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Black Bird  作者: 瑞白青維
落札-Help you.-
3/11





「ここではいつもこんなことをしているの?」

 温度を上げていく異様な空気の只中、ソロは視線を舞台に縫い付けたまま彼に尋ねた。

 あちこちから叫ばれる金額がどんどん上がっていく。

「マスターのいない呪われ者が複数見つかった時はこんなことをしているね。一人だけじゃ盛り上がらないし」

「みんな何でこんなに喜んでるの? あんな小さな子を拘束して楽しいの?」

「世界は広いものでね、ああいう小さい子とお近づきになりたい大人がたくさんいるんだ。しかも主食が特殊ときた。可愛らしい見た目と反してっていうのもギャップがあって好い人にはいいんじゃない?」

「……こういう光景をあと五人分見るんだね」

「そう。そして欲しい子がいたら君もこの光景の一部になる」

「欲しい子って、そもそも僕は買う気がないんだけど」

「まあまあ、最後まで分からないじゃないか。社会見学だと思って取り敢えず見ていなよ」





 一人目の女の子の買い手はすぐに決まった。四十は過ぎていそうな男が七千万で落札したのだ。男は黒服の係員に案内され会場を後にした。女の子も、再度口輪を嵌められ袖に帰っていった。

 二人目は『様々なものがよく視える目』を持つという年若そうな男だった。しかしぐったりと疲れた様子の彼にはあまり手が上がらない。その様子を受けてか、ちらほらと上がっていた手もどんどん下がっていき、ついに誰の手も上がらなくなった。男は来た時と同様、背中を丸めて舞台袖に引っ込んでいった。

 三人目は『体内で毒を生成できる』女。こちらは拘束されながらも会場へ向けて微笑む余裕があるようだった。腹で毒を育てるだけあって薬学にも明るい、との解説が入ると次々と手が上がった。五千五百万で全身黒づくめの男に買われていった。

 四人目は舞台袖から出てこなかった。待機中に死んでしまったという。

 五人目も同じ理由で姿を現さない。

 客席には落胆の色が広がった。

 ままならない不満の声を(まだら)にぶつける者、「ならばお前が客を楽しませろ」と舞台に上がろうとする者が複数出た。

 だが彼女はそんなものには慣れているのか、顔を顰めて「うるっせ――な!」と怒号する。舞台に身を乗り出した者なんかは、彼女のすらりと伸びた足によって蹴り飛ばされていた。

「あのさあ、なんか勘違いしてない? 始めに注意事項伝えたでしょうが! 馬鹿なのかな? 皆様神様お客様方は日本語覚えたてのお猿様だったのかな? ウケんですけど! 言ったじゃん! 『商品は生ものにつきその健康状態に十分な補償はできかねます』ってさ! こっちだって長生きしてもらおうと思って手は尽くしてるんです――! でも仕方ないじゃん生きてる限り死ぬことだってあるじゃん! むしろご購入いただいてから即死するよりこっちの方がよかったじゃん! 文句あるなら出て行ってもらいますよ? 一度会場に入ったならこっちのルールに従ってもらわないとでしょ! 文句はおあり?」





「地が出てきたな」

 目を剥いて吠え散らかす(まだら)を眺めながら彼が呟く。

「お客さんに向かってあんな感じでいいの?」

 かなりの距離があるというのに、(まだら)が何事かを怒鳴ると自身に向けられたかのような威圧感を感じてしまう。圧倒されたソロは苦笑いする他ない。

「いいの。彼女のああいう所も気に入ってる人は気に入ってるから」

「そ、そうなんだ」

 他人の好みはよく分からないな。

 思いつつ、ソロの思考はすぐさま別のものへと切り替わる。

「死んじゃうことって珍しくないの?」

「そうだよ」

「もしかして二人目の人も死にそうだった?」

「さあね。買われないように演技してたのかもしれないし、死にそうだったのかもしれないし分からないよ」

「買われないって選択肢もあるの?」

「ああ」

「でもみんなそうしないってことは良くない選択肢、なんだよね?」

「自死の善し悪しをここで論じるつもりはないかな」

 ソロの反応が一瞬遅れる。

「え、買われないとそうするしかないの?」

「それしかないんじゃない。納得した上でそれを選ぶことができるんだ。自分らしく終わりたい、だけど時間がない。そんな呪われ者が時々取る手段だよ」

「時間がない……、もしかして短命なんだ?」

 舞台に上がった三人の狗の見目、死んでしまった二人、隣の彼が教授してくれた様々な情報。これらをパズルのように組み合わせると自ずとそんな答えが導き出された。彼からはただ「そうさ」という無感動な返答だけがある。

