第14話 討伐依頼 アウズンプラ
「まずベッドを作ろうぜ。でかくてがっしりしたやつ」
部屋を買う前から、買ったあとのことを話している。
「食卓と、食器でしょ」
「作業台はいいのか」
「とりあえずはね。工具も揃えないと意味ないしさ。でも絶対いるよ」
「食卓で作業するなよ?」
「ええ? しないよぉ」
うわこいつ、絶対するつもりだろ。せっかくの俺のめちゃウマ料理の匂いが全部潤滑油に上書きされるぞ。
二人が宿屋に併設されている食堂で話している。酒と脂っこい食事の匂いに、魔物の血が混じった匂い。オークの集合住宅みたいな環境にはもう慣れてしまった。普通なら臭いと感じるだろうこの匂いも、あと少しかと思えば嫌じゃない。後ろのテーブルで話を聞いてたらしい、馴染みの冒険者が椅子に肘を掛けてこっちを向いた。
「おうベルント。部屋の中で防具屋やるつもりかよ」
「防具屋は故郷でやるよ。こっちじゃやらないね」
ベルントは親父の防具屋を継ぐつもりだ。その為に冒険者になって箔を付ける。と言うのは建前で、実際のところ好奇心が人一倍旺盛なのだ。村の中で人生を終わるにしても、一度は外に出てみたい。
「へえ。そりゃいいや。俺の防具も修繕してくれよ」
「タダじゃやらないよ」
「でも手心は加えてくれんだろ? ああ、まさか薬草の群生地を教えてやった恩がここで返ってくるとはな」
むぐ。と詰まったベルントの援護をしてやる。
「その群生地なんて誰でも知ってることだったろ。情報料とか言ってビールたかりやがって」
駆けだしの頃に、薬草採取の依頼を受けた。まずは近場の冒険者に聞いてみようと話したのがこいつだった。運が悪い。
「情報量はそっちじゃねぇ。何も知らないまま情報収集してると騙されるって情報さ」
「屁理屈野郎め」
「お前らみたいに情報源が一つなら、そいつを信じるしかねぇ。だってそうだろ? 信じる為に情報を探してんだからよ。情報源は二つ持つのが鉄則だわな」
言葉は理解できないけど、なんとなぁく中身は分かった。基本的に俺たちは行動する為の情報を探してる。行動しない為の情報は探さないから、変な情報や虫のいい話に飛びついて騙される。騙されているのに気付けないのは、だから情報源を複数持たないせいだ。
「それにな、ベルントはまだ防具屋じゃねぇんだからよ。むしろ練習代をもらいたいくらいだぜ。下手くそに直されちゃ、余計に壊れるってもんだ」
ははは。周りで笑いが起こる。こいつらはとにかく笑えるものに敏感だ。人の失敗や騙された話。馬鹿な行動。マグルがさっさと安宿を出たい気持ちの展覧会だった。
「お前ぇ」
マグルが睨む。ベルントを馬鹿にされて黙ってるほど、お人好しじゃない。
「あ、なんだよ?」
やんのか。と目で挑発してきた。
「よく分かんないけど、お代くれるんだったらやるよ? 防具は大事だしさ。周りの人に怪我して欲しくないし」
空気が読めてるのか読めてないのか。ベルントが当然のように言った。
「ん。おう」
素直なベルントの言葉に毒気を抜かれたのか。残ったビールを一気に飲み干すと立ち上がった。
「これやるよ」
スリズルの肉をパスタで包んで茹でたのがほとんど手つかずに残ってる。
「やった」
「それ喰うと、修繕代にされるぞ」
「うるせぇ。もう腹一杯なだけだ。じゃあな」
手を振られたので、マグルも習性で振り返してしまった。浮いた手が恥ずかしくて、誤魔化すように大回りしてフォークを取る。パスタに突き刺す。肉汁がじゅわりと溢れて、フォークから滑り落ちそうになった。宿は汚いし、夜にお湯も少ししか貰えないけど、メシだけは旨いんだよな。
朝の冒険者ギルドは熱気に包まれている。王都のギルドだけあって、広いしでかい。それに二人と同じように田舎からやってくる人間が後を絶たなかった。
「この依頼を受けたら一発だな」
アウズンプラというウシ型の魔物だ。前に一度討伐したことがある。小屋ほどもある体に、マグルの持つ大剣ほどの角が二本ある。突進を避けるのはそこまで難しくはないが、なにせ耐久力のある魔物だった。威圧感もある。決定力がないと面倒な相手だ。
「うん。やろう」
