第11話 トマチ―
夕方になる前にはモッツァ村に着くことができた。時間が早かったお陰で宿もすぐに取れる。
「あんたエルフだろ。治療魔法はできるのかい?」
宿の女主人に聞かれたが、首を振る。
どうやら、村で腰が不自由になってしまった人が居るそうだ。
なんだい、と落胆された。そのせいか部屋も廊下から一番手前の、騒々しい部屋を案内される。
「うがぁ。疲れたちかれた、もうしんどい」
どっかりと雪崩れ込む。アールは荷物を置き、弓の弦を外した。矢筒の中から、状態の悪い矢羽のを一本と、ルルビーから回収できた二本の矢の手入れをする。
「お湯を貰ってきたらどうだ」
「……ふん」
ビレステはうつ伏せの状態から、ベッドにどっかりと胡坐を組む。
「なによ。アイゼさんみたいに治療魔法が出来る人って珍しいんでしょ?」
枕を抱え込んだ。
「それにちょっと詠唱が遅いからってさ。嫌な感じっ」
「魔法を使えると聞けば、知らない人間は四属性を全て使えると思うものだ。あと詠唱が遅いとは言われていない」
治療魔法は水属性だが、それは分類上のものだ。四属性と治療、それに無属性と分けるのが適当だとアールは考えている。
「そんなのどれだけ偉大な魔法使いでも無理よ。いくら詠唱に時間を掛けたって、魔物の群れを一網打尽に出来る人なんてそういないんだから」
「そうだな。それに魔法の美しさに、早いか遅いかはないからな。私が求めている魔法は――」
「お湯貰ってくる!」
出て言ったビレステがお湯を使う間、散歩でもしようと外に出る。
やはり王都に近いだけあって、ラザニ村とは活気が違う。住んでいる人数はそれなりだろうが、冒険者や商人、旅人で道は賑わっていた。それを呼び込む屋台の声が耳をくすぐる。
乗合馬車の時間を確認すると、そろそろかと宿に戻った。
「お帰り。アールもお湯貰ってきたら?」
濡れた髪をガシガシとタオルに押し付けている。
「そうだな」
アールはビレステに近づき、顎を下から指で上げた。
「え。ちょっ……」
唇を見つめられ、ビレステの頬はリンゴも真っ青になるほど赤くなった。
目を閉じた方がいいのか、突き飛ばして蹴って枕で追撃した方がいいのか。頭の中を秒速一キロでグルグルする。
「血色はいいな。また気を失いそうな予兆はないか?」
また倒れられては、明日の乗合馬車を逃すかもしれない。
「……」
無属性魔法でルルビーを弾いたことを思い出した。ビレステは恥ずかしさに叫び出し、今なら王都まで夜通し走れた。枕を取り、バシバシとアールの肩を叩く。
「このくらい元気だから大丈夫っ」
それから頭のタオルを被り、前髪を拭く。火照った顔が落ち着くまでそうしていた。
一方で、ビレステの奇行には慣れているアールは平然としていた。
「私は夕食後にお湯を貰う。外に出よう。モッツァ村はチーズの塊をトマトで煮込んだ、トマチ―が名物だ。薄く堅いパンも付いて来るが、軽い歯ごたえでそれも美味しいぞ。食べて置いて損はない」
「なにそれ。めっっっちゃ美味しそうじゃん。行こう行こう」
また外へ出る。いつの間にか夕暮れだ。
散歩をしている間に見つけた店へ向かう。途中で、人だかりが出来ていた。屋台に並ぶ様子でもない。
軽やかな弦楽器の音が聞こえる。単調だが趣のあるメロディだった。
「なんだろ」
ビレステがつま先立ちで奥を見ようと、ふらふらしながら人混みの輪へ近づく。
アールもゆっくりと後ろを追った。
「さあみなさん。夕食の前座にしては満足感のある話を聞いていってくれ。お腹一杯になっても文句は言わないでくれよ。
――七つの国から成る諸国連合。
移り行く国王は円盤の上を回っていく。運命が指し示した先に奇跡が起きた!
『怪傑』と呼ばれた生ける伝説、オーズが現れたのだ。最強の王。その男は深窓の令嬢の腹の底から夜を割るように出てきたが、真相はどうだろう。広がる海を裂き、地価を削ると現れる赤い海から生まれたと言う人もまたいる。はたまた空で無数に瞬く星、その一つが虹を描いて落ちてくる。そこに乗っていたと話す人も居る」
「吟遊詩人だな」
「あれがそうなのね。私、すっごい前にラザニ村に来た時見れなかったの。ボラさんに怒られて、修道院の窓を隅から隅まで擦らなきゃいけなくてさ」
「私も見たのは数えるくらいだ。珍しい」
「そんなに珍しいの? 幸運の女神が微笑んでるねぇ」
吟遊詩人の男の語り口は軽妙で、どこか聞き入ってしまう。
銅貨や銀貨が足元の箱へ投げられていく。ビレステもお小遣いから銅貨を出した。
吟遊詩人の男と目が合う。
唾広の帽子の下は年齢不詳で、若いとも年老いているようにも見える。
「「――」」
「なんか、目合っちゃったね。長いこと」
「エルフが珍しかったのかもな」
「楽しみだなぁ。トマチー!」




