第9話 三夜一夜物語
出発して一時間で、「いつ休憩?」とか、「泊まるところはどうするの」とかの質問攻めだ。
アールは逸るビレステに合わせることはせず、マイペースに歩いていく。
弓はいつでも使えるように片手に持っていた。大きさは上半身くらいの、持ち運びのよい短弓だ。
「干しぶどう食べる?」
一つまみ貰い、一粒ずつ口に入れる。太陽の甘酸っぱさが舌の上で広がった。
「あんまりはしゃぐと、体力を消耗して後がきついぞ」
「うん。分かった」
これで本当に分かっているなら、世の中の親はもう少し楽に子育てをしているだろう。
「どっち?」
村からの道がどんぐり街道に合流した。右を行けば南に向かう。
「左だ。標板を見てみろ」
T字に交わる道の真ん中に、太く矢印がある。
「この先が北になっている。これでだいたいの位置と方角が分かる。あとは通行人に聞けばいい」
「ふぅん。ラザニ村ってラディキ王国のどこにあるの?」
「西の少し南に寄ったところだな」
「ふううぅん?」
「魔物も出ることがある。周囲には気を配れ」
実際のところ、街道にはあまり出ない。
「うん」
「もし出たら、あとで冒険者ギルドに報告しておいた方がいい。討伐してくれれば私たちの旅の安全にも繋がるからな」
「了解!」
ビレステは腕をぶんぶん振って歩いている。それが二時間後には、だらだらになっていた。
「もう限界。無理。休憩しよ?」
「休憩というか野営だな」
「えええ。宿じゃないの? 怖いよ」
「今日は魔物も出てこなかった。開けた場所を探して、――あそこでいいな」
土魔法の詠唱を始める。
「木の枝を拾ってきてくれ。太いのと細いのだ」
都会の娘とは違い、ビレステはつややかな大根のような村娘だ。火起こしくらい、一人で手早くやってしまう。
「よし火が点いたよ。次は?」
「水はまだあるな。そこに座っていろ」
「うん」
ビレステは布を敷いて、そこに横座りした。
「夕飯はね、ボラさんのラザニアとレモンパイだよ」
「ボラのラザニアか」
「美味しいよねぇ」
「うむ」
それには同意せざるを得ない。季節の食材を織り込んだラザニアはいつ食べてもその時期の味わいがある。
冬にはホワイトソースの部分に鮭が入り、春には戻した干し肉がこれでもかと詰まっている。肉の脂っぽさを苦みのある春野菜が調和した。夏になればレモンがミートソースに混じり、ホワイトソースはさっぱりとした野菜をこれでもかと煮詰めた汁が味の決め手になる。秋はキノコに、焦がしたナッツが入っていた。
「もう食べていい?」
「まだだ。風が吹くと料理に砂が混じる」
「じゃあレモンパイだけ食べちゃお」
薄布の包みを開くと、固く焼いた四角いパイが現れた。四つに切り分けられている。歩いてお腹が減ったのだろう。小さな口でサクサクサクと勢いよく食べている。
「デザートがなくなるぞ?」
「ほむほむ、はむはむっほほ?」
「飲み込んでから言え」
【アースウォール】
土の壁が四つ、地面からせり出てくる。明日の朝までは魔力で硬質化されるように術式を組み込んだ。壁の一つには人が這い出られるくらいの穴も作ってあった。
「うわ。すごっ」
「それでなんて言ったんだ?」
「どうして私の魔法が無属性だって分かったの?」
「簡単だ。魔法陣の色が白かった」
魔法陣の色で発動する魔法の種類が分かる。例えば火系統は赤く、土系統は緑色だ。
「なんかそんなこと習った気がする。白いと見えにくいね」
「ああ。だから私も半信半疑だった」
「無属性魔法って強いの?」
これだけ騒がれているから強いんでしょ。と顔がわくわくしている。
「基本的には魔法に優劣はない」
「相性はあるんだよね」
