3-6 それは加担、速報、やがて未来
『なっ、なんだぁ!?』
突如地面から湧き立つように溢れた肉により、その場にいた者たちは足を絡め取られた。
我が子を抱く母親のように優しく包み込み、触れた部分がほんのりと温かい。
放送局の一帯が一瞬にして肉の海に覆われる。
「来おったの!」
「あっちに居るよ!」
飛び退き肉の海から逃れたキリとミルルが、正門に二人の襲撃者を見つけた。
昨夜と変わらず修道服を着たテラドナと、この肉を操っていると思われる少年ノロイ。
キリが素早く彼らの元へと飛びかかり、刀を振るおうとするが、もうそこに二人の姿は無かった。
「えっ!?キリ!後ろ後ろ!もう中に入るところなんだけど!?」
「お、おかしいじゃろ!どんな道理じゃ!?」
ミルルの指摘通り、テラドナたちは既に放送局の中に入って行くところだった。
開けた視界にも関わらず、キリとミルルは捉えられなかった。
—-
「予想通り、引き離せたみたいだねぇ」
「賢者様なら、そうすると思ってました」
放送局の中は吹き抜けになっていた。
その中央には、3階ほどの高さがある金属で作られた巨大な装置がそそり立っていた。
この施設の心臓部分であることが容易に想像できるそれは、分厚い硝子で覆われており、中には青白く発光する光の球が収まっていた。
「これが中継機かぃ。立派なもんだ」
周辺には投影機も各所に設置されていた。
「おや?おやおや…」
テラドナが異物の存在に気付き、目を細める。
「…やるねぇ。これも賢者の入れ知恵かぃ?」
目標となる装置が、格子状に張られた骨で覆われている。
その歪な見てくれから、元々あったものでないことが直ぐにわかった。
そして装置の横には、それを作り出したであろう張本人、ロイが立っていた。
「テラドナ…、これを越えてみろ!」
「アハァ、舐めてんじゃないよ、…このガキが!」
煽るロイと、青筋を浮かべて怒鳴るテラドナ。
「ノロイ、あの骨をどうにかできるかぃ?」
かと思えば、体を震わせているノロイに、優しげな表情で問いかける。
「僕の権能で、圧力をかければ何とか…」
「いい子だ。じゃああたしは、あのガキと遊んでおこうかねぇ」
ノロイが両手を手前に掲げると、上空から現れた巨大な肉塊が装置を骨ごと包み込む。
メキメキと骨が軋む音。
「チッ。あんな物どうやって出してるんだ…」
新たな骨を生み出そうと試みるが、突然目の前に現れたテラドナがダガーを伸ばす。
「うっ…!」
しかしその先端は、ロイの鼻先に届くあと数ミリのところで止まった。
「…チッ、やるじゃないかぃ」
テラドナの頬が切れて血が滲んでいる。
ロイの体の周囲に張られていた骨の茨によって、テラドナはそれ以上深く踏み込めなかった。
(賢者の言った通り、この女の動きは見えないが、事前に守っておけば対処できる)
そしてテラドナの死角から赤い斬撃が走る。
「瞬間移動に加えて反応速度も半端ないの」
「助かった、キリ!」
後方から駆けつけて一撃を加えたキリだったが、テラドナは既に後退していた。
続け様に派手な破壊音が鳴り響く。
「うわっ!やめ、やめて!」
情けない声と共にノロイが居た地点に粉塵が舞い上がっていた。
ミルルが双鉄棍を打ち下ろしたらしい。
装置を覆っていた肉も同時に消える。
「貴方たちにここは壊させないんだから!」
「お主が壊してるのよなぁ…」
キリは呆れ顔をして、ミルルが陥没させた床を眺めつつ、テラドナに追撃を行おうと振り返る。
しかしテラドナは既にノロイを抱えて、二階の踊り場に移動していた。
一瞬の静寂。
「…あんたたちは、転生者を倒すために、商業都市に来たんじゃないのかぃ?」
「えっ…?」
突然の質問に、虚を突かれたように固まってしまうロイ。
