3-3 庭園での模擬戦と不意
ロイたちを乗せた馬車は、緩やかな坂道を登り、高台に出た。
ここは貴族街でも指折りの富裕層が、住まう土地とのこと。
そんな豪華な家々を通り過ぎて、装飾が施された門をくぐり、手入れの行き届いた庭園を抜け、それを囲むように建てられた館の前で馬車は停まった。
差し出されたアベルの手に支えられて降りた賢者は、感嘆の声を漏らす。
「素敵な邸宅ですね!」
「いやいや、ただの自宅だよ。代々引き継いだものでね」
苦笑いして見せるアベルに、賢者は姿勢を正して一礼する。
「改めて、ご招待ありがとうございます」
「こちらこそ、突然のお誘いを受けてくれて嬉しい限りだよ」
玄関のドアの左右には、白い竜の描かれた旗がたなびいており、若い女が深々と会釈をして出迎えてくれた。
「賢者様、いらっしゃいませ。アベル様、夕飯はいかがなさいますか?」
「マリナ、出迎えてくれてありがとう。せっかく賢者様が来てくれたんだから、今日は皆で食べよう!」
「かしこまりました。それでは皆様どうぞこちらへ」
アベルと一時別れ、女の案内で客間へと通される。
ロイは賢者と共に、客間を見渡していた。
国から送られた数々の表彰状やトロフィーが並び、その一つひとつが献身と実績を物語っている。
(…商業ギルドの設立に、公道の整備、運搬ルートの開拓)
「すごいね〜。これ全部アベル様がやったんだ」
賢者は関心した様子で頷いていた。
(…転生者が国に貢献する目的は何だ?)
—-
その後、改めて合流したアベルから、お茶会に誘われる。
案内された庭園は、美しい花が区画ごとに管理されており、ちょっとした植物園のような様相だった。
中ほどにあった大理石で作られた東屋には、事前に用意されていたティーセットがあり、先ほどとは違う女がそれぞれのカップに紅茶を入れ終えたところ。
「セーラ、助かるよ」
女は館へと戻り、アベルの隣りには、椅子を寄せて肩に頭をもたれかからせたオルが座る。
「僕は子供の頃から花の香りが好きでね。みなさんにも堪能していただければと思ってるよ」
向かい合うように、賢者とロイが席に着いた。
キリとミルルは着席を辞退し、柱に背を預けている。
「さきほど拝見させていただきましたが、アベル様は国への貢献を積極的にされているんですね」
「私もこの国を発展させていきたいと考えているからね。同じように行動している賢者様には、以前から興味があったんだ。ところで、今回この街に来られたのも、何か国のお仕事だったりするのかな?」
ロイが気まずそうにしながら、賢者に視線を送る。
(まさか本人を目の前に、正直に言える訳…)
「私たちは転生者を倒すために旅を始めたのですが、魔王からここに転生者が居ると聞いてやって来たんです」
「なっ…」
「えっ」
すらすらと紡がれた賢者の言葉に、唖然とするロイ。
そしてアベルもまた、驚いた様子を見せている。
「賢者?な、なんで…」
口元を引きつらせるロイ。アベルの手前もあり、どう伝えればいいのか言葉を選べずにいた。
(転生者本人に向かって何言ってんだ…?)
「え?なんでって、なんで?」
不思議そうにロイへと質問を返す賢者だったが、慌てた様子のアベルが口を挟む。
「ええと、ちょっと待ってもらえるかな?賢者様」
「どうしました?アベル様まで」
「いや…。転生者を倒すだなんて、君はとんでもないことを言ってるのは分かるかな…?」
「もちろんです!それでも私たちは転生者を倒さないといけないんです!」
拳を握りしめて、力強く宣言する賢者。
(当然アベルは、自分が転生者であることを、わざわざ明かす訳がない)
「そ、そうなんだね。では『魔王』…というのは、聞くまでも無いことかもだけど。北の霊峰に住む魔王のことで間違いないよね?彼も転生者と聞いてるよ。それと手を組んでるってことなのかな…?」
「我が主も転生者を倒そうとしておるのじゃ。儂らは敵ながら同じ目的を持っているという訳なんじゃよ」
キリが横から得意気に説明を入れた。
アベルは落とし子二人を見て、魔王との繋がりがあることに間違いはないと理解したようだ。
(なんで言ったんだ…?)
