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Black Bird  作者: 瑞白青維
落札-Help you.-
2/11





 街中を歩き続けてどれ程の時間が経過しただろう。

 あれから何度かソロに仕掛けて来ようとする者との遭遇はあったが、内一度は自身で身の危険を察知し避けることに成功した。他は全て小柄な彼にいなしてもらってしまったが。

 しかしそもそも”地下”に潜ったきっかけが彼なので、自分ばかりが恩義を感じるのはおかしいのではと途中から開き直ることにした。彼とて己の役割として自分を守ってくれているのだろうと半ば強引に結論付け、ひたすら白い背中を追いかける。

 まだまだ歩くのかな。

 目的地もさることながら、あまり周囲を見回すなと指摘を受けていたため現在地の様子すら満足に把握できていない。物盗りに警戒しながら歩くのにもそろそろ緊張感が途切れてしまいそうだった。

 彼に目的地までの時間を尋ねようとした時、亀のようにのろのろと進む大きな荷車と擦れ違った。

 何の気なしに視線を投げて、目を見開く。

 荷車の中には人がいた。大人から子どもまで、数人の影があった。

 揃いの枷が手足に光るが、服装や肌の色はそれぞれ異なっている。荷車の壁に寄り掛かっている者がほとんどの中、何が楽しいのか大声で笑い転げている者もいる。遅れて「うるさいっ」という怒鳴り声と共に乾いた音が鳴った。恐らく叩かれたのだろう。

「可哀想かい?」

 はっとして前を見ると、歩みを止めた彼がソロを見上げていた。彼の口元には笑みが浮かんでいる。出会ってからまだ半日も経っていないが、貼り付けたような彼の表情には未だ大きな変化が見られない。

「可哀想かどうかは分からない、かな。あれが狗なの?」

「いいや、あれは人買い。呪われ者はもっと厳重に捕縛して運ぶんだ。あんなんじゃ逃げられてしまうよ」

「警察がいないって言ってたけど、じゃああれを取り締まる人はいないの?」

「あれは商売だから取り締まらない。そもそもそんなこと言ったら狗だって買えないじゃないか」

「……人を買うのと狗を買うのとは何が違うの?」

「その話はあそこに入ってからにしよう」

 彼はソロの手を取ると傍にあった大きな建物に入っていく。

 あ。

 一歩入り口を越えた瞬間、ソロは”上”のある場所を思い出した。ここと雰囲気がとてもよく似ている場所。

「音楽ホール?」

 ソロの好きな場所の一つがそれだった。

 開けたエントランス、床にはめ込まれた大理石、甘やかで温かみある蜂蜜色の照明、顔を上げれば眩しいシャンデリアの輝きが目に入る。

 エントランスには人が疎らだが、ロビーよりさらに奥の通路や二階には多くの人の出入りがあるようだ。視界に入る人々は皆ドレスやスーツで着飾り楽しそうに談笑している。殺伐とした外とは雲泥の差と言っていい。

「今日はいろいろとイベントがあって、その中の一つにオークションがある。そこで狗が売られることになっている」

「狗を買うって、オークション形式? 僕あんまり持ってないよ?」

「君が買いたいと思った時はこっちでいくらでも出してあげるよ。稼ぎでいくらか返してもらうかもしれないけど、わざわざ徴収のために追い回したりはしないから踏み倒してくれてもいい」

 彼の言葉を頭の中で反芻し、ソロはパチパチと目を瞬かせた。

「なんでわざわざそんなことするの?」

「傷心の君を慰めてあげたくて?」

「傷心? いやそうじゃなくて、君が買えばいいじゃないか。お金も持ってて”地下”にも詳しい。僕が買う必要はないんじゃない?」

「いいや、君じゃなきゃ買えないよ。確かに僕は金を持っている。けど狗を買うことはできない」

「どうして?」

「狗は狗を買うことができないんだ。”地下”の暮らしの数少ないルールの一つだよ」





「お集まりの皆様――! 楽しんでる? 喜んでる? まあなんでもいいけど盛り上がって、参りましょ――う! フ――! ふふふっ、楽しい楽しいオークション! 言っとくけど、口座すっからかんになるまで搾り取ってあげるから覚悟してね! 進行はこの私、(まだら)ちゃんが行っちゃいま――す、イッエ――イ!」

