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2-7 二人、英雄と昔話

魔王は煙管を吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。


「『ここ』で話すなら問題なかろう」

「え?」


魔王の言い回しに不思議そうな表情を浮かべる賢者。

玉座に座った魔王、それと向かい合って立つ、賢者とロイ、そしてキリ。


「儂は転生前、その男と同期であり、上司部下の関係だった…」


—-


(またかよ…)


塚田はもじゃもじゃと伸びた髪を掻きむしり、うんざりとした表情でため息をつく。


「あれ、塚ちゃん?ひょっとして怒ってる?」


隣りの席で気遣ってきた男は、塚田が握りしめている脚本を作った当人であるところの小宮。

彫りが深く暗い雰囲気の塚田とは対照的に、人あたりの良さそうな印象の青年。

彼の脚本は、上の人間には耳障りの良いフレーズが並べられ、しかしよくよく見れば、予算も工数も度外視した内容だった。

立場は違えどお互い雇われた身であり、塚田は小宮の脚本を具現化する仕事なのだから、決まってしまえばそれを実現するしかない。


「僕もちゃんとチェックするからさ、一緒に完成させよう!」


作業は夜通し行われた。

しかし疲れ果てた小宮が、よろめいて車道に出たところを塚田が庇い、全ては終わった。二人の命と共に。


最後に塚田の頭に浮かんだのは、まだ幼い娘の姿だった。


—-


「…ツカダ?」

「きっと魔王ちゃんの転生前の名前だよ」


耳慣れない名前にロイは眉をひそめ、賢者はヒソヒソと解説を入れる。


「…魔王『ちゃん』?」

「あっ、も、申し訳ありません。魔王さま!」

「…良い」


—-


そして二人は女神の力によって、商業都市にある貴族の屋敷で、二卵性の双生児として転生を果たした。

しかし何の因果か、弟アベルとして転生した小宮は、幼い頃から病弱で寝たきりの生活となり、兄の塚田は、その風貌故に周囲から疎ましがられることになった。


「塚ちゃん」

「なんだ?」

「おれたち、女神に騙されたのかな」


寝たきりのまま、外の景色を眺めるアベル。


「これからだろ。あとその呼び方はいい加減やめてくれ。こちらではカインという名がある」

「塚ちゃんにちょっと頼みがあるんだけど」


アベルは自身の目の前に指を動かす。

その所作を見てカインは気づいた。


「ステータスボードでも出したか?」

「え?…ああ、塚ちゃんには分かるんだっけ?」

「女神が説明していたからな」


—-


賢者が手をあげてコメントを残す。


「ステータスボードと言えば、転生者の権能のひとつですね」

「左様。他人にはそれが見えないため、虚空を凝視しているようにしか見えんがな」

「…何なんだ、それは?」

「ロイよ!口の聞き方に気をつけるのじゃ!」


キリがロイの足を強く踏みつけるが、魔王はキリを手招きし、自分の膝の上に乗せて鎮める。


「ま、魔王様?」

「ステータスボードは、自分の身体能力を数値として確認できる」

「『筋力』とか、『マナの総量』とか、そういうのね」


ロイに補足する賢者。彼女が何故そこまで詳しいのか、ロイは知らない。

転生者と直接会うのは、これが初めてであると彼女自身が言っていたはずだった。


「ステータスボードは、すべての転生者が出せるわけではない」

「そうなんですね」

「つまりその転生者には、ステータスボードを出す必要があるということ」

「…そこに表示される値が『変化』する前提がある…ということでしょうか?」

「より明確に言うならば『上昇する』ことが前提、と言える。そしてステータスボード自体は、あくまで補助的な能力のひとつであり、転生者の権能には、必ず『核』となるものが存在する」

「なるほど。その核となる権能の内容が、ある程度は想像できるということですね…」


なんとか追いつこうと頭を捻っているロイと、初めから放棄している様子のキリを置いて、魔王と賢者の考察がまとまり、昔話が再開する。


—-


カインは考えた。


(つまりその『頼み』の内容と照らし合わせれば、アベルの権能をある程度推測できるかもしれない…か)


互いの権能の内容については、共有していない。

アベルがどう考えてそうしているのかはわからないが、カイン側には明確な理由があった。


(おれたち転生者の天敵、それは自分と同じように権能を持つ転生者そのもの)


