第12話 アールの研究
夕食を終えると、二人は早めにそれぞれのベッドに入った。乗合馬車に遅れたら歩くことになる。
朝食を取ったら、馬車の近くで待機することにした。
「やばい。ベッド最高。固い地面じゃないことに私たちはもっと感謝しなきゃ」
「早く寝ろ」
「分かった」
無言にはなったが、まだ起きている気配がする。どうやら小娘に寝る気はないらしい。
「ねぇアール。どうして旅までしてくれるの。ボラさんがラザニア焼いてくれるから?」
私をどれだけ食いしん坊だと思ってるんだ。
「私の研究につながるからだ」
「魔法研究所でしていたやつだよね」
「そこで、魔力を研究していた。未だ魔力について分からないことは多い」
「そうなんだ」
「例えば魔法の連続使用についてだ。何度も使うと、徐々に術式を組めなくなる。それは脳が疲弊して集中力を欠いたのが原因という説が主流だった」
「ぽわぁー。ってなる感じなの?」
「うむ――。しかし酔っ払った人間は魔法を使える。それにより術式の構築が集中力とは別の要因にあるという仮説が立つ。集中力とは別の何か、素直に考えるなら、人によって異なる魔力の総量に依存している。では魔力とはなんだ。どこから生まれている。目に見えず、しかし感じることはできる。女神の恩寵だとする者もいるが、それは思考の放棄だ」
「無属性魔法が研究につながるって言ったじゃない。絡むところまで飛ばして?」
「……。無属性魔法はおそらく魔力を使っていない。魔法を使えないビレステが使えることを鑑みると、否定される根拠がでない限りはそう考えるべきだ。しかし倒れた時のビレステは魔力を消耗していた」
「魔力が少なくなってたんだ。すごい怠かったよ」
「魔力が枯渇に近づくとそうなる。――よって、魔力を魔法とは別の使い方をしている、という仮説を立てた。それが魔力の本質を紐解く突破口になる」
「ふうん。難しいこと考えるよねアールって。本当に研究者だったんだ。王立魔法研究所ってそういうのを考えるところなの?」
「基本的には戦争目的だな」
「え。そうなの……?」
「魔族や、将来の敵国に対して使える新魔法の研究がメインだ」
「だからか。じゃあアールってば関係ないことやってたから追い出されちゃったんだ」
「いや。研究者は一定期間ごとに自分の成果を発表するのだが、その際に短縮詠唱が必須になったからだ」
「はあ? なにそれ。アールのこと狙い撃ちみたいなの」
「実際そうだった」
「変なの。研究所の人たちってみんな頭良いんじゃないの?」
「戦争で使う魔法を研究する人間が短縮詠唱できないのはおかしいとさ」
エルフなのにね。
と言われるのを待っていた。エルフジョークが空振り、アールはじっと暗い天井を眺める。
「アールの特大最強魔法は凄かったって村の皆も言ってたのに」
【アースグレイブ】は初歩ではないが、難しい魔法ではない。
「あの時使った魔法の術式はまた今度教えよう。今日は無属性魔法を使ったんだ。もう寝ろ」
「分かった。無属性魔法にもさ、あんな特大魔法あるの?」
「……」
ボラはきっと、大変だったろうな。いや、これがその教育の賜物か? だとしたら大したものだ。
アールの言うこと聞いてればあたしも出来るようになる?
――寝ちゃった?
魔力の本質は、無属性魔法が関係している。
本当だろうか。
魔力原論と題した研究が、エルフ生をもってしても終わりを迎えられるかは怪しい。それでいいじゃない。アイゼの声が聞こえた気がした。私はそうは思わない。原論を上梓する。それが評価されてこそ、私は研究者として返り咲ける。
目を閉じる。無理かと一度は諦めた。だが目の前に無属性魔法を使う娘が現れてしまった。なんの因果だろう。一縷の望み、あるいは数秒後には消えてしまう小さな星の光だとしても、私は尾を引いて流れゆく星の煌めきに可能性を感じてしまった。可能性にじっとしていられないあたり、まだ研究者の血が残っていたらしい。
翌朝は雨が降りそうな空だった。なんとか、王都で宿を取るまでは曇りのままでいて欲しい。
ドアが開く。
「アールおはよう」
先に起きていたビレステは顔を洗ったのか、さっぱりとしている。
「準備をしたら、軽く朝食を食べようか」
パンに焼いたチーズを乗せただけの簡単なものだ。
「乗合馬車。なんだかすぐ出そうだね」
人が満員になれば、出発するだろう。待つ人は荷物を広げて整理したり、コーヒーを片手に立っていたりと様々だ。
「むううぅ」
「どうした?」
「前髪がなんか変」
「いつもと変わらない」
大丈夫だ。そう言ったつもりだ。
表情はよりぶすっとした。
「いや全然変わってるから。こんなんじゃないし。最悪」
「気分まで落ち込まなくともいいだろう」
「女の子はね。前髪でその日の気分が決まるの」
やれやれ。これだからアールは。とビレステがぶつぶつ嘆く。
気分が前髪で決まるなら、髪を上げるかもういっそ前髪で顔を覆ってしまえ。その方が分かりやすい。
ちりん。ちりん。御者が手に持った鈴を鳴らす。
「出るぞぉ。馬車が出るぞぉ」
ちりん。ちりん。
「出るぞぉ。馬車が出るぞぉ」
ゆっくりと歩き、通りを往復してくる。埃の立っていない、まだ澄んだ朝の空気にころころと軽やかな鈴の音と声がよく響いた。
馬車の中は窮屈だが歩くよりは断然ましだ。幌も今は外されていて、風が心地いい。
どんぐり街道を軽快に進み、王都の前のピーナツ平野が視界一杯に広がった。
「もしだよ」
一面の景色に目を細めるアールの横で、ビレステが声を出す。
下を向いていて、表情は読めない。
どうでもいい。どうせ今日は前髪のせいで落ち込んでいるらしいからな。
「王都でさ、あたしの産みの親と会えちゃったり、なんてするかな?」
ビレステが顔を上げた。いつになく真剣な表情だった。
「――」
視線を一度、風景に戻す。
黒い雲の下で大きな風が吹く。草原の草や、思い出したように生えた木を揺らす。そこに規則性はない。だがきっと人間には見えない自然界の規則性に則って生えていた。
「無理だろうな。おそらく旅の最中に産気づき、村に逗留して産んで、そこからまた旅に出た。王国の人間かどうかも分からない」
もし村の人間が孤児院に子供を任せれば、すぐにばれて噂は広まるだろう。
「そっか。そうだよね。でへへ、へへ……」
「生きていればいつかは会える。大事なのはビレステが気付けるかだな」
「うん」
「親は何人いてもいい」
「――うんうん。アール今日優しいじゃん。あたし頑張って探すよ!」
馬がいななき、前を見ると目的地が見えていた。
目元を擦ったビレステが感嘆の声を上げる。石積みの楼台に、外壁よりも高い内壁、その奥に宮殿の頭が見えた。
ラディッキ王国の王が居る街。トマッ都だ。ピーナツ平野から引き込んだバタ川がその下をゆるやかに通っていく。




