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12月30日の真実

01


 2020年12月30日

 ユニティア連邦首都、アシュトン

 インターネット放送局“ライズインフォ”


 年末にあわせて組まれた特別番組、“龍巣の雷神”は、視聴者の注目を集めていた。

 『今夜は、“デウス戦争”の当事者のコメントを通じて、あるエースパイロットの人物像に迫りたいと思います。

 “龍巣の雷神”

 アキツィア自衛空軍のパイロットとして、圧倒的な強さを持っていくつもの作戦を成功に導いた女性。

 しかし、その強さと戦果とは裏腹に、この人物の詳細はほとんど知られていませんでした。

 当時の空を飛んでいたパイロットの方々に、彼女のことをうかがいました』

 キャスターの言葉は短くまとめられ、“デウス戦争”の当事者のインタヴュー映像に切り替わる。

 マット・オブライアンが当時の関係者から聞いた肉声は、非常に生々しく戦争の様子を伝えていたのだ。

 戦場となった各地の映像を交えながら、インタヴューが流されていく。

 特に、当時のエースパイロットたちの生の声は、視聴者の耳目を捉えた。

 ロン・シュタインホフ、ナタリア・マンシュタイン、ゲオルグ・フラー、エドゥアルト・レーム、フェリクス・ベルクマン。

 デウス戦争を駆け抜けたかつての猛者たちが、当時の様子を語っていくのだ。

 今ではみな別の仕事をしていてパイロットであった面影がほとんどないのが、時間の流れを表していてむしろリアリティを感じた。


 だが、視聴者も、そしてライズインフォの幹部たちも首をかしげる。

 事前の予定通りであれば、この進行のペースでは二時間の番組が一時間で終わってしまう。

 「デスクのロッドマンはなにを考えている?」

 事前の企画書通りなら、これまでも何度も報道されたとおりの表向きの“デウス戦争”の概要が紹介されるだけのはずだ。

 だが、内容はどんどん歴史の真実へと踏み込んでいく。

 二年前のクリスマスイブに、二つの衛星がイノケンタスとフューリー空軍基地に落下したことが報道され始めるに及んで、幹部たちは騒然となった。

 「話が違うぞ!ロッドマン、どういうつもりだ?」

 取締役兼報道部長のコートニーが血相を変えてスタジオに怒鳴り込んでくる。

 「こうでもしなけりゃ報道できなかったろう?

 それがうちも含めて今のジャーナリズムの現実だ。

 そろそろ本業を全うしようじゃないか。真実を伝えるって役目をだ」

 悪びれることもなく反論するロッドマンに、コートニーは苦虫をかみつぶした顔になる。

 「自分が何をしてるのかわかってるのか!?

 番組は中止だ!残りは映画の放送に変更する」

 そう命じたコートニーは、制作スタッフたちに取り囲まれていた。

 一歩も引く気はない。番組は最後まで流す。

 彼らの目はそう言っていた。

 「それは聞けない話だな。

 一度流し始めた番組を中止したりすれば、信用に関わるぞ。

 それはまずいだろう?

 すでに二年前に政府の圧力に屈して、情報の隠蔽や歪曲に協力してるんだ。

 恥の上塗りは避けるべきだ。

 まあ、見てなよ」

 そう言ったロッドマンは、コートニーの胸に退職届が入った封筒を押しつけた。

 コートニーは、彼らを止めることはできないのを悟った。


 CMが終了し、番組は後半に入る。

 後半の最初の映像は、焼け野原となったブラウアイゼンの街の映像だった。

 『公式には、ブラウアイゼンはデウス軍の焦土作戦によって破壊されたことになっています。

 しかし、真実はもっと残酷でした。

 デウス公国の工業力を減じて継戦能力を奪いたい連合軍。

 そして、最大の工業地帯を連合軍に渡したくないデウス軍。

 双方による無差別攻撃が行われ、ブラウアイゼンは徹底的に破壊されたのです』

 マットが撮影した、血で汚れた変身ヒロインのグッズの映像が映される。

 それを見て、目を背ける視聴者もいた。

 こんなのは嘘だと、番組を途中で見ることをやめる者もいた。

 一方で、破壊された町の光景から目が離せなくなる人もいた。

 『これは、当時の通信記録です』

 ロッドマンの合図に応じて、ADが音声を流す。

 『接近中のユニティア軍航空隊。

 こちらはアキツィア空軍フレイヤ隊だ。

 橋と空港への攻撃は認めない。

 引き返せ。さもないと撃墜する!』

 『なにを言っている?俺たちは味方だぞ』

 『かまうな、はったりだ!予定通り攻撃開始する!』 

 『最後の警告だ!引き返せ、撃墜するぞ!脅しじゃない!』 

 『ふざけるな!ブラウアイゼンを徹底的に破壊するのが任務だ!』

 『よせ。やつら本気らしい。ここは引くぞ。

 だがフレイヤ隊、後でアキツィア防衛省と自衛軍に抗議するぞ。

 首洗って待ってろ!』

 無線での怒鳴りあいの内容は衝撃的だった。

 ユニティアのパイロットたちは、工業地帯の破壊とはなんの関係もないはずの空港や橋への攻撃を否定していない。

 一般人の巻き添えも意に介さない攻撃を行っていた、動かぬ証拠だった。

 その衝撃は大きかった。

 「申し訳ございません。番組の内容に関することはお応えしかねます」

 「番組の責任者と話したいとおっしゃられても…」

 「申し訳ありません、まだ放送中ですので…」

 ライズインフォのコールセンターには、問い合わせが殺到することになる。


 大統領官邸の執務室では、一人の男がパソコンとにらめっこになっていた。

 ユニティア連邦大統領、ジョナサン・マッコーレイである。

 この国の最高責任者は、しばらく考える顔になった後、携帯電話を取る。

 「デニーか。家族と過ごしているところかな?

 すまんが、緊急記者会見の用意をしてくれ。

 いや違う。

 番組が終わらないうちに、真実を明らかにしよう。

 人は信じたいように信じるものだ。

 これ以上隠し通せるものじゃない。

 当時のエースパイロットたちが口を揃えて証言しているんだからな」

 官邸報道官であり、20年来の友人でもある男にそう告げて、マッコーレイは携帯を置く。

 そして、改めてパソコンに向き直る。

 いっそせいせいした気分だった。

 デウス戦争は、前任の大統領の任期満了間近に起きた、彼にとっては負の遺産だった。

 当時マッコーレイは上院議長を務めていたが、政府の方針に引きずられる形で戦争の真実を隠蔽せざるを得なかった。

 陸軍の士官だった年の離れた弟は、デウス領内で核ミサイルの直撃を受けた。

 死体は今も見つかっていない。

 「国家の威信は、うそを重ねた先にはない。潮時だな」

 誰ともなくそうつぶやく。

 資源採掘に関するデウスとの国際協定を反故にして追いつめ、戦争へと向かわせた。

 そのあとは、“自由と正義の翼”をうまく利用してデウスの全てを奪い取る算段だった。

 ところが“自由と正義の翼”の目的は金や復讐ではなく、世界のリセットだった。

 正体を現した“自由と正義の翼”は、ユニティアの思惑を越えて行動し始めた。

 危うくユニティアも含めて、世界が崩壊する寸前だったのだ。

 そこを読み違えたことは、ごまかすべきではない。

 遅ればせながら、国民に対して真実を話すべきだ。

 それが弟に対する花向けにもなる。

 そう考えて、マッコーレイは記者会見用のスピーチを練り始めた。



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