「そうだ。言えるか?」
「ええと。ええ。たしか火の魔法は水の魔法に弱くて」
「それで?」
やだ。先生の顔しないでよ。
むむむ。
眉間に皺を寄せてビレステは考える。
「属性は全部で四種類だよね」
「水火風土だな」
「それで、火は水に弱くて、水は土に」
私は教えたぞ。覚えてるよな。とアールが無言の圧を掛ける。
「あー。とりあえずラザニア食べよ? 冷めちゃうから」
「もう冷めてるだろうが」
ガサゴソとバックパックを漁るビレステにため息をついて続ける。
「水火風土で覚えろ。そのまま上から順番に相性が良い順だ」
「うん。――うまっ。やっぱりさ。ボラさんのラザニアって世界一なんだよね」
差し出されたラザニアを受け取る。陶器の器にみっちりとラザニアが入っていた。
「食事用のナイフはないか」
「ないからこうやって食べる」
ビレステはフォークをぶっ差し、あんぐりと口を開いて噛みついた。
「ん、ん、ん」と美味しさに悶えている。
矢や草木など、色々なものを切るナイフを食事に使いたくはない。
口の周りに赤と白のソースをべったりつけるビレステを見る。
かといって私にはそんな野蛮なことは出来ないな。
アールはちょこちょことフォークで刺し切ることにした。固まっているので、案外簡単に切れる。
「無属性の相性はなに?」
「それが魔法の優劣は基本的にはないといった理由だ。無属性魔法に相性はない。普通は火の攻撃に対し、水の防御をすれば防げる」
ビレステは【ファイアアロー】を【アクアウォール】で防ぐ想像をした。
たしかに、攻撃は届かなそう。
「そういった意味で無属性の魔法は防御しづらい。その上で無属性の魔法はすべてを防御しやすい。だから無属性魔法は他の魔法の上位に位置すると言っていいだろう」
「へえええ」
あたしもしかして最強?
そんな。
そこまで言わなくても。
嘘。
そんなに強い?
くねくねするビレステには触れずに、ラザニアに集中する。アールの食べる手は止まらない。
「今日は自分が思っているよりも疲れているはずだ。さっさと寝よう」
食べ終えた食器を水魔法で洗い、布で拭く。火を熾火にして、二人共横になった。
アールは肩を回して、眼球をマッサージする。周囲を警戒していたが、予想よりもどんぐり街道は平和だった。
明日もそうであればいいが。
「アイゼさんとは魔法研究所で会ったんだよね?」
「寝ろ」
「分かった。ねぇアイゼさんのどこが好きなの? エルフってあんまり結婚したりしないんでしょ」
「アイゼは」
「うんうん」
荒い鼻息が聞こえる。
横を見るとビレステの目が猫みたいに暗闇で光って浮かぶ。
「世話焼きだが、かといって加減を知らないわけじゃない。縛ろうともしないしな」
手首に巻かれた、枝を編んだブレスレットに触れる。
「綺麗だものね」
「見た目もいい」
「綺麗って言いなよ」
「人間だが神樹の研究をして、実際に育て始めた時は驚いたな」
「エルフの里でしか育たないって言われてたのにね」
「あれはトネリコレになる」
「?」
「一帯にある神樹のリーダーみたいなものだ。ただ、そうなるのは四百年後か、三百年後か。百年では確実にならないだろう。成長を促進させようとはしているが、百年以内は到底無理だな。だからアイゼが自分の研究結果を見届けることはない」
「……そうなんだ」
「それでいい。と言っていた。その時に好きになったな」
「きゃああああ、やばい、やばい」
がばりと上半身を起こした。
寝ろ。
「ビレステもすぐにそういう相手が出来る」
「アイゼさんとアールの関係、憧れるなぁ」
それから疲れていたのか、すうすうとビレステは寝た。




