3-1 商業都市、投影機、睨み合う
丘の上の貴族街にある一軒の館。
窓からは暖かい日差しが差し込んでいる。
『ーー本日も快晴。中央公園で開かれているマーケットは、連日賑わっていまっす!ーー試運転から7日、順調に稼働している投影機ですが、王都でも採用されることが正式に決まりーー』
執務机の端に乗せられた投影機には、日々の出来事が映し出されている。
それは各所で撮影されたものを、映像化して万人に共有できる魔導機の一種。
「またアベルのこと言ってる」
「王都まで出向いたんだ。さすがに配信してもらわないとね」
美しい銀髪を揺らして駆け寄り、背後から椅子越しに腕を絡めてくる少女。
その腕に手を添えながら、金髪の青年アベルは笑顔で答える。
「…ねぇねぇ、こっち向いて」
「ああ、ごめんごめん」
アベルは手元に表示したステータスボードを眺めていた。
少女は無視されたと感じたらしく、口を尖らせて不服を訴えている。
「これから放送局に行く予定があるんだけど、オルも一緒にどうかな?」
「いいけど、何かあるの?」
「帰りに商い通りに寄って行かないかなって。新しい菓子屋ができたらしくてね」
「え、行く」
オルと呼ばれた銀髪の少女は、無表情だった口元を少しだけ微笑んでみせた。
—-
商業都市。
ここは王都の北に隣接する形で広がり、その名の通り『商い』を中心に発展した都市だ。
生活用品から魔法薬まで、様々なものが外から流れてくる。
中心には貴族街があり、それを環状に取り囲む商い通りを跨いで、住宅地が広がっている。
魔王城から南下して、ここを訪れた賢者たちは、商い通りにある冒険者ギルド内のカフェで、転生者探しの方針を決めているところだった。
「ミルルと申します。よろしくです、賢者様!」
礼儀正しく快活な挨拶をしたのは、転生者を追って先にこの都市に来ていた、ミルルという名の魔王の落とし子。
褐色の肌に明るい水色の髪を後ろでまとめ、額の右側にはキリと同じように小さな赤紫色の角を生やしており、どこか気の抜けた表情をしている。
それを横目で睨んでいる同じく魔王の末娘のキリに聞いたところ、彼女のひとつ上の姉にあたるらしい。
世間からすれば、犯罪者に等しい落とし子を二人も連れて歩く様は、さぞかし危険な集団に見えていることだろう。
しかし、それも賢者が一人居るだけで大きく認識が変わる。
むしろ落とし子を手懐け、王都に突き出す道中にすら映っているかもしれない。
だからこそ、大きな騒ぎにもならずに、ここに座っていられるという訳だった。
賢者の知名度は、王都に近づくほど如実になり、商業都市でも知らない者はいないほど。
『賢者様〜』
『お久しぶりです!今度は落とし子退治ですか!?』
周囲の客も、賢者に対し気軽に話しかけてくる。
彼女は、はにかんで見せて「そうだよ!二人も縛り上げちゃった!」などと、軽口を言って力こぶを作ってみせた。こぶなどできない細腕に笑いが起き、ロイも平常運行の賢者と人々に和んでいた。
「人間臭くて敵わんの。おいミルル、本当にここに転生者がおるんじゃろうな?」
「居るにはいるけど、うちもまだ会えて無いの!って言うか賢者様は、なんでキリなんかと一緒に行動しちゃってるんですか!?」
「…不本意ながら、魔王様公認じゃ」
「え?不本意?失礼の極みなんだけど!?賢者様に謝りなさいよ!」
不服そうな表情で答えるキリに、細い眉を釣り上げて怒るミルル。
賢者が魔法を使えなくなったことを知らされたキリは、あれ以来ずっとこの調子だった。
「あ、そうだ。ロイくん、これ預かっておいてもらえる?」
小瓶をぷらぷらと揺らして見せる賢者。
中には透明な液体と花びらが揺らめいている。
「なんだそれ」
「綺麗でしょ」
それだけ言うとロイの返事も聞かずに、リュックの下の方にねじ込んだ。