「そっか、大変なんだね」

 ありきたりだが、それ以外の感想が頭に浮かばなかった。ほうと息を吐き背凭れに身を預ける。”上”にいる限り知り得なかった話に頭がまだ追いついていない。

 くすっと彼が笑う気配がする。

「そんなこと言って、君は人の生き死ににあまり興味がなさそうだ」

「人並みじゃないかな。君だって、関わりのない人のためにわんわん泣いたりはしないと思うけど」

「つまり関りのある人に関してなら君はわんわん泣くのかな」

「あー、……泣かないかもしれない。酷いかな?」

「さあね。僕には君がそういう人なんだということしか分からないよ。でも、誰に対してなら感情を顕わにするのかはちょっと気になるかな」

 さして興味のなさそうな言い方。けれど彼の大きな瞳は、何かを探るようにソロをじっと見つめていた。

「そんなの僕にだって分からないよ」

 口角を持ち上げて返すと、不意にじわっと滲むように胸が痛んだ。水気の多い絵の具を剥き出しの心臓で受け止めているような、瞬間的な痛みと余韻。不自然ではあるが不快ではないそれ。

「そう?」

 彼に顔を覗き込まれてはっとする。眼前で瞬く二色の瞳の中に自分の姿を認め、その鮮明さに耐えきれず顔を逸らす。

 衣擦れの音と共に彼が再び前を向く。

「傷ついたような顔してる。鏡がないから見せてやれないのが残念だ」

 鏡なら見た、とは言えなかった。





 観客席は未だざわついていたが、落ち着きを取り戻しつつあった。舞台上を忙しなく駆けていく係員の姿に、皆六人目の狗の登場が近いことを察しているのだろう。

 準備なんて今まではなかったのに。

 ふとそんなことが気になって、袖から出入りする係員の動きをまじまじと観察する。

 何かから守るように、木製の舞台に巨大な黒シートが敷かれていく。客席と舞台の間には背が高く分厚いガラスの仕切りが置かれ、モニターには「騒音注意!」「巻き込まれ注意!」の文字が代わる代わる表示される。黒い文字を際立たせる蛍光イエローの背景が目に痛い。

 (まだら)が改めて舞台に現れた。だが先程と違って、その装いは見るからに物々しい。上半身を覆うのは防弾チョッキ。ハイヒールを履き上品な印象だった足元は、打って変わって長く頑強そうなブーツで守られている。最後に戦闘ヘルメットで頭部を固めると「あ、あー」とマイクテストが始まった。

「はいはい、ちょっと準備時間をいただきまして会場がこんな感じになっちゃいましたよっと。ってなわけで! 最後の狗に参りたいと思うのですが、みなさん心の準備はいいでしょうか! イエーイ!」

 当初の調子を取り戻した彼女が右手を宙に向かって振り上げる。観客側も先の出来事を忘れ去ったように声高に返す。

 白けた会場の空気が再燃していく様子に、ソロはほんの少しだけ戸惑いを覚えた。ここまでの盛り上がりを見せるのだ。狗を買うという行為には、自分には分からない何らかの魅力ないし付加価値があるのだろう。客の興奮度から察するに、それは普通に生活する中では得難いものなのではないだろうかと想像する。

 けれどそんなもの、この世に存在するんだろうか。少なくとも自分は知らない。

「最後はとびきり頑丈な奴だから、欲張りなみなさんのご要望にもお応えできるんじゃないかと思います! ……って言っても、なんかどっかから情報洩れちゃったみたいで? 今日はこいつ目当てに来てる人も大勢いるっぽいんですよね――。情報源まじどこなわけ!? いやどこでもいいんだけどさ! まあ要は金額ですから! いっちばん多く出す! それが全ての世界ですよ、うん! 持ち金をすっからかんにして見事狗を手にするのは誰なのか! うっはー、心底どうでもいいけど見届けてあげちゃいましょう!

 さあ、登場しますよ! もう何年もマスターが変わらず入手困難と言われた、しかし引く手数多の人気者! おいでおいでおいで――! って、あれ?」

 (まだら)の呼号に応えたのは袖に待機していた狗ではなく、係員の一人だった。小走りで彼女の元へ行くと何事かを耳打ちして去っていく。

「連れて来る! ちょっと待ってて!」

 言い残し、(まだら)は重装備に不釣り合いな軽い足取りで舞台袖に消えた。そしてすぐに帰ってきた。

 一人の少年の首根っこを掴み、無造作に引きずりながら。

 え。

 どくり。

 心臓が大きく跳ね上がった。会場の熱量とは反対に、頭から氷水を被ったように思考が一気に冷やされていく。

 目の前の光景が信じられず、座席から身を乗り出して状況を何度も確認する。額を滑った汗が目に入ったがそんなことは気にならない。見開いた目で捉えた人物は――あの人は――。

