3-2 鉄球と修道服、そして幕が開ける
「ーーあんたなんか一撃なんだって、のっ!」
商い通りにミルルの声と、深い地響きが鳴り響く。
「当たればの話じゃがの!」
片角を生やした落とし子二人がそれぞれの獲物を構え、道の往来で火花を散らしていた。美しく舗装された道だったはずが、彼女たちの周辺においては見る影も無く陥没している。
「ひっ、落とし子!」
「きゃああ!」
一瞬で混乱に陥る商い通り。転倒する籠、転がる果物。
ロイは逃げ惑う人々を目で追いながら、隣りで観戦気分の賢者に問いかける。
「…なあ賢者。なんであの二人はいきなりこんなことを?」
「まあ見てようよ」
ウインクしてみせる賢者。
そこから少し離れた場所で紅刀を構えたキリと、両端に巨大な鉄球を携えた棒を持ったミルルが向かい合っている。
「あれは双鉄棍かな?」
「いかつい武器だな」
先端についた二つの鉄球は、彼女の腰に至るほどの大きさで、表面には太い棘が規則的に突き出しており、陥没した地面にも合致するように複数の穴が空いていた。
「キリィ、あんたはそうやっていっつもうちのこと見下して!」
鬼の形相をしたミルルが双鉄棍をしならせて、鉄球を頭上に跳ね上げる。
「事実お主が下なのだから、何もおかしな事は無かろう?」
激しく打ち付けられる鉄球。
それをかわしつつ、着弾した衝撃を利用して高く飛び上がったキリが紅刀を振り下ろす。
しかし鉄球を盾にそれを弾くミルル。
「ミルルちゃん、すごい怪力少女だね!」
「道が壊れてるんだが、どうすんだよこれ…」
双鉄棍は、回転する度に両端の鉄球が美しい円の残像を残し、賢者は目を見開いて喜んでいる。
「あの二人も、いずれ戦わなきゃって話だったし、手っ取り早いんじゃないかな」
キリとミルルは、主人である魔王から二つの使命を与えられている。
ひとつは、転生者を殺すこと。
そしてもうひとつは、他の落とし子を殺すこと。
仲間同士で殺し合わせる魔王の意図は分からない。ロイが魔王本人と実際に対面した際にも、そのことを確認するような余裕は無かった。
しかし、人が住んでいるところで殺し合いなど始められては、たまったものではない。
「あいつらには迷惑って概念はないのか…商い通りがめちゃくちゃだよ!」
「でも、困り事があったらアベル様がかけつけてくれるらしいし。ロイくんも会いたいよね?」
「えぇ…。アベルに会う方法なら他にいくらでも…」
ミルルの華奢な身体を軸として旋回する鉄球が激しい風を巻き上げ、小さな竜巻が生まれ始めていた。
地面のレンガが捲れ、住居の屋根も次々と剥がれていく。
「べ、別にびびってなんかないんじゃからのっ」
「なーに痩せ我慢してん、のっ!」
からかって見せるキリに対して、ミルルは遠心力を乗せた鉄球を何度も横凪ぎに掠めさせ、舞い上がる砂で隠れる二人の姿。
砂埃に紛れて距離を詰めたキリが紅刀を振るう。
ミルルはその斬撃に対し、持ち手を梃子に自身の体を宙へと持ち上げて、ひらりとかわした。
そのまま反動を利用して、通りを跨いだ先の屋根へと飛び移る。
軽々と双鉄棍を扱う様は、彼女の周りだけ重力が伴っていないように映る。
「相変わらず、おかしな動きじゃな」
キリは刀を構え直し、追随するように大きく飛び上がる。
派手な立ち回りのミルルと比べて、一見地味に見えるキリの刀捌き。
しかし、常人では視認できない速度から放たれる一撃は、人体に当たれば如何なる骨肉も断ち切る程に鋭い。
幾度かの鍔迫り合いを経て、再び通りへと戻ってくる二人。
そこには不安げな表情で行く末を見守る住民たちがいた。
ロイはそれを見て立ち上がる。
「あーもう、止めるからな!」
「大丈夫だよ、来たっぽいから」
「は?」
キリが紅刀を振りかぶり、ミルルが鉄球を叩きつけようとしたその時だった。
「止めたよ、アベル」
立ちすくむ住民たちの頭上で、時が止まったかのように不自然な形で静止した双鉄棍と紅刀。
驚愕の表情をする落とし子たちの間に割って入り、その二つの獲物を止めたのは、たった一人の少女だった。
少女の右手は、刀を振りかぶったキリの手を握っている。
少女の左手は、ミルルが振り下ろそうとした鉄球を、小さな手のひらで受け止めている。
状況に似つかわしくない華奢な少女。卵のような額と美しい銀髪、揺れる真っ白なワンピース。
その冷めた表情は何を考えているのか読み取ることができない。
「なっ…」
「ひっ!」