キリが鼻をすんすんとさせている。
「何か匂うの。これは確か…」
「その前にキリちゃん、ちょっと声のボリューム下げられるかな?」
「ボリューム?」
「あ、声ひそめてお話しよってこと。これから話す話題は、バレたら国家転覆罪ものだから」
「すみません、賢者様。キリはご覧の通り、無知が裸で歩いているようなものなんです…」
「なんっ!」
ミルルのフォローに、キリは紅刀に手をかけるが、ロイがそれを止める。
周囲の客も一瞬ビクリと体を震わせたのが見える。
賢者がいるとは言え、やはり落とし子に警戒していることが窺えた。
「場所を考えろ」
「邪魔するでない!儂はこやつを斬らねばならん!今すぐにじゃ!」
「はぁ、やだなぁ。キリは血の気が多いんだから。賢者様も大変ですね」
落とし子二人のやりとりを見て、今後に不安を感じるロイ。
賢者はと言えば気にした様子もなく、人々が転生者の恐ろしさを知った日のことを語り始めた。
「去年にね。南にあった国が、転生者の暴走で砂漠になっちゃったんだよ」
「ほう?国が消えたと?」
「そうそ。その国の王子様が転生者だったらしいんだけど。その日着る服について、従者と意見が割れちゃったとかで、怒っちゃったんだって。そんでどっかーんってしたとか」
「は?そんなことで?」
「何が引き金になるか分からないってこと。もし転生者をみつけたとしても、騒がず、絡まず、関わらずってね。今ではすっかり法律みたいになってるんだよ」
当時、突然届いたその知らせに、ロイは戦慄した。
すべてを飲み込む光。
遠目に見た者たちは『真夜中に朝日が登ったようだった』と、語っていたらしい。
「でさ、ミルルちゃんはここに居るって言う転生者のこと、何か知ってるの?」
「そうですね。もう少ししたら賢者様にも分かると思います」
「もう少し?」
ミルルは何故か頬を染めて、カフェの一角を指差した。
一同の視線がそちらに移る。
カウンターの端に金属製の箱があった。
こちら側に見える面が発光しており、一見照明のようにも見える。
しかし良く見れば、発光した部分には、風景や人物が小さく表示されており、それが普段の視界を切り取ったように動いている。
「…そう言えばあれは、何かな?前来た時は、無かったよね」
「ああ、初めて見るな。何か絵が動いてるし、言葉も聞こえる…?」
「そうなんですよ。遠くの出来事をどこからでも見られる『投影機』と言うもので、商業都市のほとんどのお店や街頭に置かれてるんです!」
「…遠くの出来事を見られる?…一体誰が、作ったの?」
途端に神妙な顔つきになった賢者が、ミルルに質問を重ねた。
「えっと、商業都市の英雄と呼ばれているアベル様です。実は今朝も話題になってて、そろそろまた流れると思いますよ!」
「ま、まさか…「『ここ』で話すなら問題なかろう」って、そう言う…。ロイくん!さっきの…」
震える唇、消え入りそうな声で呟いたかと思えば、突然慌てだして、ロイの腕を強く握る賢者。
投影機は表示を切り替え、金髪の青年の顔画像が映し出される。
『こんにちは!お昼になりましたねー。ここからは、ハールーンとメッチがホットな話題をお届けしまっす!』
快活な声で始まった配信。
可愛らしい天使のぬいぐるみを抱え、浅黒い肌のゴーグルをかけた男が、画面の右下に小さく映し出される。
『今日は何の話?』
『お、早速いっちゃいますかー!勿論この人!商業都市の英雄アベル様の話題でっす!』
ぬいぐるみは誰かが声を当てているのか、男との掛け合いが始まった。
そして映像が切り替わり、国王と金髪の男性が握手をしている場面が映し出される。
『投影機が、早くも王都にも設置されることになったそうなんでっす!』
『国王の方が身長低いんだな』
