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Black Bird  作者: 瑞白青維
斑の言うことには-Let's face it.-
10/11





「あ! 帰って来たじゃん!」

 隣で明るい声音が跳ねる。

 はっとして斑の視線を追うと、遠い廃墟の隙間から目の覚めるように鮮明な赤が現れた。

「ダリ」

 口の中で音を転がす。

 荒廃した道の真ん中を少年が歩いていた。目算に不慣れなソロには正確な距離が分からない。が、闇を切り取った長髪と着物で身を包んだ彼のしっかりとした足取りは見て取れる。行く手を阻むコンクリートの小山も難なく越えている様子から、大きな怪我はないのだろう。安堵の息が零れる。

 反対に、斑の纏う空気は張り詰めた。

「斑? どうし――」

 ソロの言葉が終わらない内に窓から飛び降りる彼女。

 ドシンッと重い音をたて足元のコンクリートを凹ませると、しなやかな足に宿るバネの力を最大限に発揮し、ダリの元へと駆け出した。

 その様子にただならぬものを感じ、ソロも慌てて後に続く。もちろんショートカットは叶うはずもなく、階段を全力で走り降りた。

 家の外に出る。遠目に、斑がダリに掴みかかっているのが認められた。

 とにかく走る。

 距離が縮まるもまだ遠い。

 走る。

 その間にも事態は進行していく。

 斑がダリの背中から何かを引き剥がした。

 それが科戸だと分かりほんの少し懐かしく感じていると、彼が怪我をしていることも分かった。それで僅かに斑の奇行の意味を理解できたが、まだ不明点はある。

「――それでいつか科戸が死ぬかもしんねぇんだぞっ!」

「ストップ!」

 斑の怒号とほぼ同時。

 ソロはダリ、斑の二名の間に割って入った。ダリに背を向ける形で、斑の前に両手を広げて立つ。

 しかし斑と視線が交錯したのは一瞬。彼女の「邪魔」の一言の後にはどういうわけか彼らから少し離れた地面に伏していた。砂利と擦れた手足が痛い。

「立派な隈ができたじゃないか」

 身を起こしていると科戸が声をかけてくる。応じようとその姿を目に映し、ソロは固まってしまった。

「どうしたの、科戸」

 薄く笑い、科戸が眼前に腰下す。彼の右腕は赤黒く腫れあがっていた。肘から上腕にかけて皮膚は捲れ、てらてらと光を反射させながら本来細かったはずの腕を血が伝い落ちていく。落下する雫を目で追えば指先の負傷にも気づく。両の手の爪が割れ、じっとりと血が滲んでいるのだ。足も同じ様な状態なのだろう。スニーカーの爪先が赤く変色している。

「ダリの不意をついて傷を貰ったんだよ」

「え」

 事も無げに彼は言う。

 傷を貰った。

 もともと負傷していたのはダリの方だったのか。

「なのに斑、僕じゃなくてダリを怒るんだ。僕よりダリの方がよっぽど責任能力が長けてるってお墨付きなんだよ」

「いや、……何してるの」

 あまりのことに頭が真っ白になる。なんとか言葉を発せたと思えば、科戸には不思議そうな顔で首を傾げられてしまった。

「痛そうだったから貰っただけなんだけどな」

 科戸がぽつりと呟く。

 すると、それを耳にした斑の標的が科戸へと移り変わったらしい。物凄い勢いで科戸を顧みた彼女は、まさしく鬼の形相で彼に迫った。

「痛そうだから貰っただあ!?」

「ありゃ」

「科戸頭いいのにこういう時だけ頭のネジ失くすのやめてくんない!? 意味ないじゃんこの行為! ダリの怪我なんて”上”の死刑囚でも犯罪者でも”下”の消去対象でもとち狂ったアホでも、とにかくなんでも! なんでも連れて来れば効率的に使えるじゃん! 何科戸が傷もらっちゃってんの! その一回が勿体なくない!? あーあ! 私傷ついちゃったかんね! 帰って思い出して私がメソメソ泣いてたらそれ科戸の所為だかんね! ほら、見ろ私の目を! 愛らしい目を! 今にも泣き出しそうだろうが! 可哀想だろうがこんなに可愛いのに! 責任取ってお付き合いさせていただくというのはいかがでしょうか!?」

「うーん、途中まではなんとなく説得力があったんだけど最後で崩れたね。冷静になって」

「うるさい! 多分この中で一番冷静沈着だっつの! あ――も――! むしゃくしゃする! ダリ、三発入れさせろ!」

 一人でワーワーギャンギャンと騒ぎ立てる斑を茫然と眺めていると、なぜか再び矛先はダリへと帰っていく。ソロは斑を止めるべく慌てて立ち上がろうとして、できなかった。痛々しいが、まだ軽傷の左手で科戸がソロの服を掴んだのだ。

