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Black Bird  作者: 瑞白青維
友達-A monster's smile.-
11/11



 頭上を泳ぐ魚の群れを見上げる。

 黒い光を纏ったそれは、緩やかな速度で宙に円を描き遊泳を続けていた。こちらが手を近づけると、まるで遊んでもらえると察知したペットのように体を摺り寄せて来る。体温や感触は一切感じられない。当然だ。生き物ではないのだから。

 指先にくっつく魚たち。その中の一匹の頭部を指先でつつく。

 と、その黒体に白字で「2627年6月4日」の文字が浮かび上がった。さらにつつくと魚の形がほろほろと崩れ、魚体を模して集合していた文字群が文章としての整列を開始する。

 空に縫い留められるように眼前に大きく展開したのは、ソロが最近したためるようになった活動報告書だ。

 他の魚影があちこちへと散っていく。

 それには見向きもせずに、青い視線が微動だにしない文字上を素早く滑る。

 黒光は黙して語る。




 報告者 ソロイスト

 執行者 ダリ


 2627年6月4日

 ソロイストが「転移」の呪いを持つ狗を落札。

 これによりマスターと狗の契約が成立。

 マスターには狗への命名の権利が与えられたが、前任からの変更を希望せず。

 狗は「ダリ」の名で活動を継続することが決した。

 (以上、自動手記による記録)



 2627年6月15日

 本日の任務は七件。

 ダリは復帰早々丸一日動きっぱなし。移動中の様子を見ている限り疲労は窺えない。

 任務中、私は安全地にて待機しているよう科戸から指示……助言? があったためそのようにした。

 私は移動だけでも疲労困憊である。彼に五回も置いて行かれた。迷子にならずに合流できたことが幸いである。足腰を鍛えなければならない。

 任務の詳細は個別にまとめ提出済み。



 2627年6月16日

 本日は任務には連れて行ってもらえなかった。

 家にて待機。

 昨日のダリの報告書を見返すなどしていた。

 体が重い気がする。思うように動けない。

 任務の詳細は個別にまとめ提出済み。



 2627年6月17日

 本日の任務は十三件。

 ダリは休憩をしない。食事は移動中に済ませているようだが、私は携帯食料の減り具合でしかそれを確認できていない。

 私は今日も移動だけで疲労困憊である。やはり置いて行かれた。七回。

 任務に同行したものの初日と同様に安全地にて待機。

 任務の詳細は個別にまとめ提出済み。



 2627年6月18日

 本日の任務は十五件。

 ダリの背中しか見ていない。

 私は生まれて初めて足が上がらなくなった。痺れというか、こういった痛みを経験することが初めてのため表現に悩んでしまうのだが、鈍痛がある。一歩一歩踏み締める度に脚全体に広がっていくような痛みだ。また、ブーツを脱ぐと足裏の皮が所々剝けていた。血も滲んでいる。舗装されていない道を長時間歩く経験が今までになかったためだろう。痛みは嫌だ。しかし新鮮だ。どのように治療したらいいのだろう。

 今日も安全地にて待機。

 任務の詳細は個別にまとめ提出済み。



 2627年6月19日

 本日の任務は……



 ダリと共に任務に赴くようになってから一週間。

「一件一件の任務の報告書は主に狗に記録してもらう。ソロは提出だけしてくれたらいいよ。その代わり、飼い主の方は一日を振り返って記録を付ける決まりになっているんだ。何を書いてもらってもいい。決まった形式もないし、日記だと思って自由に書いてね」

 科戸にそう言われ、簡潔だがこのように残してきた。この行為にどのような意味があるのかは甚だ疑問だが、自分で記した文章を見返すというのもなかなか面白いと思い始めているところだ。

 思い始めているが、如何せん中身がない。

 書くことがない。

 書くほどの出来事を体験していない。

 今の所一日の総括として足の痛みを訴えているだけなのだが、報告書としてこの体たらくは如何なものか。

 黒光の前でうんうん唸っていると。

 一つ。

 虚空にマッチの灯を思わせる真紅の光が誕生した。

 瞬時に魚へ姿を変えたそれは忙しなく体を震わせぐうるりと宙を舞う。ソロを見つけると、止まり木よろしく肩に着地しその身を休めた。

「早いっ」

 思わず口を衝いた驚きの言葉に「さすがだ」と胸中で付け加え、バングルに表示されている時刻を確認する。本任務開始からまだ三十分と経過していないというのに。

 ソロの人差し指よりも全長の小さな魚はダリからの報告書だ。

 ダリの持つタグとソロの持つバングルは支給品で、狗とその飼い主の通信や報告書の送受信、バイタルチェックなど様々な役割を果たしてくれる優れ物なのだという。

 使い始めて日も浅いためまだその高い利便性の全容を実感できているわけではないが、周辺地図の表示や経路案内機能が搭載されていることはソロにとって感謝でしかなかった。

 いそいそと、ダリとの合流ポイントへの経路案内を申請する。

 バングルを指先で撫でるのを合図に、空中遊泳を楽しんでいた魚たちを呼び寄せ小さなそれに仕舞い込んでいく。

「君も後でね」

 肩で休む生まれたばかりの紅も同様にバングルへと招いた。

 声をかけたのはなんとなくだ。

 最後にリュックを背負って、ソロは巨石の影から陽の下へと踏み出した。





 ダリは任務が一つ終わる毎に報告書をソロへ提出する。

 同時に次の任務地への移動を速やかに開始する。開始してしまう。

 この数日間で何度も「一緒に移動したいから待っていてほしい」とお願いしたものの、彼からは一切の応答がなかった。聴覚に障害があるのではとこちらが疑ってしまうほどに、両者の間に横たわるのは沈黙だけだった。

