戻ろう。途中で他の冒険者から買ったっていい。ベルントはここで死んでいい奴じゃない。防具屋をやるんだろ。駆け出しの冒険者には安くしてやって。女の子用の小さな防具も作って。

 川から出ると走った。ヨルムルから目をくり抜けば討伐証明になる。死骸は素材として高く売れるけど今はいい。取り敢えず、荷物を軽くしてベルントを背負っていこう。


「待たせた」


 ベルントが顔を上げる。汗だくだった。火酒を浴びたように、顔が赤い。


「遅かったね。緊張が解けたらお腹へっちゃったよ」


 自分の状態の変化に気付いていないのか。


「足を見せてみろ」


 防具を脱がす。傷のある足裏を中心に肌が紫色になっていた。肌の下がぴくんぴくんと蠢いている。中に小さなヨルムルが入り込んだのかと思って息を飲んだ。違う。よく見ると太くなった血管だ。紫色の肌はゆっくりだが、目で分かるくらいの速度で広がる。

 トマッ都まで間に合うか?



「ベルント。マジックバックが盗まれた」


「誰がやった?」


「盗んだやつを追うのは後にしよう。そんなクズより、お前の命の方がよっぽど大事だ。走れるか。急いでトマッ都で解毒薬を調達するぞ」


「くそう。――分かった僕の荷物を持ってくれる?」


「任せろ」


 ドサッ。

 立ち上がったベルントは数秒も保たずに倒れる。足の裏が痛いみたいだ。呻くことすらできずに、歯を食いしばっている。

 走るどころか、歩くのも無理か。

 マグルは大剣を地面に置き、ポーションを装備していたベルントの腰ベルトを外す。それを使ってどうにかこうにか、背負った。男一人の体重が体にのしかかる。盾と剣も置かせた。盗まれたって仕方ない。とにかく、こいつの命なんだ。


「ハッ。ハッ」


 走る。揺れる度にベルントが背中で呻く。とにかく早く走った。


「いてて。荒いよマグル」


 しょうがないだろベルント。耐えろ。

 川の音が聞こえて、あと少しで林を抜ける。


「ちょっと止まってくれ」


 痛みに耐えかねたのか、ベルントが言う。


「そんな時間はねぇ」


「頼む。ちょっとでいいから止まってくれ」


 構わずに走る。

 いっそ気絶させるか。その方がベルントも苦しまない。


「お願いだよ。マグル。ごめん。本当に」


 友の悲痛な声に、抗えなかった。

 一度下ろす。木に凭れさせてやった。


「すまん。痛むよな。水を持ってくる。ちょっと冷やそう」


「ありがとう」


 マグルは川の近くのバックパックまで走り、革袋を取った。川の水で満タンにする。


「ほらよ。毒は時間との勝負だってギルドでも言ってた。すぐ出るからな」


「うん」


 ベルントが水をごくごくと飲み、残った水を足にかける。

 さり気なく、マグルは後ろに回った。大剣があれば、鞘でぶん殴れたのに。不意打ちなら蹴りでも気絶させられるか。でもこいつ、けっこう打たれ強いんだよな。

 ――本気で蹴るか。後で俺も蹴られてやるからよ。

 軸足に力を入れ、蹴り足を引いたところで驚いた。既に膝に近いところまで紫色になっている。感染が速過ぎる。間に合うわけがない。

 ベルントが死ぬ?

 有り得ないだろ、だって。俺たち討伐したんだぞ。そんなの。おかしい。余分に解毒薬も買ったのに。


「はあああああ」


 ベルントの声に、マグルの意識がそちらに向く。水を掛けただけでアウズンプラの突進でもくらったみたいだ。



 足を切っちまえば、助かるか?



 後戻りはできない。切ったところで毒は止まらないかもしれない。冒険者を続けられなかったらどうする。もう部屋を買えるのに。B級になるのは目の前だぞ。


「毒が回るのが早いな。行くぞ」


「もう少しだけ休憩させてくれ。痛いんだ」


「まだ感覚があるってことだよな」


 気絶させようとしたのが頭から抜けた。ベルントの前にしゃがむ。大人しく背負われてくれた。


「ああああああああ」


 背負い直した時だ。ベルントがマグルの背中を押して、突き離すようにする。ベルトを巻き付けているので腰だけ引っ張られた状態になる。構わず走ろうとした。背中で暴れられ、倒れる。泣きたくなった。魔法使いのロフンが帰ってくるのを待てば、結末は違ったのか?


「分かった分かった。ベルトを外すから」


 だからこれは、俺の責任だ。


「ちょっと休憩してろ」


 覚悟を決めた。

 林の奥へ、ヨルムルを倒したところへ戻る。今なら、片足で済む。大剣を掴む。八つ当たりで、ヨルムルの頭を真っ二つにしてから戻った。

 不思議なことに、ベルントはマグルの表情から全てを察したようだった。これまで一緒に冒険者をやってきたんだ。当たり前か。


「マグル?」


「待たせた」





 ベルントは宿屋の部屋で寝かせている。

 ギルドで治療魔法を済ませ、義足の依頼もした。

 マジックバックの返却は一悶着あった。盗まれたと言ったところで、疑われるのが関の山だ。けれど正直に言うしかない。受付で申告すると、ギルドマスターの部屋に通された。マグルはこれまで違反もしておらず、受付からの評判もいい。なにより善良な性格だった。マジックバック紛失の代償は、マジックバック代の半額と最低ランクへの降格で済んだ。本来は冒険者資格剥奪の上で、罰金として倍の額を納める必要がある。二倍どころかギルドが折半してくれたのは助かった。

 マグルの言葉が信じられたのは、実際にヨルムルを討伐していたことが大きかった。なにせマジックバックを盗むメリットよりデメリットの方が圧倒的に大きい。とぼけて、ギルドに盗まれたと言えば誤魔化せる。そう考えるほどマグルだって馬鹿じゃない。そんな状況で容疑者のいる、ウバソのパーティが街から離れたとなればギルドマスターは信じたくもなる。帝国の冒険者ギルドにも情報は伝達してくれるそうだ。

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