ロイの困惑は続いていた。
アベルが転生者であることは、魔王の昔話を聞く限り、嘘のようには思えなかったし、賢者ともそこは共通認識のはず。つまり目の前のこの金髪の青年アベルが、ロイたちの倒す相手で間違いない。
(方法はともあれ、アベルに近づくまでは良かったが、そもそも仲良くテーブルを囲んでいる上に、ぺらぺらとこっちの目的をその本人に言うって…。どう着地させるつもりだ?)
カマをかけるにしても、早々に核心を言ってしまえば、警戒されることは火を見るよりも明らか。
魔王からのほぼ命令と言って良い依頼である以上、キリたちの目の前で、アベルと手を組むとは考えづらい。
(そもそもアベルとも手を組むなんて話は、事前に聞いていない)
「キリさんだったね。魔王が自分と同じ転生者を倒そうだなんて、俄には信じられないけれど…」
彼は同じ転生者である実兄の行動を、どう捉えているのか。
「話を戻すけど、賢者様は何故、転生者を倒そうと?」
「元から住んでいた私たちは、転生者から奴隷のような扱いを受けています。それを、どうにかできる力を持っているなら、その人は挑むべきだと思いませんか?」
「そう…だね…」
賢者が紡ぐのは『人』にしてみれば当たり前の話だ。
転生者の支配下に置かれている状況を、よしとしている訳がない。
賢者曰く、王都も、森の都も、今やほとんどの地域は彼らの手に落ちているらしい。
「でも、商業都市はどうかな?転生者が支配しているように見えるかい?」
「そうですね。ここはそんな感じがありません。『力ではない支配』をされているのかもですね」
(…力ではない支配?)
力の他に何が人を支配するのだろうと、怪訝な顔をするロイだったが、話は進む。
「…なるほどね。いずれにせよ賢者様は、転生者を倒す『力』を得たってことなのかな?」
「そうなんですよ!」
賢者はここ一番表情を明るくして立ち上がる。
ロイは膨れ上がる嫌な予感を抑えきれず、テーブルの下で賢者の膝をつつく。
『ん?』
『まさかおれの話をする気か?』
賢者は無言で微笑んで見せて、アベルに向き直りこう言った。
「なんと!私の弟子であるこのロイくんが、権能に目覚めたのです!」
「…えっ」
えっへんと胸を張る賢者の言葉を聞いて、アベルは虚を突かれたような表情になり、賢者からロイへと視線を映す。
目が合ってしまったロイは、内心の動揺を隠しきれず、思わず口元を引き結んだ。
「お弟子さんはロイさん、と言ったかな?権能と言えば転生者だけが使えるものと聞いているけど…。賢者様の話は、何かの冗談、だよね?」
「…」
アベルの問いに、どう答えるべきか逡巡する。
「緊張してるの?ロイくん?」
「あ、ええと…」
「折角だから、アベル様に披露してあげたらどうかな?」
「…言うよりも早しだね。ロイさん、ちょっと見せてもらえるかな?」
「は、はあ…」
打ち合わせすらしていない展開に、流されるままのロイ。
「ちなみにどんな種類のものなんだい?」
「色々とできるんですが、物理的に対象をどうこうするのが分かりやすいですね。ね、ロイくん」
「じゃあ、模擬戦のような形を取った方が良いかな」
本人を置いて、アベルと賢者の間で話は進んでいった。
そしてアベルは立ち上がり、ロイもそうなってしまえば、賢者の手前動く他ない。
東屋の隣りにある開けた場所で、アベルはレイピアを構える。しかしロイの方はどうすべきかと棒立ちのまま。
「ロイくーん!がんばれー!」
少し離れたところで賢者からの声援が届く。
(どうしてこんなことに…)
「これは形式上のポーズだから警戒しなくてもいいよ。何か具象化できるような権能なのかな?お手柔らかに頼むよ」
「わ、分かりました」
ロイも同じように腰に手をやったが、あるべきものが無いことに気付く。
(あれ…どこかで落としたか?)
