3-11 接吻と聖剣と捕縛
「ーー偉大なる暁の神ガーダラと、この地の民が見守る中、アベルとその伴侶である賢者の門出を祝えることは、国王として、そして一人の友人として、これ以上ない名誉だよ」
アベルと賢者の挙式は、国王の挨拶から始まった。
多くの参列者が見守る中、黒髪黒目の若き国王は、アベルの友人として新郎新婦を激励した。
教会内には、主に貴族が参列しており、外には多くの民衆が集まっている。
そして周囲が注目したのは、アベルの妻たちだった。
100人を超える様々な種族の女たちがフォーマルなドレスを着込んでおり、心から祝福を表すように微笑みを讃えている。
「皆も知っての通り、アベルは商業都市に平和をもたらし、その発展に貢献してきた英雄だ。そして今日、その光に寄り添う者が現れたことを、僕は心から嬉しく思うよ。これから君たちの歩む未来が、数多の人々にも安らぎを与えることを切に願ってる」
係の者が手前でしゃがみ、それを撮影している。
この光景は、投影機を通して商業都市の全域にも流されていることだろう。
国王はアベルと握手を交わし、隣りには花嫁衣装に身を包んだ賢者が寄り添っていた。
(ーーもう君の時代も終わるけどね)
アベルは微笑みの裏で、目の前の青年が失墜する絵を思い描いていた。
執務があるためと、国王はそのまま退場し、参列者からの惜しみない拍手が送られた。
それに紛れていたロイは、彼が乗り込んだ馬車の入り口に、見覚えのある桃髪の女を見つけた。
(勇者?帰ってたのか…)
それは魔王討伐に赴いた際に、指揮者として先陣を切っていた女。
表向きにはそうであったが、今のロイにとっては、疑惑の対象でしかなかった。
(野営地の件はどうなったんだろう)
「どこ見てんだぃ」
テラドナから指摘されて、アベルの方に向き直る。
(そうだ。勇者のことなど、今はどうでもいい)
国王の退場後はつつがなく進行し、そして時が訪れる。
司会を務めるガーダラ教の神父が、厳かに告げた。
『それでは今ここで、永遠の愛を誓い合い、口づけを交わしていただきます』
隣りで身を屈めていたノロイの体が、ビクリと揺れる。
ロイ自身もそれが気にならなかったと言えば嘘になるが、賢者とは師弟の間柄というだけで、彼女がどこの誰と口づけを交わそうが、それを咎める理由はなかった。
(ーーそれでも、これを許してしまえば、大事なものが失われてしまう気がする)
賢者は、結婚後は転生者を倒すことを後回しにするような口ぶりだった。
魅了されているためだと信じてはいるが、実際にそうなってしまえば、ロイの復讐も一人で挑むことになるだろう。
「これから先、どんな試練が訪れようとも必ず君の手を取り、共に歩むことをここに誓う」
中央に立つ二人。
アベルが指輪をはめたばかりの賢者の手を、優しく持つ。
「アベル様。貴方と共に在り続け、永遠に寄り添うことをここに誓います」
テラドナとの事前の取り決めで、こちらから手は出さない話になっていた。
ロイもそのつもりでいた。
殊更、式中ともなれば、周囲の衛兵たちの目も逃れられる訳が無い。
しかし、隣りで震えていた少年は、耐えることができなかったらしい。
「やっ…、やめろぉおお!」
ノロイが、参列者の中から飛び出すと同時に、右腕を肉の柱に変貌させる。
「テラドナ!」
ロイはテラドナの顔を確認し、返事を待たずにノロイへと続く。
「チッ。これだからガキはっ…!」
舌打ちと共に、テラドナもその場で立ち上がる。
突然の乱入者に、アベルは咄嗟に賢者を突き飛ばした。
(な、何だよそれ…!)