 表情も、黒髪に隠されてしまって二人きりになってからは窺う事すらできずにいる。互いが目の前に存在しているはずが、互いに存在を認識できていないような奇妙な空気感に戸惑いを隠すことができない。

 任務初日の段階でこのことを科戸に相談すると、通信に何故か斑の声が乱入してきてこう言い放った。

「お友達パワーでなんとかしろよ」

 ケタケタ笑うその声にソロの胸中で言い様のない怒りが燃え上がったことを、たった今先起こったことのように思い出すことができる。

 が、それに続いた科戸の言葉が脳裏を過ると、身も心もたちまちに冷却されてしまう。

「命令しなよ、ソロ。ダリは立場を弁えているだけさ。マスターとしての君の言葉を待っているんだ」

「そんなこと、ないっ」

 傾斜の低い岩場を下りながら、科戸に返せなかった言葉を口にする。

 身体を動かすことで手一杯になろうと、どれだけ呼吸が荒くなろうと、思うだけでは足りずどうしても音を与えたくなってしまったのだ。

 ”上”にいた頃は歩いたことのなかった道なき道を、慣れないトレッキングブーツを履いて歩くように。

 縁遠かった防弾チョッキをコート下に忍ばせて目的地を目指すように。

 不慣れなことは新鮮で、だからこそ馴染みもなく、当然うまくいかないものだ。

 ダリとの関わりも改めて始まったばかりである。距離感は共同生活の中で掴んでいく他ない。彼の気持ちは関りの中で知っていく他ないのだ。

 まだ、何もかもが始まったばかりなのだから。

 似たような思いを繰り返し脳内で反芻していると。

「あっ!?」

 足を降ろす場所を間違えた。

 岩の窪みに靴の半分ほどまでは必ず嵌めるようにしろと助言されていたにもかかわらず、爪先を引っ掛ける形で乗せてしまった。踏ん張りがきかず、気付いた時には崩れるように地面に落ちていた。

痛みに表情筋がぎゅっと縮こまる。身体のあちこちがじっくり焼かれているようだった。胴体に至っては単純に防弾チョッキが重い。

 高さがなかったため大した怪我ではないはずだが、それでもこんなに痛むものなのか。

 助言を授けてくれた斑に知られたら、間違いなく罵声を浴びせられる事態である。

 高笑いする女声を想像してしまい、先とは別の意味で眉間に皺が寄せられた。

 上体を起こし、立ち上がろうとして――上手くいかない。

 左足首に引きつるような痛みが生じた。それだけであれば我慢できないものではなかったが、加えて、今までは気を張ってなんとか耐えていた疲労や足裏の痛みがここに来て限界を迎えたらしい。意識してしまうと体がみるみるうちに重量を増し、地に沈んでいってしまいそうだった。

 ……早くダリを追わないと。

 小石の角に後頭部をぐりぐりされながら再度、四肢に力を込めようとした。

 その時。

「う、動くな」

 突如、震えを帯びた低い声音に命ぜられる。どこか自信なさげなそれに、ソロは一度目を瞬かせる。

 なんだか聞き覚えのある声だった。

 昨夜、意図的に耳にしたものと思われる。

 ごり。

 小石とは違う硬度の何かが頭頂部に押し当てられた。

 どうやら相手は横たわるソロの頭上にいるらしく、その姿を目視することはできない。ソロの視界を支配するのは右手に岩の小山、左手に生い茂る草木、中央に雲一つない青天井のみだ。

 けれど何の不安もない。

 否。

 たった今、何の不安もなくなった。

 大自然の中で過ごしていることは素晴らしい体験である上、姿も得物も分かっている相手――次の任務の標的が自分に接触してくれたことはむしろ好都合。僥倖でしかない。

 本日の任務を遂行するにあたって、事前に資料として監視カメラのデータを閲覧させてもらっていたことが役に立った。

 喜びを隠しきれずソロの表情が綻ぶ。

 「ふふふっ」と声を弾ませると、身体が揺れて標的の銃口に頭皮を数回つつかれた。

 未だ視認できずにいる標的が「なんだお前! 何を笑っている!」と上擦った声で騒ぎ立て、威嚇のためか、銃口をより強く押し当ててくる。彼の呼吸はやたらと速く浅かった。

 どういうわけか、ソロにはそれさえも面白く思えた。もしかすると、一気に緊張が緩んだことで笑いのツボが誤作動を起こしてしまったのかもしれない。

「いえ、すみません。安心してしまって」

 ソロが笑声の合間に伝えると、彼はまた大声で何か反応を示していた。「何を言っているんだ」や「お前を人質に」、「殺されたくなければ」といった言葉をかろうじて聞き取ったが、他は怯えた獣の咆哮としか捉えようがないものばかりだったように思う。

「なかま、が……俺の仲間をどうしたっ!? だれも通信にこた、こたえないなんてありえな――」

「あなたに心から感謝します」


 お陰で合流できました。


 ソロの視界に鮮血が舞った。



 とても久しぶりの更新で新章突入です。ここまで読んでいただきありがとうございます。

 筆ののるまま気の向くままに続きを書いていこうと思います。

 もう少ししたらイラストの更新もできたらと思います。

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