反対はされなかった。気合を入れようと拳を合わせる。俺たちのルーティンだった。ベルントの無骨な手の感触が頼もしい。
「ロフンは来れるか?」
女の魔法使いだ。特定のパーティには所属していない。魔法使いは貴重で、色んなパーティからお呼びが掛かった。パーティの都合で振り回されるより、一人で気ままに依頼を受けるかを決めたいらしい。その点は珍しいというか、変わり者だ。ベルントと馬が合うらしく、誘えば優先して来てくれることが多い。
「聞いてみよう」
ギルドで待つことにする。遠くまで依頼に行っているという話は聞いてないから、すぐに来るだろう。夕食の席でちょっかいを掛けてきた冒険者、ウバソのパーティが居た。
どうやら今から出るところらしい。目が合った。互いに声は掛けなかった。宿が同じなだけで、別に仲が良いわけじゃない。
「お、来たみたい」
ロフンは革の防具をしっかりと着こんでいる。身長が小さいから、杖がやたら大きく見える。ベルントが手を上げると、ロフンも笑顔で杖を振った。
今のところは一人だがどうだろう。二人でしばらく話して、ベルントが戻ってくる。
「これから別のパーティと遠征してくるって」
「そうか」
まあ仕方ない。俺が嫌われてるとか、そういうんじゃないよな?
アウズンプラはピーナツ平野ですぐに見つかった。なにせでかい。他のパーティが討伐しようとしている様子もなかった。
「来てるぞ避けろ!」
突進を当てたアウズンプラは首を上に降り上げる。ベルントが空を飛ぶ。くるくると二回転して、綺麗に足から着地した。怪我はない。眉間に盾を合わせたお陰で、角には当たらなかったらしい。隙を見せたところにマグルがすかさず大剣を振り下ろす。ベルントも攻撃に加わった。挟まれたアウズンプラは走り、距離を取ろうとする。
「無理だ。逃げよう」
マグルが地面を力強く蹴る。尻の辺りでも一度蹴り上がった。背中に飛び乗る。振り落とされる前に大剣を思いっ切り突き立てた。手応えはある。骨があったのか、やたら堅い。もっと深く捻じ込もうとして、足が滑って落ちた。
「一旦退くよ。マグル!」
「くそっ!」
とにかく体力がある。硬い体毛に流され、大剣でも効いている感じがしない。ベルントの直剣では蚊に刺された程度だろう。目を突き刺せればいいだろうが、突進を食らうリスクがある。魔法があればと思わずにはいられなかった。
ベルントも息が切れて、マグルもしんどかった。撤退するにも、アウズンプラが追いかけられないところまで逃げる必要がある。余裕のある内に判断しないと殺られる。
段になっている丘の上まで逃げた。荷物はそこに置いてあった。水を飲む。冷えた風が夕刻を告げた。
「タフだねぇ」
陽が落ちる。明かりの魔法か道具があれば暗くても戦えたのに。
「最初っからもっと背中に乗りゃよかった。ちくしょお」
「明日もあるさ」
アウズンプラが、遠くでこっちを見ていた。
翌日にギルドへ確認すると、夜の内に倒した別のパーティがアウズンプラの討伐証明を持ってきたらしい。依頼は終わっていた。
「仕方ないね」
魔力が込められた爆弾罠も使った。その分の金は丸損だ。
「また頑張るしかないか」
失敗はつきものだ。どこか怪我をしたわけでもない。
「そう来なくっちゃ」
次に受けた依頼は旅人を襲った鳥型の魔物の討伐と、また薬草採取だ。薬草は早くに終わり、魔物を探す。二日探したがどこにもいなかった。もう移動したのかもしれない。
「うぅん」
夕食の席で、さすがのベルントも唸る。マグルは既にキレ散らかした後だ。
「こういう日は飲もうぜ」
しこたま飲んで頭を空にした。それで嫌な流れを断ち切るつもりだった。
泥酔したせいで翌日も休むことになる。散財と合わせて、部屋の購入がまた半歩遠のいた。それでも一日休んだお陰か、気力体力共に充実した状態で二人はギルドにやってくる。運命が仕組んだようにある依頼が張り出されていた。ヨルムルという、本来は諸国連合の沼地に生息する魔物の討伐依頼だ。危険なのか、他の討伐依頼より頭一つ料金が高い。目を合わせる。にやりと笑った。黙って拳を向けると、ベルントがごつりと合わせる。