 席の埋まった薄暗いホール内に、調子外れのアナウンスが響き渡る。煌々と照明に照らされた舞台を、燕尾服に身を包んだ少女――(まだら)がマイクを片手にぴょんぴょんと駆け回っていた。畏まった場ではないのか、(まだら)に応じるように客席から歓声が上がる。まるでミュージシャンのライブ会場に紛れ込んでしまったようだ。

「とても人を買いに来たテンションとは思えない」

 他の客と同様に、しかし周囲の様子を引き気味に伺いながら座席に収まり感想を零す。

「人じゃなくて狗ね。彼女のあれは客のガードを緩めてもらうためのパフォーマンス。買うことに慣れてない人だと、狗とはいえ見た目は同じ人間を買いに来ることに罪悪感を抱く者も少なくはない。でもそれじゃあ落札金額が上がらないから、場を温めて罪悪感を払拭させようとしているんだ。同じことをやれって言われても僕にはちょっと難しいかも。彼女にはいつも感服するよ」

 ソロの隣、彼が(まだら)に向かってひらひらと手を振る。

 するとそれに気づいた(まだら)の熱烈な視線が彼を射抜き、次いで遠くから投げキスが贈られる。彼はただ微笑するだけだったが、客席に対する(まだら)の語りはより饒舌なものとなる。頬を染め、やけに楽しそうに参加にあたる注意事項を伝え始める。

 舞台を眺める他の観客からは、(まだら)が演出としてどこかにキスを投げたようにしか見えなかったことだろう。ソロも彼が隣にいなければ、あれがやり取りとして成立していたことを知る由もなかった。現在二人がいるホールは千席を収容する大ホールで、座った席は一階最後席だったのだから。

「君は運営側の人なんだね」

 喧騒に乗じ、踏み込んだことに触れてみる。おいそれと口にしてはいけないことだったらという一抹の不安はあったが、「そうだよ」と彼が肯定を示したことでそれはすぐに払拭された。

「そして呪われ者であり狗でもある」

「うん」

「呪われ者と狗は同義、でいいんだよね?」

「そう。別に呼び分ける必要はないんだけどね。一応売られることが決まった者や既に飼われている者は狗と呼ばれている。呪われ者でも十分通るけど長いでしょ?」

「まあ、長いかも?」

「他に訊きたいことは?」

「……呪われ者と普通の人間は何が違うの?」

「ああそれね。それ結構重要なことだと思うけど。イヌ違いの話をした時に君に説明しようとしたらあっさりかわされたやつだ」

「かわしたっけ?」

「『君に買ってほしいのは呪われ者だ』って言ったら『ふーん、そうなんだ?』って全く関心を示さなかったじゃないか」

「あー、そうかもしれない」

「……呪われ者は常人離れの強力な能力を持っているんだ。でも自分の意志で制御できないから、それで苦しむ人がたくさんいる。だから呪いを受けた者――呪われ者と呼ばれている」

「そうなんだ。ん? 待って、それオークションやって大丈夫なの? 制御できないんでしょ? 本人も買った人も、その周りの人も危ないんじゃ」

「それは実際に君が買った時に確かめたらいいじゃないか」

「え、そういうもの? うーん、でも確かに買わなかったら別に知らなくてもいいことだしな」

 顎に手を当て思案していると、「君は本当にすごいね」と彼が言う。

「何が?」

 首を傾げてみせれば、彼はソロを真直ぐに見てやわらかく微笑んだ。

「この期に及んで目の前の出来事に全く関心がないじゃないか」





「ではでは早速オークションに入っちゃいましょう! 今日は呪いを授かった六人の子ども達が来てくれてますよ! 『可愛いこの子を飼ってあげたい!』と思った方は挙手して出したい金額を全力で叫んでね! 何せこれだけ人数がいるから、私も聞き逃しちゃうかもしれないでしょ? 全力で、ね?

