3-5 長蛇の列、放送局と対策
ロイたちが、そのまま館に泊まることになった翌朝。
(何故、僕は生きているんだろう…)
アベルは、ゆっくりと瞼を開ける。
そこはいつもの寝室だった。
ベッドの横には、こくりこくりと舟を漕ぐ賢者が座っていた。
「おはよう、賢者様」
「んゅ…、あ…。アベル様、私寝てしまっていたみたいで…ごめんなさい」
「いや、まさか朝まで傍に居てくれるとは…。ありがとう」
昨夜の襲撃後、妻たちと共にアベルの看病をしていた賢者。
「昨日、君たちが居てくれなかったら、僕は死んでいたかもしれないね」
「そんなこと!言わないでください!」
ふわりとした重み。
気づけば、アベルは賢者に抱きしめられていた。
突然のことに驚き、抱きしめ返すべきか戸惑う。
「っと…。賢者様?」
「私が…、私が貴方を守りますから…」
耳元で、賢者が決意したように呟く。
「ありがとう…。でも、あまりこうしているのも、ね」
「あっ、ご、ごめんなさい!そ、そういえば、外の様子なんですが」
顔を真っ赤にして手をばたばたと振る賢者は、恥ずかしさを誤魔化すように話題を変えた。
言われてアベルも、カーテンを開けて窓の外を見る。
館の前には長蛇の列ができていた。
並んでいるのは皆女性のようで、今日は何かあっただろうかと首を傾げる。
「他の方から聞いたのですが、並ばれている女性は、アベル様に求婚を申し出ている方々で、なかなか帰っていただけていないようなんです」
「求婚者…あんなに?」
「あら、こんなことは初めてなんですか?」
「もちろんだよ。…どうなってるんだろう」
「私からすると、とても当たり前のように思えます。それに…あんなに素直に気持ちを表現できて羨ましいですね」
賢者の言葉は、後半はぼそぼそと萎んでしまう。
アベルはそれに対して聞こえなかった振りをしつつ、ステータスボードを表示させた。
薄らと透けた青白い電子プレートの表面に、いくつかの値が浮き立っている。
—-
アベル・ディサンディア
HP:4/16(+32/285)
MP:2/2(+18/18)
筋力:3(+23)
魔力:1(+12)
敏捷:1(+6)
魅力:2(+41)
運:3
権能:英雄の物語(名声値:102)
—-
それを確認してアベルは思案する。
(あの状況からまだ命があることや、求婚者の行列の理由はこれか…?商い通りのことや、襲撃の件が広まったのかな?でもこんなに上がるのは、竜の時以来だ。投影機を設置しているとは言え…)
「アベル様?そこに何かあるのですか?」
アベルが何もないところを、熱心に見ていることに不思議そうな表情をしている賢者。
(…まさか、賢者様が影響を与えた?)
数多の偉業を成し遂げてきた少女。
アベルが想定以上の値の変化と突然舞い降りた賢者という存在に、関係性を見出したことは、無理のない流れだった。
(これは、前倒しにしても良さそうだね…)
少し思案したアベルが、申し訳なさそうな表情を浮かべて賢者を見る。
「賢者様。襲撃者の件で、頼みたいことがあるんだけど。君の従者の三人を呼んでもらえるかな?」
「何かお考えがあるんですね。わかりました!」
出会ってまだ一日。
既に決定事項であるかのような言い回しのアベルからの依頼。
しかし賢者は頼られたことを嬉しく思っていた。
—-
(…転生者は、不死者なのか?)
体を起こしていたアベルを見て、はじめにロイが思ったことはそれだった。
敵として対峙した昨夜の襲撃者。
しかし場合によっては、それは自分たちがアベルを襲撃する側でもおかしくなかったはず。
明らかに絶命したと思っていたのに、アベルは生きている。
(これを相手に、おれはどう戦えと…?)
絶望感がロイを襲う。
超常的な治癒の力を持っているのか、もし自分が彼を倒すにはどうすればいいのか。
答えは見つかる訳もなく、目の前で話は進む。
「放送局を、昨日の襲撃者たちから守る…」
ロイは賢者から伝えられた話を理解しようと、口の中でつぶやく。
「うんうん、三人に頼めるかな?」
「賢者よ。その放送局とかいう場所に、あやつらが現れる確証はあるのかの?儂らもアベル様を守った方がいいと思うんじゃが」
「キリはアベル様の側に居たいだけでしょ!わがまま言わないの!」
「は、はぁ!?そんなことはないが!」
ミルルの突っ込みに、顔を紅く染めるキリ。
アベルが、落とし子二人のやりとりを、微笑ましく眺めつつ補足した。
「キリさんの言うように、昨晩襲撃してきたシスターは、僕の命を狙ってたんだけどね。少し調べさせたところ、そもそも僕の失脚を狙っているようなんだ」
(失脚…?そんな感じだったか?)
