第13話 冒険者よ
息が、苦しい。
呼吸が余りにも早い。
「頼むよマグル。やめてくれ」
大剣を持った短髪の青年が、木に背中を預けて座る男に近づく。疲れ切っているのか、座る男の四肢は力なく投げ出されている。
「ベルント。動くな」
辞めておけ。
警告するように、ざわざわと固い草が擦れる音がする。その警告は、もっと前から出ていたようでもある。
「きっと大丈夫だから」
友の声に、後ろ足を踏みそうになる。
こらえた。
やらなきゃならない
「ふっ。ふっ。ふっ」
息が苦しい。吐いてばかりで、吸えてない。肺が裂けそうだ。
「すぅ」
マグルは意識して息を深く吸う。
少し楽になった。
大剣を上段に構える。背は平均より少し高いくらいだ。けれど大きく見えた。
「俺のせいだ。恨んでくれ」
「いいからさ。じゃあ休憩は終わりにしよう」
掲げた大剣に日の光が反射する。きらりと剣先が明滅した。その直後、あれだけ大きな剣が消えた。振り下ろしている。
「ぎゃああああああああ」
視界の外へなにかが弾けた。切断した足が反動で跳ねあがっている。
ボタタ
どす黒い血が、幅広の刀身を濡らす。
その色を見て、やっぱりだ。マグルは確信した。
「うぐうう。ひぐううううう」
ベルントは顔を真っ青にして、消えた膝から下を抑えようとしている。もうそこに肉はない。マグルは地面に落ちた足を拾う。自分が切り落とした足をがっしりと片手で掴んでいた。
振り返った。顔には憎しみも後悔もない。あるのは冬の谷底のような悲しみだった。
玉粒の汗が額から滑り落ちて、マグルの鼻筋を掠めた。
目の奥で宝石みたいに輝く薄茶色の瞳は美しい。吸い込むようなその瞳が、真っ直ぐにこちらを見る。
目尻へ向かって長い睫毛が生えた。絡まった砂の粒が光りながら落ちた。目の下の汚れが、心の疲れを表わす。どこまでも伸びていくような視線の意思は強く純粋で、混じりけがない。
ぎゅっと瞳が縮んだ。汗が目に垂れて、瞑る。
俺たちの冒険はここで終わる筈だったんだ。
◆
――1週間前
「マグル、準備はできたか?」
ベルントがようやく部屋から下りてきた。
騒々しいことが取り柄みたいな安宿だ。冒険者ばかり集まるから、こうなる。
もう少しだ。嬉しいことにもう少し頑張れば、二人で冒険者ギルドの近くにある建物の部屋を買える。あと金貨一枚と少し。そうしたらC級冒険者からB級冒険者へ上がれる(庶民が使う硬貨の日本円換算 金貨十万円 銀貨千円 銅貨百円 百円以下の商品は物々交換か抱き合わせにして銅貨一枚で売られる)。
部屋を持っていることは、明示されていない不文律の条件だった。B級からは有事に依頼を振られることがあるそうだ。宿暮らしでは連絡できない恐れがある。それにB級ともなればギルドの顔だし、一応の住所がないと箔が付かないのもある。
「今日は薬草採取と、街道に出た魔物の討伐だよね」
四角い顔に柔らかい笑顔のベルントは慎重な性格だ。ゴダ村の頃から変わらない。手入れの行き届いた防具を身に付けている。
「魔物がすんなり出てくれたらいいけどなぁ」
「そればかりは運次第だよ」
「最悪薬草だけか」
群生地に行けば依頼分は取れるだろう。ただ、薬草のあるところは決まって魔物の徘徊も多い。一般人が行くには危険だし、命を懸けるには割が合わない。そういう隙間を埋めるような依頼は、実際日々の生活に助かっている。
どんぐり街道を南に下り、ピーナツ平野を背中にして木立へ歩く。薬草の群生地はここから早歩きで三十分くらいだ。
「あと少しで部屋を買えるな」
「そうだね。僕は、防具の作業台が欲しいよ。油を塗ったりすると、匂いがきついって宿屋の主人が怒るから」
ベルントは防具屋の息子だけあって、防具の手入れが細かい。お陰でマグルも気を遣うようになった。そのお陰で駆け出しの頃は何度も危機を救われた。防具は、大事だ。
「一応、そうなったら俺も同じ部屋に居るんだけど」
「それくらい我慢してよ。マグルの分もやってあげるからさ」