(なんでこいつがおれたちの目的を…いや、そんなことより…)
「そうじゃ!儂らは転生者を倒すのじゃ!」
「じゃあどうして転生者であるアベルの味方をしてるんだぃ?おかしいねぇ」
ククッと口角を上げて煽ってくるテラドナに、ロイは自分でも気づいていた矛盾を突かれて動揺した。
「そっ、それは…」
「何を言っておるのじゃ!アベル様は儂らと共に立ち向かってくれる転生者なのだから、何もおかしくないじゃろ!」
「…キリ」
キリがアベルの魅了にかかっていることを、改めて認識するロイ。
「転生者を倒すどころか、加担するなんてねぇ」
(加担…そう見える、よな…)
瞬時に反対側の踊り場へと移動したテラドナが話を続けた。
(少なくとも、テラドナは魅了されていない)
ロイは初見の印象から、彼女たちを敵と決めつけていたが、考えようによっては、同じ目的を持っている者と言える。
テラドナに抱えられたまま、再び肉を生み出すノロイ。
「このままだと、あんたの大事な賢者が転生者に取られちゃうんだよ?」
皮肉にも敵対しているはずの彼女の言葉が、これまで感じていた違和感と、確定できずにいた仮説の輪郭を明瞭にしていく。
「訳の分からんことを言いおる。ロイよ、骨に集中するのじゃ!」
キリはテラドナから視線を離さないまま、ロイの内心を察して叱咤する。
(…あの女、おれが感じている違和感を的確に刺してくる)
そしてテラドナは、明らかにロイだけを見て、語りかけていた。
「どちらの味方につくにしても、本当のことを知ってからにするべきじゃないかぃ?」
「ロイさん!耳を貸したらだめですよ!」
ミルルの声は、最早ロイに届いていない。
「テラドナさん…いけます!」
ノロイは骨の抵抗が弱まっていくことに気付く。
見ればロイは、骨を生み出し続けていた手を下ろしていた。
(…そうだ。少なくとも、今のままアベルに従って行動するのは違う)
「何をしておるのじゃ!?」
「ロイさん!?」
アベルが何かをしているのか、賢者はどうなってしまったのか。
分からないからと言って、このまま流されていい訳がない。
商業都市を襲った竜を討伐し、平和をもたらしたことは正しいことだ。
投影機により、人々が情報を共有できることは、とても価値のあることだ。
だがそれを作り広めた主は、どうやら人々の心を支配しているらしい。
どんなに正しく、どんなに価値のあることをしてきたとしても、他人の心を操るなんてことは、ロイとしては絶対に許せなかった。
周囲に張られていた骨の檻が完全に消え、装置が剥き出しになる。
「…それでいい」
テラドナが小さく微笑む。
そしてノロイの肉が装置に届き、一気に押し潰しにかかった時だった。
『ーー緊急速報です!ととと、とんでもないニュースが届きました!』
投影機から速報が流れる。
「チッ、ノロイ!さっさと壊すんだよ!」
それを聞いたテラドナが形相を変えて吠える。
「えっ!えっ?は、はひ!」
『たった今入った情報なんでっすが、なななーんと!』
『緊急ならさっさと本題入りなよ。鬱陶しい』
『すみません、ごめんなさい!僕もちょっとテンパっちゃって!』
悲鳴のような軋み音を立ててガラスが割れ、装置が歪んでいく。
『なんと、アベル様と賢者様が、ご結婚されるそうなんですよ!』
「…は?」
「…え?」
間の抜けた声を、ほぼ同時に上げた二人の人物は、思わずお互いの顔を見合わせていた。
ロイはこのとき何故、その人物を反射的に見てしまったのか、わからなかった。
否、『分かりたくなかった』というのが正しい。
そして自分と目を合わせた相手である少年、ノロイは、自分以上に動揺している様が見てとれた。
(賢者が…結婚…?アベルと?)