短い時間の中ではあったが、その行為をロイは無視できなかった。
ノロイは、アベルを叩き潰す勢いで、肉の柱を振り下ろす。
アベルの妻たちが、悲鳴を上げ、参列していた貴族たちが目を瞑る。
鞭のようにしなった肉の柱が直撃し、血肉の飛沫が周囲に飛び散った。
それらが参列者たちへと降り注ぎ、場は一瞬にして地獄絵図へと変貌した。
『大変なことになりました!あの少年は襲撃者の一味ですね!』
『ちょっと!丁寧に扱いなさいよ!』
いつの間にかテントから出ていたハールーンが、ぬいぐるみを小脇に抱えて、自ら撮影機を構えている。
「…また君たちかい?」
肉が叩きつけられたはずの場所には、先ほどと変わらぬ姿のアベルが立っていた。
彼の周囲だけが球形に避けられ、何事もなかったような様相を保っている。
(イージスとか言ってたか)
「捕らえてくれ」
アベルの声と共に身をすくませていた妻たちが、突然奇声を上げてノロイに襲いかかる。
「仕方ないねぇ」
逃げ場無く、身構えるノロイ。
妻たちは血走った目で両手を振り上げ、掴み掛かろうとした姿勢のまま、凍りついたように固まった。
「これは…」
「あんたらだけは、動けるようにしてあるよ」
ロイは、周囲の状況を見て息を飲んだ。
逃げようとしていた貴族、こちらに向かって走り出した衛兵、驚きの表情を浮かべるアベルや賢者、彼らが皆揃って硬直している。
凍りついたように一切動かない。
自分たち以外の人間がすべて、その場で静止していた。
更に、先ほどノロイが上げた血肉の飛沫も中空で静止している。
(これは…何が起きてる!?動きが止まってる?…テラドナの権能は…)
「さぁ、あんたたち!さっさとやるんだよ!」
テラドナの叱咤が飛ぶ。
ロイはノロイと顔を見合わせて、お互いの手を前に突き出し同時に叫んだ。
「骨肉の槌!」
ロイが生み出した骨の拳を模したフレームの中に、ノロイが肉を押し込める。
二人は、目を開けたまま静止しているアベルへと、その巨大な拳を振り下ろした。
「いっけぇええええ!」
「お願いっ!」
激しい轟音と共に、大きく陥没する教会の床。
しかし、テラドナは歯噛みする。
「上だよ!」
彼女の声に従い上空を見れば、そこには金色の光に包まれたアベルが浮かんでいた。
「空に浮いてるっ…?!」
「テ、テラドナ様!あ、あの人動いてますっ!」
「そうみたいだねぇ」
アベルは悠々とした様子で、こちらを見下ろしていた。
「…君たちにも、感謝しないとだよね」
金色に輝き、宙に浮いたままアベルが微笑む。
「僕はもう神にも及ぶ力を手に入れたんだよ」
「もうあたしの権能も、効かなくなったって訳かぃ…」
「なるほど…。動いてみて分かったけど、君の権能は時止めか。とんでもない能力だね。でも君は…その顔からすると知ってたみたいだね?」
「…何をさ?」
「どんなチートじみた権能を持っていたとしても、転生者同士の戦いでは効かない場合があるってことが証明されたんだ。…要するに、強くなれる権能の方が最終的には最強ってことさ」
「…さぁ?どうだろうねぇ」
(…諦めない!)
ロイは己を奮い立たせ、すぐさま骨の槍を生み出し、隙だらけのアベルに向けて投擲する。
テラドナもそれに併せて大きく跳躍し、懐から取り出したダガーで切りかかった。
しかしアベルは、腰から抜いたレイピアを輝く聖剣へと変換し、それらを簡単にいなしてしまう。
「とは言え、人の結婚式を邪魔するだなんて、礼儀を欠いていると言わざる得ないね」
ロイたちの抵抗が全くの無駄であることを証明し、聖剣をテラドナに向かって突き出した。
「ひゅっ」
剣先は、距離から考えても届かないことは明らかに見えた。
だがアベルの表情から何かを感じとったテラドナは、上体を捻ってそれを大袈裟にかわす。
直後、剣先から太い光が放たれ、空を切り裂く一筋の閃光となって突き抜けたのだった。
軌道上に残された彼女の修道服のフードに、ぽっかりと穴が空いていた。
「君も転生者だったね。やるじゃないか」
「いやいや、あたしは戦闘向きじゃないんだよ…」
冷や汗を流すテラドナは、しかしそれでも余裕の姿勢を崩さない。
「いちいち自分の力に驚くのもあれだけど、強化されてるみたいだ」
「聞いた通り、旧徒ってのはめちゃくちゃだね。もう構えるだけ損か。…ノロイ、退くよ」
「えっ?…でも」
テラドナは舌打ちをして、アワアワとしているノロイの襟首を掴み、素早く人混みに紛れた。
それを境に、ノロイに襲い掛かろうとしていた妻たちと、逃げ惑う貴族たちが再び動き始める。
彼女の権能が解かれたということが分かる。
「参列者を盾にされちゃうとね」
アベルは肩をすくめて地上に降り、混乱する人々に向き直る。
「皆さん!お騒がせしました!襲撃者は私が退けたのでご安心ください!」
アベルの言葉が教会に響き渡り、人々は何が起きたのかと辺りを見渡し、しかし彼の無事を知って、やがて落ち着きを取り戻していった。
「さて…お弟子さんについては、一旦捕らえさせてもらおうかな」
「…くっ」
そして一人取り残されたロイは、衛兵たちに取り囲まれていた。