マグルはささっと点検して、ほつれたり傷があるところを直すくらいだからすぐに終わる。きっとベルントは細かくやるだろう。そうしたら結構な手間だ。
「自分のくらいやる。それより部屋にビールの樽を置こうぜ」
「馬鹿だなマグルは」
「しまった、ワインの樽もだったか。そういうことだろ?」
「違うよ」
二人で笑った。
薬草の群生地に行くまで、イエピに二度襲われた。襲われたと言っても弱い魔物だから、難なく排除する。尻尾が討伐の証明になる。体ごと持って帰れば色々売れるけど、イエピの肉は安いし、皮も売れない。わざわざ持って帰る人は稀だった。
「帰りは遠回りして街道沿いを歩くか」
「そうだね」
依頼の魔物はクイーンルルビーの討伐だ。
卵を産むルルビーは目だけでなく真っ赤な体をしていて目立つ。キングルルビーと呼ばれる一際大きいルルビーが居る場合、巣はかなり成熟していた。だからもしキングルルビーを見つけたら、二人は撤退するつもりだ。
「発見から早いから、まだクイーンだけだと思うんだよな」
商人がルルビーに襲われたとギルドに報告したのは一昨日だ。商人は自分も仕事があるし、報告が早くていい。ルルビーに関しては特にだ。
「小さなのが二体だよね」
特有の羽音が聞こえた。
二人とも黙った。
姿勢を低くして、背負っていたバックパックは木の幹に立て掛ける。
真っ赤なのが一匹いる。
ベルントが目で合図した。頷く。丸盾と剣を持ったベルントが先に突っ込み、背中をマグルが守りながら大剣で蹴散らすのが二人のやり方だ。
巣を探そうと視線を巡らす。クイーンルルビーの真上の木、葉から隠れるようにして巣が出来ていた。一匹、一匹と巣に戻ってきて四匹になった。集まってくるなら、早いとこやった方がいい。ベルントが立ち上がった。走る。マグルも続いた。
ベルントが剣で羽を斬る。一匹。
マグルが追い付いた。匂いがする。警告のフェロモンだ。
羽音が忙しなくなり、動きが早くなる。敵がいることだけを知ったルルビーは焦ったように小刻みに動いて索敵した。むしろ変に動かれるより狙いやすい。
大剣を振り下ろす。二匹目。
返しでクイーンルルビーを続けて斬った。三匹目。
無理をして斬ったせいで脇が空く。ベルントがカバーで前に立った。残った一匹は威嚇するように尻の針を振る。盾を構えたベルントは落ち着いて狙いを定める。剣を突くと、さっさとクイーンの解体を始めた。討伐の証明として頭を丸々落とした。ついでに胸を開き、結晶を探す。
「あ。すまん」
宝石みたいに輝く結晶はあった。が、割れている。 マグルが大剣で斬った時に当たってしまったらしい。割れたら当然価値は下がる。
「いいよ。反省は後にして帰ろう」
目的を達成したら、すぐに帰りたがるのがベルントだ。
「ああ。まだこの巣の大きさだとまだ居そうだし」
二人が移動を始めてすぐ、羽音が聞こえた。心なしか怒ったような羽音である。
「戻るか?」
弱い魔物とはいえ討伐しておかないと被害が出るかもしれない。
「うぅん。どうだろう。きりがない気もするよ」
何匹いるかは確かめようがない。その度に戻ってたら冒険者なんて職業はできないのは確かだ。でも自分たちがやった事の後始末はつけないと、荒れ放題になってしまう。そこは矜持の問題だった。
「羽音は二匹か三匹か。大量ってわけじゃないな」
行ってくるから、ゆっくり歩いてくれ。
言うとマグルは荷物を下ろす。ルルビーの結晶が取れたら、今日の晩飯が豪華になるという打算もあった。
「待てよマグル。相棒だろ、僕も行くよ」
「そうこなくっちゃ。俺たち格好いい冒険者目指してんだから」
「一回だけだからな」
「おう。B級の冒険者になるならルルビーなんて寝てても倒せるくらいじゃないとなれっこないぜ」
クイーンルルビーの死体の周りを飛ぶルルビーが二匹いる。二人で一匹ずつ倒した。ものの数分も掛かってないし、これで気持ちよく帰れる。
「奥に三匹見えるけど」
「分かってる。帰ろうぜ」
木立の向こう、薬草を採取した方に黒い影が小さく見えた。