キリとミルルは、その場から動くことができなかった。
武器を易々と止められたこと、そんなことが理由ではない。
魔族としての本能が、遥か格上の存在を前にして、下手をすれば一瞬にして命が奪われるだろうと訴えていた。
『おぉ!あれはオル様だ!』
住民の一人が、嬉々として彼女の名を口にした。
オルのことを良く知る住民たちは、彼女が一人で商い通りを歩くことなど無いと知っている。
彼女が居るなら必ず『彼』がそばに居る。
『ってことは…』
他の住民たちも、期待を込めた眼差しで周囲を見渡す。
オルと呼ばれた少女は、二人の武器を止めたまま、青い瞳で背後を見ていた。
「ーーオル、ありがとう。さすがだね」
彼女の視線の先に立っていたのは、一人の青年だった。
綺麗に中央から分けられた耳までの金髪と、色白な肌。清潔感のある白いシャツの上にはグレーのベストを羽織り、胸ポケットからは懐中時計のチェーンが伸びている。
『アベル様!』
『英雄様が助けに来てくれた!』
住民たちから、歓声が上がる。
突然現れた二人の人物に、その場にいたすべての者の目は釘付けになっていた。
まるで、劇中の主要な場面ででもあるかのように。
声に応えるようにして青年が微笑む。
「もう離してあげてもいいんじゃないかな?」
「ん」
「ふっ、ハァッ…ハァッ。な、なんじゃこの小娘…」
オルの放っていた圧から解放されたキリとミルルに、アベルが声をかける。
「僕の名はアベル。君たちは落とし子だね」
「お主が、噂の英雄かの…」
キリは、途端にもじもじとしはじめ、徐々にその尖った耳を紅潮させていく。
「周りを見てくれないか?」
アベルは、周囲に目を向けるよう手で示す。
キリがそちらに視線を向ければ、住民たちが怒りを露わにしていることが見てとれた。
「君たちの因縁がどんなものかは知らないんだけどね。でも、それが無関係な彼らの生活を脅かしてもいい理由にはならない。分かるかな?」
「…そうじゃの」
キリは静かに、紅刀を鞘に収める。
「分かってくれて嬉しいよ!ここの修繕はうちの者に頼んでおくから気にしなくていい」
ミルルは惚けたような顔で、アベルを見つめていた。
「君も分かってくれたんだね」
「はい、もうここで争うようなことはしません!」
「…儂もじゃ」
「ありがとう。…皆さん!こちらの二人は鉾を収めてくれるそうです!」
彼の宣言に周囲の住民たちが喜びの声を上げ、盛大な拍手が巻き起こる。
(あれがアベル…転生者…!)
ロイは争いが収まったことには安堵しつつも、警戒の目を緩めない。
そのことには気づいていない様子のアベルが、賢者とロイに歩みを寄せる。
「け、賢者…!」
ロイの声は聞こえなかったのか、立ち上がった賢者は、ゆっくりと前に歩み出て会釈をした。
「騒ぎに気付いて来てみれば、あの賢者様にお会いできるとは。今日と言う日はなんて素敵なんでしょう!」
「私こそ、かの英雄であるアベル様にお会いできて、嬉しい限りです!」
微笑み合う二人。
「…アベル。誰?その女」
いつの間にかアベルの横に立っていたオルが、不快そうに賢者を指差す。
「この方は、王都や商業都市を発展させた立役者である賢者様だよ」
「ふーん」
「賢者様、失礼しました。この子は、まだこの国をあまり知らないので」
「いえいえ、私などただモノを知っているだけの女ですから」
「ところでどうでしょう!ここでお会いしたのも暁の神の導きかと。是非、今から我が家に皆さんを招待したいのですが」
「素敵なお誘いありがとうございます!お邪魔でなければ、是非伺わせていただきたいです!」
賢者は二つ返事でアベルの誘いに応じる。
(まずは、意図した通りになったか)
ロイは転生者に近づくことを達成できたものの、先ほどから続く違和感を拭い切れずにいた。
(えっ)
突然舐め回すような視線を感じ、ロイは振り返った。
心臓の鼓動が急速に早くなる。
住民たちの中に猫背の修道女が立っていた。
煤けた修道服、フードで表情は良く見えないものの、その下から覗く釣り上がった口角が、不気味な存在感を主張している。
しかしロイが注目したのは、彼女の隣りに並び立つ人物だった。
(あいつは…)
腰下まで伸びた髪、所々ほつれた布を一枚羽織っているだけの裸足の少年。
以前にどこかで見たような気がする。
しかし、声をかけるべきかと逡巡している間に、修道女と少年は解散していく住民たちに紛れて立ち去ってしまった。