「必要なことだよ」

「なに」

「おらぁ一発目ぇ! これは科戸の分っ!」

 バキャ。

 ダリの左頬に斑の拳がめり込んだ。

 姿勢が傾ぐも、彼は踏ん張りを利かせて倒れない。

 あ。ダリの髪濡れてる。そうか、”地上”に行ってたのか。

 ここに来て、ソロは漸くダリを見るに至った。

「二発目は、付きっ切りでいろーーんなお世話をしてやった甲斐甲斐しい上に超絶可愛い私の分っ!」

 いろいろごめん。助かりました。

 ぼんやりと心で詫びて、ソロは逆の頬にヒットした拳を見つめる。

 ダリはやはり倒れない。両頬が真っ赤に腫れている。今ので口も切れたのだろう。口端からぷくりと膨らんだ血が顎に垂れた。

「そしてこれはぁ!」

 まだあるのか。

「もういいだろ!」

 科戸を振り切ろうとするも、やはり彼も力が強いのでソロにはそれができない。

 もどかしい気持ちで先行きを見守る中、斑の片頬がくっと持ち上がった。野性的な笑みを浮かべた彼女の拳はダリの腹部に吸い込まれていく。

「ダリ! お前の分だ!」

 ドッと、重い打撃音。

「かはっ」

 ダリの体がくの字に折れた。渇いた呼気と共に血と混じった唾液が吐き出される。そのまま膝を付き横向きに倒れると、長い前髪に隠された彼の顔が顕わになる。

 目、瞑ってる。

 ダリは眉間にしわを寄せ、固く瞼を閉じていた。

 ダリが目を開き、この場の誰かを瞳に映せば彼の傷はその人に移ってしまう。彼はそれを拒絶しているのだ。

 なんとか、しなきゃ。

 そんな言葉が脳を占めるが具体策が浮かばない。だとしても、何か手を打たねばならない。

 使命感で心臓が圧し潰されそうになる。ダリが傷の「転移」を望まないのならばなおのこと、ソロも望まない。だとしたらどうすればいいのか。傷が治るまでずっと下を向いているなんて現実的ではない。ならば他には――。

 考え込んでいたその時。

「何その顔。ちゅーしちゃお」

 ケタケタと笑って、斑がダリに覆いかぶさった。

 可愛くない音がする。

 突拍子もない展開にソロは石と化し、

 科戸は欠伸をし、

「んむ!?」

 ダリは驚愕のあまり開眼した。

「いってええええぇぇぇぇっ!」

 直後、辺りに響き渡ったのは絶叫。

 斑にダリの傷が移ったのだ。

「痛い痛い痛い痛いんですけど! って、うわ、うわうわお前、口ん中切れてんじゃん! サイッアク! 歯も……ちょっとぐらついてるじゃん! お前こんなもん受け止めるとか正気か!? 避けろよぉ! でもさすが、可愛いパワフル女子の拳は違うよなー、まじ痛ぇー」

 斑は周囲を置いて泣いたり笑ったりジャンプしたり足踏みしたりして騒いでいる。

 何してるんだこの人!

 ソロの思考はめちゃくちゃ乱された。科戸が「それなんの表情なの?」「なるほど、キスにロマンを求めるタイプだったか」などと揶揄ってくる。が「分からない、分からないけど普通今する!?」なんて返すのが精一杯だ。

「お前さ……」

 ダリが何か言いた気な顔で立ち上がる。

 斑は晴れやかにピースサインを決めた。

「痛み分け。科戸とお揃いになれたし、許してやるよ」

「……」

「だからそんな顔すんなって。なんかあったら、この斑ちゃんが科戸と一緒に助けに来てやるからさ。あ、金は取るんでよろしくー」

 ダリとのやり取りを済ませると、そこからの斑は科戸にべったりだった。

「私のお帰りだ。荷物まとめて来いよ!」

 不遜な態度で命じられ、ダリと二人で斑の荷物整理の任に着く。実際なかり世話になったので文句はなかったが、「雑に入れんな」「それ普通そう入れる? 信じられん」などなど文句たらたらな状態が続けば多少苛立ってくるのは仕方ないだろう。それを顔に出すとさらに文句をつけられるので、心を無にして手を動かし続ける。

 ちなみにダリは「グッボーイ!」と言われて舌打ちを返していた。斑にとってダリはマスコットの様な存在なのだろうか。ダリがどんな反応を返そうと、基本的にはそれを楽しんでいるらしかった。

 逆を言えば、ダリはどんな反応を返そうと彼女から「楽しい」やら「うける」といった返答しか得られないので見ていて少し可哀想だ。

「ご苦労様」

 全ての荷物を外に運び出すと、科戸に声をかけられる。

「あれ!?」

 ソロは驚愕に目を剥いた。

 科戸の傷が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。

 片袖の切れた服からは、指先まで傷一つない状態の白い腕がすらりと伸びている。

「すごいだろう?」

 薄く笑う科戸の横に斑が並んだ。得意気な彼女の頬からも一切の傷が消えている。

 そういえば、ダリに付きっ切りの頃にも彼女の怪我は絶えなかったがいつまでも残っている様子はなかったように思う。

「お坊ちゃんは本当、視野が狭いのな」

 嫌悪感剥き出しの顔で言われ、思わず「そうみたいだ」と返してしまった。

 斑のことも、

 科戸のことも、

 ダリのことも、

 僕はまだ何も知らないのだ。





 ダリが目覚めた時、彼の目隠しは取れているのですがそれは寝相というか、薬の効果が切れてきた中で多少暴れているからなのですが、その場面をソロも斑も勿論ダリも見ていないので描写していません。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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