第15話 朝出て昼狩りヨルムル
討伐すれば部屋を買ってもお釣りがくる。ギルドの資料によるとヨルムルは毒のある蛇型の魔物だった。魔法は使ってこない。毒と、どんな奇襲も気付くセンサーみたいな舌が武器だ。余分に解毒薬を買い、防具に油を塗り牙が滑るようにする。罠には掛からなそうなので買わなかった。解毒薬を高いせいで出費がきついのもある。
荷車を引いていくには遠いので、マジックバックを借りることにする。中が風と土の混合魔法で拡張され、どんなに入れても重さも変わらないという代物だ。A級の冒険者にもなれば一人ずつ持っているというからステータスを測るアイテムにもなる。
「ここからは警戒していこう」
バタ川沿いにピーナツ平野を抜けたすぐのところにいるらしい。小規模の林があったのは覚えている。たぶんそこだと目星をつけてやってきた。
「うん」
ベルントは川の水を革袋に汲んでいた。気合を入れるように顔を洗う。
「口がアウズンプラを呑み込むほど開くらしいよ」
「まさか。大袈裟だろ、あんなでっかいんだぜ?」
荷物を置き、小さな拠点を作っておく。一日はここで粘り、見つからなければ移動するつもりだ。軽く食事を摂りながら、予想できるところは動きを打ち合わせておいた。細かいところは阿吽の呼吸でなんとかなる。
「毒を貰ったら一旦引く」
予備の解毒薬は割れないようマジックバックに入れてある。
「川が近いのもいいな。傷口を洗いやすい」
準備ができたら、林の探索を開始する。
マグルが急に立ち止まった。それに気付いたベルントが首だけで後ろを向く。
居る?
頷く。気配はない。けど胸騒ぎがする。
いや近いな。空気が変わった。狙われてるぞ。実体のない殺気だけが肌を覆う。
ごくりとベルントが唾を飲む。
風が通り、ざわざわと噂をするように枝葉が囁いた。
「木の上!」
細長い体を螺旋状に木の幹へ巻き付けたヨルムルが、上から窺っている。人が呑み込める太さに、長さは十メートル以上ありそうだ。こちらが気付いたことに、気付いた。飛び込んでくる。ベルントが咄嗟に避けた。口を開けると、でかすぎて丸盾じゃ受けられない。小さいアウズンプラなら、たしかに呑み込めそうだ。
「本当だったのかよ」
体は勝手に動いている。大剣を横なぎに払った。ちゃんと斬れる。
ベルントも切りつけようとしたが、木へ巻き戻るようにヨルムルは襲う前の位置まで上がっていった。斬ったところから血が落ちる。それも毒かもしれない。触れないように気を付けた。樹上にある頭には届かないので、幹に絡まる尻尾を狙う。
振り下ろす。素早い。尻尾を引き上げた。狙われてる。攻撃される前に、攻撃してやる。幹に当たった大剣をバウンドさせるようにしてまた上段の構えに戻す。踏ん張った。片足で地面を跳んで、もう片足で幹を蹴る。細い枝に足を乗せた。ここなら届く。落ちながら切りつけた。
意表を突いたつもりだったがヨルムルは隣の木に飛び移って逃げた。
「くそ」
ヨルムルは夜の河みたいな青黒い肌に、黄色い四角形の模様が不規則に散らばる。大きな黄色い眼は中心に三日月の切れ込みのようものが走る。ぎょろりと動いた。目が合う。
尋常じゃない殺気だ。理解した。こいつは何人も殺している。殺した数だけ黄色の四角が増えているのだと勝手に思った。青黒い肌はそこら中にある死を掻き集めて色にしたようだった。
「うご。あっぶね」
首らへんを起点にして、長い尻尾が視覚の外から振り下ろされる。大剣を横にして受け止めた。防御できたのはほとんど勘だ。そのまま大剣に巻き付く。やばい武器を取られる。
「ふん」
横から現れたベルントが剣を刺す。急に引っ張る力がなくなった。と思ったら、今度はヨルムルの顔が襲ってくる。生臭い匂いがしそうな口を開け、上下の牙の間に唾液の糸が線になっている。尻尾を大剣に巻き付けたまま牙を狙った。振る余裕はない。突きの角度にするだけだ。マグルを襲う勢いそのままに牙が剣に当たる。左上の牙が砕けた。が、丸呑みにしようとする動きは止まらない。喰われる。口が閉じないよう下顎の牙の隙間を踵で止め、上顎を大剣で受けた。牙を破壊した剣先がずれて、そのまま上顎に突き刺さる。咬力で潰される。
「ベルント!」
「分かってる」
口で見えないが、ベルントが胴体へ攻撃している。ヨルムルはいつの間にか大剣から尻尾の先を離していた。
背中を口の方へ叩かれたら、飲まれる。
大剣を引き抜き、顎から足を外す。バクン。勢いよく口が閉じる。風圧まで感じた。巻き込まれたら手足が吹っ飛びそうだな。そうでなくても、かすったら毒を貰う。毒の魔物がこれほど厄介だとは、知っているつもりで甘く見積もっていた。
さっさと終わらせた方がいい。大剣を渾身の力で振り下ろす。鉄の塊は空気を裂いて地面を削った。デカいくせに速い。
マグルの攻撃を避けたヨルムルはその場でぐるりと尻尾を一周させた。大剣で受け流す。ベルントもしっかり盾で防御した。さらにもう一周してくる。また受ける。止まらない上に回転は加速した。上に下にと尻尾が襲う。その勢いで地面の土が細かく舞う。茶色い霧みたいになった。前が見えない。一方向の回転だからまだ何とかなっている。
「下がるぞ」
前が見えないのは危なすぎる。距離を取りたかった。ふいに、刺すような殺気を感じた。考えるよりも先にしゃがむ。頭を下げた直後に尻尾が頭上を通り過ぎる。恐怖に肌が冷えた。こいつ。舌のセンサーで俺たちの場所が分かるのか。
「うわ」
ドン。ベルントの声と、木にぶつかる音。
マグルは転がりながらなんとか離脱した。外から見ると、舞う土埃が茶色い玉になってヨルムルを覆っている。