「なんで」

 呟きは声にならない。震える唇からは呼気が漏れるだけだった。

 愉悦の声に溢れた舞台中央、(まだら)が少年からぱっと手を放す。

 少年は受け身も取らずに床に転がる。仰向けの状態からピクリとも動かない。今までの狗と同様、彼も枷で厳重に拘束されているようだった。四肢の枷に、首輪と口輪。しかし他の狗と違い、彼には何故か目隠しも加えられている。顔なんてほとんど見えない。

 けれど見間違えるはずがなかった。

 ソロがその人物を間違えることなど有り得なかった。

 微動だにしない少年に痺れを切らしたのか、客席から「動け!」「死んでんのか!」と怒声が上がる。

 舞台に何か物が投げ込まれ、それが少年の肩を掠めた。

 やっと、少年が僅かに身じろぐ。

 ソロは駆け出していた。思うよりも早く、足が少年の元へ向かおうと動き出していた。それが何より優先されると脳が言明していた。

「どこに行くんだい?」

 白い彼の声。

 ソロは頬を床に擦り付けていた。

 何が起こったのか分からない。

 鈍い痛みが全身を覆い尽くす。一秒二秒と時間が経過すると、特に頭部の痛みが激しいことを知り呻きと共に顔を歪めた。

「放せっ。助けに行く」

 低い声で鋭く告げる。上から降ってきた彼の声目がけて眼球をぐるりと回す。

 彼はソロの背に乗り上げていた。片手で後頭部を押さえ込み、余った手でソロの両腕を拘束している。ソロが身をよじって暴れようとしてもびくともしない。

「命令口調になるのは初めてだね。助けに行くのは構わないけど、正面から舞台に上がったら(まだら)に蹴られるよ」

「構わない。退け」

「顎が割れちゃうよ。それに今行くのは別の意味でも危な――」

 彼が言いかけた時。

 銃声が響いた。

 世界が沈黙する。

 余韻が鼓膜に木霊する。

 なに。

 なんだ。

 銃なんて、なんで。

「ここから先は銃を使った実演販売だよ。パフォーマンスが続く限り見ていなくちゃね」

 その言葉の意味を理解するのに幾ばくかの時間を要した。

 浅くなった呼吸を繰り返す。

 残酷な想像が堰を切り、「やめろ」と舌足らずな声が口を衝いた。

 ソロの様を受けて彼は、

「あははっ」

 無邪気に笑った。

 善悪すら知らない純な幼子のように、素直な声で楽しげに。

 この時ソロは”地下”に降りて初めて、心から恐怖した。

 彼という不可解な存在が、正しく化け物に見えて戦慄した。

「取り乱すとそんな顔をするんだ。ふふっ、笑ってごめんね」

 大して重さのない彼の体が遠ざかる。

 拘束が解かれ自由の身になったというのに、起き上がろうとしても四肢にうまく力が入らない。

「ほいほい、いろいろとトラブルはありましたが商品チェック・機材チェック共に終了したので再開しま――す! ごめんね、結構待たせちゃった! 謝ってる私えらーい!」

 ソロがよろよろと立ち上がっている間に舞台の準備は完全に整ったようだ。

 堪らない気持ちで、白光を浴びる塊を見据える。

 舞台に横たわる少年の目元から目隠しが取り去られていた。

 虚ろだが、鮮明な赤い瞳がモニターに大きく映し出される。

「結構有名人だから今更かもしれないけどまずは外見からお伝えしようかな! 今薬効いててこいつふにゃんふにゃんなのでじ――くり観察できてしまうのですなこれが!

 えーっと? むかつくけど顔は結構整ってるのかな? 整ってるってことにしときましょう! 目は赤くて肌は色白。隈もあるけど……これは化粧すれば隠せるだろうし? お人形を着飾る趣味をお持ちの方とかはぜひいろいろといじってみてもいいかも! 髪だってほら、すんごい長い! 間違って踏んじゃうんじゃね? ってくらい長いけど、おやおや、手入れが行き届いているのかこんなに綺麗だよ! おいてめ何のブランド使ってんだまじでむかついてきた」

 手にしたカメラで少年の顔や髪を映す(まだら)。その随分と主観の混じった実況すら、ソロの怒気を高める材料にしかならない。

 少年に無遠慮に触れる(まだら)の手を今すぐにでも剥がしてしまいたい。触るなと叫んでしまいたかった。





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