一体いつ撮影したのか、アベルと賢者が手を取り合う映像が映し出されていた。
『何かと話題のアベルと、国を代表する賢者がね。納まるところに納まったね。うんうん』
『いやいや、相変わらず目線が雲上くらい高いところからなんですが!?まあ、と言う訳でめちゃめでたいでっすよね!結婚式については、大々的にやるそうなんで、また取り上げさせていただきまっす!』
「ノロイ!止めるんじゃないよ!今すぐやらないとーー」
テラドナの声はしかし、放心した様子のノロイには届かず、肉の力が緩んでいき、やがて消えてしまった。
装置は、あと僅かのところで破壊を免れる。
「きぃぇええ!」
入れ替わるように、聞こえてくる奇声。
「な、何!?」
「チッ…来たか」
その声の正体は、室内になだれ込んできた警備兵や職員たちのものだった。
驚くべきはその表情で、彼らは一様に目を血走らせ、口からは泡を吹き、前の者を押し倒しながら駆け込んでくる。
ロイが挨拶をした同じ相手とは、思えないほどの変容ぶり。
「なんだあれ…」
警備兵たちは、2階にいたテラドナへと襲いかかるが、瞬時に移動されて空振りに終わる。
そして勢い余った数名が、手摺りを乗り越え、階下へと逆さまに落下していった。
最初の者は、頭から落ちて首をあらぬ方向へと折り曲げ、続く者たちによって押し潰された。
「一体どうしたって言うんだ!キリ、あの人たちを止めてくれ!」
暴走とでも言うべき状況に、ロイは入り口近くにいたキリに声をかけるが、彼女は反応しなかった。
「キリ?」
様子がおかしい。
両腕をだらりと下げ、俯かせた表情は見えない。
そして唐突に、ロイの視界を赤い剣閃が走る。
「なっ?!」
すんでのところで、それをかわすことができたが、顔を上げたその表情を見てロイは息を飲んだ。
キリのその目は警備兵たち同様に充血しており、口元からは涎を垂らし、荒い呼吸が白い蒸気となって溢れ出している。
「キリ…?」
「フッ!」
キリの背後から飛び越えるように、双鉄棍が振り下ろされる。
それは自分に向けられるはずの無い、もう一人の落とし子の武器。
ロイは彼女らの行動の意味が分からず、咄嗟に骨の壁を展開するが、それごと叩き潰される勢いだった。
「アハァ。敵として認定されちゃったみたいだねぇ」
ミルルが振り下ろした鉄球は、骨の壁を覆うように広げられた肉によって、衝撃を吸収された。
気づけば、ロイの背後には、テラドナと小脇に抱えられたノロイが居た。
「て、敵…?」
「まぁ、中継機については別にどうでもいいからねぇ。最初から目的はあんただから、一緒に退くよ」
「なっ、何を言って…」
テラドナが耳元で囁き、ロイは抵抗しようとするが、全身をノロイの放った肉に包まれて、身動きを封じられた。
そこへ奇声と共に追い討ちをかけるキリとミルル。
しかし彼女らが武器を振り下ろした先には、既に誰も居なかった。
—-
夕刻、アベルの館では、頬を染めた賢者がいた。
「あの…アベル様」
「なんだい?」
「その…お気持ちはとても嬉しいのですが、どうして私などと結婚してくださるのですか?」
アベルからのプロポーズを、賢者が受け入れた後の話。
自らを卑下するように、もじもじとする少女に、嘘のように元気になっていたアベルは、真っ直ぐに彼女を見て伝えた。
(もう胸の傷は、嘘のように消えている)
「ーー僕はここが本当に好きなんだ。皆が活気に溢れていて、生活を豊かにしようと頑張ってる」
「はい…。そうですね、私も商業都市の人たちがとても好きです」
「僕はそんなみんなを応援できる力があるなら、それを惜しまず使うべきだと思って、これまでやってきたんだ」
窓から見える街並みは、徐々に橙色へと変化し、その様相を変えていく。
「貴女から『転生者を倒す』という話を聞いた時は、とても驚いたけどね、あれから考えてみて思ったんだ。貴女はこの国にとどまらず、世界全体の安寧を考えているんだなって」
「そ、そんなそんな。私は本当に、できることをしたいだけなので」
「僕ももっと広い世界を、見ようとしていたところだったんだ。皆がこの都市の人たちのように、やがて来る未来を好意的に捉えられる、そんな世界を目指す為の一助になれればってね」
そこまで聞いた賢者が、目の前の男の中に自分と同じものを見出すことができたのは、なんら不思議なことではなかった。
ーー何かを持っているのなら、それを使うべき。
「だから僕と君が力を合わせれば、それは世界を素晴らしい未来に導くんだろうなって。…気付いちゃったんだよね」
はにかんで見せる、純粋な子供のような笑顔に、愛おしさが溢れる。
そして賢者は、この人と歩む先にある未来が、言葉通りのものであると確信に至るのだった。