ロイはアベルの説明に違和感を覚える。
「それがアベル様が設置した投影機の『元』を絶っちゃうことなんだ」
「なあ賢者。なんでおれたちがそれをしなきゃならないんだ…?」
「え!?だってアベル様は動けないし、この街が大変なんだよ?だったら私たちが何とかしなきゃ…」
ベッドに横になったままのアベル。その横に座り、彼の手を握っている賢者。
「チッ」
「あ!ロイくん舌打ちした!だめだよ!反抗期!」
(そもそもどうしてあんたが、そっち側から喋ってんだよ…)
「無関係の君たちに頼むのは、本当に申し訳ないんだけど…」
「アベル様は、ちゃんと療養してください!」
(あんたが教えてくれたんだよな。こういうのを『茶番』って呼ぶんだろ…)
これ以上は聞いていられないと、ロイは先に部屋を出た。
「あ、ロイくん、ロイくーん!」
苛立ちを足音に乗せて廊下に出たロイを、賢者が引き留めた。
「…なんだよ?」
「テラドナちゃんについてなんだけど、ちょっと試して欲しいことがあるんだよね…」
—-
商業都市の外れの小高い丘の上に、レンガ造りの放送局が建っている。
各地で撮られた映像がここを中継して、投影機に映し出されているそうだ。
建造されて間もないことを表すかのように、周囲には資材などが積まれたままになっていた。
「ここからだと、商業都市や王都が良く見えるな」
周りには放送局の従業員と思わしき人間の他に、武装した警備兵も居た。
甲冑に身を包み、腰には剣を携えている。
ロイはキリとミルルを連れて、彼らに挨拶をして回った。
(アベルから離れられたのはありがたい)
理由はどうあれ、冷静に状況を整理する為に、アベルと賢者から離れられたことは、ロイにとっては都合が良かった。
(しかし、あいつからは結構離れているはずなのに、キリもミルルも魅了から抜けた様子はない…か)
「ミルルもアベルのことが心配じゃないのか?」
「それはそうですけど。アベル様から頼られたんだから、ちゃんと応えないとですよねっ!」
「…そう、だな」
放送局は人体にあるマナを応用した機構があり、それを源とした魔法によって駆動させているらしい。
「機構とか言われても、良くわからんのじゃが」
「賢者なら色々知ってそうだな」
「とりあえず、うちらはこの建物を守ればいいんでしょうか?」
「しかしあの修道女、いきなり出たり消えたりするからの…」
「それについては、賢者からひとつ案を貰ってるから、おれの方で対応する」
「お?お主の腕で何とかなるのか?」
「茶化すなよ。今回は賢者の知恵だ。準備してる間、外は頼む」
そう言って、ロイは建物の方へと走って行った。
「…まあ、今日来るとも限らんし、しばらくは待ちが続くかもしれんの」
「サボってないでちゃんと見回りするんだからね!」
『ーー皆さんこんにちは!この時間はハールーンとメッチがお届けしまっす!』
「なんじゃ?」
「あれじゃない?」
ミルルが指さした先、建物の入り口に、外付けの投影機が設置されており、そこから映像が流れていた。
「相変わらずよく喋る箱じゃの」
投影機には、カフェでも見たゴーグル男と、ぬいぐるみが映し出されていた。
『メッチさん、ニュース聞きましたか!?』
『ニュースって言うけどね、私たちがそれを伝える側なんじゃない?』
『リスナー目線にしてみました!本題入りまっすね!はい、本日はコチラ!』
「やはりぬいぐるみが喋っとるように見えるんじゃが」
「そういう演出なんじゃない?」
『昨夜アベル様のお屋敷が、フォボス教徒に襲撃されました!しかもアベル様は、大怪我をされたそうです。命に別状はないそうなんですが、大変なことになりましたねー!』
『やばいね。捕まえたの?』
『いーや、それが逃げられちゃったらしいんですよ。しかも!『またやるよー』みたいなこと言ってたらしくて、だから皆さんにも協力をお願いしたいって話っす!』
『フォボスの連中とか、百害あって一理無しだもんね。うんうん』
『えっと、メッチさん。同意したいのは山々なんですが、その言い方偏向っぽいんで、やめてもらっていいっすか?』
『いやいや、フォボス崇拝してるやつに、まともなの居る訳ないって』
『お聞きの皆さんすみません、ごめんなさい!えっと、続きいきますね。で、逃亡中の人たちの外見なんですが、一人はフォボス教徒の修道服を着た女性で、もう一人はーー』
テラドナとノロイの外見についての情報が報じられ、見かけたら即通報するようにと、まとめられた。
キリがやれやれと振り返ってみれば、背後に人だかりができていた。
従業員や警備兵たちも、ニュースの内容には間接的に関わっているため、気になったのだろう。
『アベル様、大丈夫かねえ』
『そう言えば、おまえんとこの嫁、アベル様に求婚するんだろ?』
『ああ、今朝からお屋敷に行かせてるぞ。頑張ってほしいもんだが、倍率が相当高いって話よ』
『うちの娘も行かせてるんだが、何人くらい気に入って貰えるもんなのかねえ』
「ぬぬぬ…」
彼らのやりとりを聞いて、自分も早くこの依頼を終わらせなければと、焦燥感を募らせるキリ。
「奥様も娘さんもきっと大丈夫です!遅れたとしても、順番が後になるだけで、アベル様なら皆さんを受け入れて、同じくらい愛してくれますよ!」
『確かにな!落とし子の嬢ちゃん!あんた位の器量を持ちたいもんだ!』
ミルルの天使のようなもの言いに、盛り上がる一同。
しかしその平穏は、突然破られる。