この世界において、転生者は絶対的優位にある。

戦時中でもないこの地域においては、多くの人間は争うことを積極的には望まないし、魔物などが存在したとしても、転生者にとっては恐れるべき対象にない。

唯一の危険、それが皮肉にも自分と同じ出自である転生者たち。

彼らも権能という異能を持ち、自分が優位な存在であると自覚があり、中には短絡的に力を振るい、人々に恐怖を与えている者も居ると聞く。


そんな天敵から身を守るためには、権能を知られてはならず、相手の権能を知る必要がある。

それは、同僚として、兄弟として関係を積み重ねてきたアベルにおいても例外ではない。


「実験したいことがあってね。ちょっとこれを学校の新聞部に渡して貰えるかな」


アベルがカインに託したもの、それは『アベルは難病のために学校へ通えずにいる』という内容の記事を、学校の新聞に掲載してほしい、というものだった。


「何故自らこんな、恥を晒すようなことを…」

「『設定』的にはウケがいいからね」

「…設定?」


こんな話を掲載してもらうことで、アベルは何の『実験』をしたいのか、この時のカインには分からなかった。


—-


その辱めともとれる記事が、校内に掲載されてから、ちょうど一週間後。

カインは驚愕することになった。


「塚ちゃんのおかげだね」


治ることは絶対にないと言われていた病を克服したアベルが、学校にいた。

手足が枯れて、とても動けるものではなかったはずだった。


「お…おまえ、どうして?大丈夫なのか?」

「実験は成功だったよ」

「実験って…あの記事のことか?あれは結局何だったんだ?」

「この世界でも『ストーリー』は大事ってことさ」


それから通学をするようになったアベルは、これまではできなかったスポーツにも挑戦して高い成績を叩き出し、元々優秀だった勉学や容姿が淡麗であることも相まって、みるみるうちに学校の中心人物になっていった。

女子たちの間でもアベルの話題で持ちきりとなり、アベルの隣りにいる女は次々に代わっていた。

今や、病気で引きこもっていたことが信じられないほどの弟に、カインは底知れぬ恐怖を感じるようになっていった。


—-


「結局、アベルの権能は何なんだ?」

「儂にも正確なところは分かっていない。だから手を出せない訳だ」

「ステータスボード…記事…でも、もしそれが事実だとしたら…そんなのどうやって止めたら…」


ロイは、隣りでぶつぶつと呟いている賢者の顔がみるみる青ざめていく様子に、不穏なものを感じた。


—-


そして二人は15の歳を迎える。

その頃から、アベルの取り巻く環境の変化が、如実になっていった。


『一人で彼を独占すべきではない』と、誰かが言った。

結果、アベルの周りには女たちが大勢集まるようになり、男たちも『あいつは器が違うからな』とまんざらでもなく評価した。


そんな中、一人の少女が現れる。

学校の者では無い、どこか神秘性を漂わせた銀髪の少女。


「初めまして」

「…」


少女はアベルに腕を絡ませながら、カインに対しては興味無さそうな視線を送っていた。


—-


「ひいぃいい!竜よ!」

「早く!早く衛兵を呼んでくれ!」


その年、商業都市を未曾有の危機が襲う。

目的も理由も不明。突如現れた巨大な竜による襲撃。

炎の息は周囲を消し炭にし、振り回された尾は、建物を紙のように倒壊させた。

多くの者たちが死に、奇跡的に生き残った者たちの心には、癒えることのない傷を負わせた。


(次はいつ襲われるのか、次は誰が死んでしまうのか)