『ちょ、不敬!不敬!メッチさん口を慎んでくださいよ!ってことで、この投影機ですが、もはや僕らの生活に欠かせないものって感じですよねー!』
『ま、すごいのは認めるけど。うんうん』
『しかもアベル様は『とても光栄なことです。いずれ世界中で同じ情報を共有できるようにするのが夢なんです』と語ってくださいました!いやー、英雄様の考えることはスケールが違いますよね!是非実現してほしいものです!』
気づけば周囲のテーブルの客たちも、投影機に釘付けになっていた。
『強いだけじゃなくて、頭もいいんだもんなぁ!』
『世界中か。竜をぶっ倒したあの人なら、余裕でやってくれそうだよね〜』
対してロイは、先ほどから気が気ではない。
竜を倒した転生者アベル。つい先日に魔王から聞いた話を忘れる訳がない。
(アベル…こんなに早くみつけられた!だが話通り、英雄扱いなんだな)
「…なぁ賢者」
「ん?どしたの、ロイくん」
先ほど強く握ってきていた手は、すでに引っ込められていた。
「え、いや…アベルはやっぱり、この街では英雄なんだなって」
「そうだねぇ。竜を倒してくれたんだから当然かな」
「それでも…。倒さないと、だよな?」
「ん?倒す?」
「…え?」
賢者がきょとんとした表情を浮かべているのに対して、ロイが聞きかえそうとするが遮られた。
「賢者、アベル様にはどうやったら会えるんじゃ!」
「私も!私も知りたいです!」
唐突にキリとミルルが、お互いを押し合いながら賢者に迫る。
「なんだお前ら…」
呆れたように横目を送るロイ。
少し思案した後、何かを思いついたように、目をキラリと輝かせる賢者。
「これ知ってる?アベル様は、この都市の平和を守るために、日夜些細な揉め事でも駆けつけて解決してくれるって話」
「ほえー、素晴らしいですね!」
「英雄の鑑じゃの!」
「あとね、アベル様は強い女の子が好きらしいよ?」
「ほう…」
「強い…女の子、ですか」
「そうそう。だから街中で落とし子二人が勝負したら、一石二鳥じゃないかな?」
「揉め事起こして、強い女の子も居る。…一つの石で二つの鳥を落とすってことですね!」
「確かに…であれば、やるかの?」
「そうだね…。どうせ、いつかは殺すんだし…」
賢者の言葉に、睨み合いを始める落とし子ふたり。
「なんだ?…お前ら何を始めようとしてるんだ?」
想像もしていなかった展開に困惑するロイ。
アベルに会う必要があることは当然として、キリたちの突然の熱量は何なのか。
そもそも、賢者はいつどこでアベルの情報を仕入れてきたのか。
「ときにミルルよ。他の落とし子はもう誰か殺ったかの?」
「うちは転生者狙いだからまだだけど?あんただってやってないんでしょ?」
「ふむふむ、融合していないなら、儂にもチャンスはありそうじゃの」
「いやいやいや!落とし子の中でも最弱のあんたにチャンスなんかないから!」
「そう言うお主も、下から2番目と聞いておるが?」
「はぁ?!誰がそんなこと言ってんの!」
次第に白熱する煽り合い。
ミルルに至っては、眉を釣り上げ青筋を浮かべている。
「臆したのなら、辞退してもよいのじゃが?その場合は、儂が最強としてアベル様にお目通し願うことになるがの!」
「ふっ、ふざけんなー!!!」
ミルルの怒気が、両手を叩きつけられたテーブルからカフェ中に響き渡り、周囲は騒然となった。
『お、おい。まさか…』
『まじかよ…あいつら、おっ始めようってのか?』
『…賢者様でも、止められないの?』
周囲から囁き声が聞こえてくる。
「…二人とも。ここはちょっと狭いから、一旦お外に出よっか?」
「ふむ」
「…はい!」
怒りで顔を真っ赤にしたミルルも、賢者の言葉はまだ届いている様子。
「…意味が分からない」
口を挟む暇が無かったロイも、慌ててそれを追いかけた。