気を取り直して、無手で権能を使って見せることにした。
(あわよくば、このまま倒せるか…?)
「で、では、アベル様の剣を奪ってみせます!」
「なるほど?やってみてくれ」
「骨の蔓!」
アベルの足元から突き出す複数の骨の腕。
人の腕よりも関節の多いそれは、彼の身長を軽々と超える高さまで伸びていく。
それらがレイピアに巻きつき、上空へと取り払っていた。
「おぉ…」
感嘆の声を上げつつ、目を見開きそそり立つ骨に恐る恐る触れるアベル。
「…これは、骨、かな?」
「そう、だと思います」
「…思います?」
「…骨みたいだなって思ってます」
「ってことは、これが何なのか、君自身が分かっていないのかい?」
「ロイくんは権能を後から覚醒したので、女神からの授与は受けていないんですよ」
「ああ、なるほど…」
隣りに来ていた賢者の説明に、得心いった様子のアベル。
ロイはその反応を見逃さなかった。
『女神からの授与』とは女神から権能を与えられ、説明を受ける儀式のことを指す。
しかし普通の人間にはこの儀式を観測する術が無いため、女神という存在や、女神から権能を与えられる、という話自体がそもそも知られていない。
つまり、これは賢者しか知らない、特別な知識のひとつ。
アベルがもしただの人であったなら、この話を何の疑問も持たずに聞き入れられる訳がない。
『転生に関与している存在が別に居る』という驚くべき話であるにも関わらず。
(アベルが転生者であることの補強になったな)
「なるほどね。この骨は他にどんなことができるのかな?」
「…わりと応用は効きます」
「一度にたくさん出したりも?」
「ロイくんのマナの総量に依存しますが、頑張ればあの東屋くらいなら作れるかもですね!」
積極的には答えたくないロイとは対照的に、次々と明かしていく賢者。
ロイは諦めたように、ため息を漏らす。
「じゃあ今度は僕も動くから、それに対抗してみてくれるかな?」
「あ、はい…」
その後も模擬戦は続き、ロイは賢者の指示でほとんどの応用した権能を披露させられることになった。
(しかし…こいつの剣の腕は、そこまででも無いな…)
手解きを受けているキリとは比較するまでもなく、それどころか昨日今日に剣技を学び始めたロイと比べても、それほど大差の無い腕前に感じられた。
—-
「ーーお前はだめだ」
二人を応援していた賢者の背後にオルが立っていた。
商い通りの一件以来、一言も言葉を発していなかった少女が、賢者に向かって呟く。
その声色は、賢者が底冷えを覚えるほどに低く、しかしとても鋭利なものだった。
「えっ?」
賢者は突然のことに動揺した。
他の者は模擬戦に集中しており、オルと賢者のやりとりには気づいていない。
「アベルは私のものだ。それ以上近づくな」
「…うーん。それは約束できないかも」
賢者は努めて冷静に答えるが、心臓を鷲掴みにされたような威圧感に襲われていた。
いつの間にか背中に添えられたオルの右手。
その手のひらが示す意味を、彼女の溢れ出す殺意から理解する。
「賢者。お前は利口と聞いている」
「そんなことないよ。それに私、オルちゃんとも仲良しになりたいと思ってるんだ」
「チッ…誰がお前などと」
舌打ちしたオルは、賢者から離れて行った。
「ふぃ…」
賢者は遅れて吹き出した汗を拭い、狂った打ち鐘のように鳴り響く心臓の鼓動を、沈めようと試みるのだった。
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投影機から、商い通りにて落とし子たちを仲裁した英雄の話題が流れている。
「母さん母さん、またアベル様が活躍したみたいだよ!見たかったな〜」
「ええ。とても勇敢なお方ね。アベル様が私たちの傍に居てくださる幸運を喜びましょう」
「アベル様に会いたいな」
「それなら、お父さんになってくれたら、いっぱい一緒に居られるわね」
「本当だ!でも、そんなことできるの?」
「お母さん頑張っちゃおうかな?」
勇敢に立ち向かう英雄の姿は、多くの者に勇気を与え、人々はそれに感謝した。