人々は焦燥し、消耗していった。


「アベル、王都がやっと討伐隊を結成したらしい」

「遅かったね」


カインの報告に、アベルは待ちくたびれていた様子で、立ち上がる。


—-


「商業都市を襲った竜の話は有名ですね」

「あれは災害と呼ぶに相応しい」

「…」


ロイは自身の故郷と重ねていた。

家族や友人を失った人々、抗えない力、無力感。


—-


北の霊峰のその奥にある竜の巣。

そこで討伐隊は、対峙する。


「何故、僕らがここに来たか分かるよね。貴女の手で奪われた命は、数え切れない。申し訳ないけど倒させてもらうよ」


討伐隊より先に勇ましく飛び出したアベルは、竜にレイピアを向けて宣言する。

それに応えるように咆哮を上げ、口を大きく開く竜。


「くっ。ブレスだ!皆さん一旦退却を!ここは僕がなんとかしますから!」


討伐隊が最後に見たのは、皆を逃し、一人竜へと果敢に立ち向かう英雄の背中だった。


そして、奇跡の生還を果たしたアベルは、討伐の証として竜の牙を持ち帰ってみせた。

当然、彼の噂は瞬く間に商業都市全体へと広がった。


『お父様の敵を取ってくださってありがとうございます!アベル様!』

『英雄アベルの誕生だ!』

『アベル様万歳!』


狂ったように湧き上がる人々。


—-


「それって…アベルが商業都市を救ったってことじゃ…」

「そうだ」

「な、なんでそんな『いいやつ』を倒す必要が…」


ロイの口から思わず溢れた言葉に、キリだけが共感したような表情を浮かべた。


「ククク…弟子がこう言っておるが?賢者よ」

「はい、魔王様。…あのねロイくん。私たちは、魔王様の『命令』だからアベルを倒すんだよ」

「え…」


賢者の真っ直ぐな視線に、困惑を隠しきれないロイ。

しかし、言わんとしている意味に遅れて気づき、拳を握りしめた。


(そうだった…。おれたちは『選べない』)


—-


「え、なんで?」


装飾の施された椅子に座り、困惑した表情を浮かべるアベル。

これから投影機を作り、商業都市に普及させていく計画を立てている最中。

目の前に立っているカインが、突然の別れを告げてきた。


「もう決めたことだ」

「うーん。そう言われてもなぁ。どうしたら取り下げて貰える?お金かい?それとも、女の子?」


目の前に座るアベルの膝の上には、首に腕を回した銀髪の少女がいる。


「考え直すことは無い」


次の瞬間、彼の膝の上にいたはずの少女が、カインの首に手をかけていた。

鋭い爪先から伝い落ちる血液。

しかしそれとは関係なく、彼女の腕は根本から真っ赤に染まっていた。

その原因を知っていたカインは、忌々しさを込めて少女を一瞥する。


「っ。…もう、お前のやり方にはついていけない」

「え?やり方って…?」

「分からないよな、分からないだろうとも」

「いや、やり方って言うけどさ。何か気に入らないことがあったのなら、その時に言って欲しいよ。昔から言ってるよね?」


その言い回しが、前世での上司と部下だった頃のやり取りを思い出させられて、カインの苛立ちを誘う。


カインは足元に視線を落とす。

二人の間を分つように横たわっている死体。それはアベルが座っている椅子の本来の持ち主であり、隣りにはこれまで共に連れ添ってきた相手も、腹部に同様の穴を開けた姿で倒れていた。

目の前の銀髪の少女の腕をその穴に嵌めたなら、パズルが完成することは目に見えていた。


「あー、この人たちのこと?」

「…自分の親に向かって『この人たち』だと?」

「手狭になってきたからね。これからは僕がこの家を仕切ることにしたから、退いてもらったんだよ。君にとっても都合いいはずだけど」


カインの脳に、何かが砕ける音が聞こえた。

それは弟との関係が決定的に失われた音であり、想像を超える力で噛み締めた故に砕けた、奥歯が失われた音であった。


(小宮…、お前は何も変わらない。今も変わらず、自分のことだけを考えている)


カインはこれ以上の問答が、無意味だと言わんばかりに背を向けた。


「カイン。ねえ!待ってくれよ!」


アベルの悲痛な声を背中に受け、それでもカインの足は止まることはなかった。


そして英雄の元を去った兄の噂は、こんな形で広がった。


『アベル様を裏切るなんてな…』

『『英雄』様の敵か。それこそ『魔王』って話だろ』


—-


魔王の話を聞き終え、賢者はそれを反芻している様子。

かたやロイは、アベルについての理解に苦しんでいた。


(商業都市を救い、同じその手で親を殺すだと…?)


「我が娘のミルルが先に商業都市に行っている。まずはそれと合流するが良い」

「承知しま…」


会話を遮るかのように、突如として玉座の間を揺るがす程の咆哮が鳴り響く。


「なっ、なんだ…!?」


ロイは魔王城の上空を飛んでいた怪物のことを思い出す。


「案ずるな。ここはあれで囲んでおるのじゃ」


キリは得意げに胸を張って、部屋の隅に咲いている紫色の花を指差す。


「そう言えばあの花、ここでは良く見かけますね。不凍花フトウカ…ですか?」

「そうだ」

「そもそも…今のは何なんだよ」

「もうこれで話は終わりだ」


魔王が切り上げるように会話をまとめる。


「…なるほど。魔王様、あれを少し譲っていただいてもよろしいですか?」


賢者は魔王から許可を得ると、その花を何本か摘んでポーチに入れた。


「では賢者よ。我が弟アベルを倒して参れ」

「…はい、必ずや倒してみせます。魔王様」


表情を変えずに頭を下げる賢者。ロイも慌ててそれに続いた。

そして翌朝、賢者とロイ、そしてキリの三人は、英雄アベルが住む商業都市を目指すこととなった。

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