 というわけで、よーしっ! 一人目から行ってみよ――! カモ――ン!」

 (まだら)が高らかに声を張り上げる。

 と、まるでそれを合図にしたかのように騒がしかった客席に冷たい静寂が訪れた。

 ピンと張り詰めた緊張感。それは呼吸すら許されないと錯覚させるほどで、ソロは一変した空気に息が詰まりそうになる。

「始まるよ」

 彼が囁く。

 感情の削がれた、けれど笑っているのが分かる声だった。

「一人目はこちら! お!? おうおうなになに、女の子じゃん! ちっちゃ!」

 (まだら)が舞台袖に向けて恭しく手を掲げると、薄闇の中に一際色濃い小さな影が沈み込んだ。

 微動だにしない様子に、「おいでおいで!」と歩みを促す。

 女の子だという小さなそれは、ふらつきながら一歩、また一歩と舞台中央を目指して歩き始めた。

 白光がその子どもを捉える。

 観客席が小さくざわめき、感嘆の息が会場内を満たしていく。

 ソロは瞠目した。

 ”女の子”だと本当に思っているのならこんな扱いはしないだろうと、心の冷静な部分が斑に向けて異を唱えた。

 客席からの視線を一身に浴びる女の子は、重量感のある黒い手足の枷、加えて同色の首輪、口輪をしてそこに立っていた。枷はそれぞれが独立して白い肌に食い込んでおり、女の子のだらりと下がった腕や前傾した姿勢から、それが加重によって対象を拘束するためのものであることが窺える。

 壁にはめ込まれた巨大なモニターがパッと光を放つ。

 直後、そこに女の子の姿が大きく映し出された。苦しそうな表情も、米神を滑る汗もはっきりと見て取れる。

「見えない人はモニター見てほしいんだけど、ほら! お目目見て! 瞳孔が十字架? みたいになってる! 髪は白桃色、肌はご覧の通り白いけどほっぺとか薄く色付いてて可愛くない? 可愛いよね!」

 いつの間にか片手にカメラを持った(まだら)が、自由気ままに女の子を撮影し解説を始める。女の子の瞳、髪、頬のそばを通ったカメラは、次いでその口元で動きを止めた。

「こんなに可愛い女の子が一体どんな呪いを受けているのかというと、それはこの口輪に隠されたお口に関係してるんですよねー。知りたいー? なんと、なんとこの子、なんと!」

 パチンッ! と音を立て、(まだら)の手によって女の子の口に嵌められた枷のロックが外された。小さな顔から無理矢理引き剥がされたそれは、大きな弧を描いて舞台袖へと投げ飛ばされる。重い衝突音が刹那的に舞台裏を騒がせたが、獣のような荒々しさで女の子の秘密を暴かんとする斑にとっては些末な問題だったことだろう。

 (まだら)の指先が女の子の下唇を捲る。

 カメラがぐっと寄っていく。

「人肉以外食べられないんです!」

 女の子の口の中にあったもの。それは肉を嚙み千切ることに特化した純白の牙。鋭く尖ったそれが唾液を纏い艶やかに光る様は酷く蠱惑的で、持ち主の幼い容姿と相まって見る者に背徳感を抱かせるには十分過ぎるものだった。

 舞台へ向けて色めきだった歓声が沸き上がる。

「人肉だよ!? カニバリズム! みんなどうせそういうの好きなんでしょ――? んふふっ! さあ、欲しい人は挙手! ほら早く早く! 獲られちゃうよ!」





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