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崩壊するカバーストーリー

02


 “龍巣の雷神”はいよいよ山場に入っていた。

 アンジェラ・モラレス、アウグスト・バロムスキー、ヘンリー・ニコルソン。

 当時の真実が、彼らの口から語られていく。

 『“自由と正義の翼”と呼ばれるこのテロリスト集団は、実は各国の政財界から組織的な支援を受けていました。

 各国の政府や企業、金融機関は目先の利益や目的のために危険な武力集団を利用していたのです。

 ですが、彼らは“自由と正義の翼”の目的を読み違えていました。 

 “自由と正義の翼”の最終目的。

 それは、歪んだ秩序を正すために、世界を一度滅ぼすことにあったのです』

 キャスターの言葉を受けて、レーザー衛星“レーヴァテイン”の写真が映し出される。

 『公式な記録では、デウス公国首都、エヴァンゲルブルグのクーデター鎮圧を持って戦闘は終了したはずでした。

 しかし、実際には厳重な報道管制のもとで戦闘は継続していたのです。

 イノケンタスとフューリー基地に落下した二つの衛星は、“自由と正義の翼”の戦線布告だったのです。

 ハーケン半島に立てこもった“自由と正義の翼”と、連合軍の戦闘はし烈を極めました。

 そして、ついに衛星“レーヴァテイン”の暴走が引き起こされたのです。臨界に達した四つの原子炉が投下されようとしていました』

 有無を言わさずに進行していく番組を指をくわえて見ながら、コートニーはふと違和感を覚えた。

 この番組の仕掛け人であり、一切の取材を担当していた立役者、マット・オブライアンの姿がどこにもない。

 まさか。

 『現在、最後の戦場となったハーケン半島と中継が繋がっています。

 現地のマット・オブライアン、聞こえますか?』

 コートニーはあまりの手際の良さに、賞賛の気持ちさえ覚えていた。

 一昨日は確かに姿を見かけたオブライアンが、よもやハーケン半島に飛んでいたとは。

 その場の生映像が報道されれば、番組にとっては最高の締めくくりとなるだろう。

 自分の立場を忘れて、コートニーはそう思っていた。


 デウス公国の北端、ハーケン半島は午後から雪が降り始めていた。

 だが、ライズインフォのスタッフたちは寒さに震えている余裕はなかった。

 派遣チームの責任者であるマット・オブライアンは特に。

 「こちらはハーケン半島、トゥール台地です。

 ここには無数の航空機の残骸が散乱しています。

 “自由と正義の翼”の存在と、半島での戦闘そのものがなかったこととされたため、撤去作業も行われなかったためです」

 撮影チームがマットの言葉に応じて、擱座した戦闘機の残骸にスポットライトをあて、撮影していく。

 全くの偶然だが、焼け焦げたF-35AJと、コックピットブロックだけになった生首のようなXF-3の残骸が並んで野ざらしになっている。

 まるで墓標を思わせる無残な姿だった。

 二機とも、キャノピーと座席が見当たらないのがせめてもの救いと言えただろう。

 「二年前の今日、連合軍は半島に総攻撃をかけました。

 無数に設置されていた衛星通信アンテナは全て破壊され、驚異は去ったかに見えました。

 しかし、“自由と正義の翼”に参加した“深紅の飛龍”が乗る試作最新鋭機の通信システムによって“レーヴァテイン”は逆噴射を開始しました。

 衛星の落下を阻止しようとする“龍巣の雷神”との間で、最後の一騎打ちが繰り広げられたのです。

 結果は“雷神”の勝利に終わり、衛星も大気圏突入前に自爆したのです」

 そこで、当時アマチュア天文家によって観測されながら隠蔽されていた、“レーヴァテイン”自爆の映像が流される。

 「これが、隠された歴史の真実。

 八発の核ミサイルが与えた衝撃は大きく、戦勝国たちは足並みを揃えて軍縮へと向かう。

 まるで、自らへの戒めのように。

 また、“自由と正義の翼”と“レーヴァテイン”の存在も隠蔽される。

 やがて、戦争の痕跡は人々の記憶から消える。

 あるいは、これも平和の一つの形なのかも知れない。

 “雷神”の消息もここで途絶える。

 だが、この戦争に関わった者たちの物語は、これで終わりではない」

 マットの解説が終わると、打ち合わせ通りにジョージ・ケインのインタヴューが流れ始める。

 彼の壮絶な人生と魂のこもったコメントは、最後を締めくくるにふさわしかった。

 ジョージの映像が終わると、シーンは再び切り替わる。

 “雷神”のパーソナルカラーであるソトアオに塗装されたF-15Jが、前照灯を照らしながら離陸していく記録映像。

 フューリー基地から借りてきたものだ。

 いよいよエンディングだ。

 苦労して行って来た取材の総決算でもある。

 マットは大きく深呼吸して、切り出す。

 「“龍巣の雷神”。

 あの“デウス戦争”を駆け抜け、畏怖と敬意の間を生き抜いた女傑。

 彼女はわずか数ヶ月の間だけ、この空に存在し、エースとして君臨していた。

 その後の消息は不明。

 今回、ついに彼女と合い、人物像に迫ることはできなかった。

 ただ、彼女の話をするとき、みな自然と笑顔になっていた。

 それが、私の探していた答えなのかも知れない」

 マットのコメントが終わり、エンディングテロップが流れ始める。

 「お疲れ様!」

 ライズインフォのスタッフたちの間に、歓声と拍手が上がる。

 「ありがとう、みんなのお陰だ」

 マットは、スタッフの一人一人と固く握手を交わしていた。

 “雷神”の取材を様々な困難を乗り越えて続けて来た。

 それが報われたことに、喜びを隠せなかったのだ。

 

 アシュトンのスタジオで番組の終了を見届けたピーター・ロッドマンは、こっそりとガッツポーズをしていた。

 かつて自分ができなかった歴史の真実の解明。それを、オブライアンという若造はやり遂げた。 

 ビールが飲みたい。帰ったら、オブライアンも奢ってやろう。

 そう思ったときだった。

 「大変なことをしてくれたな」

 厳しい口調のコートニーだったが、その表情はどこか晴れ晴れとして見えた。

 「真実は明らかになった。俺の仕事はここまでだ。

 後は好きにするがいい」

 開き直った様子のロッドマンに、コートニーは嘆息で答える。

 「こんなものでケリがつくと思うな」

 コートニーはロッドマンの退職届を破り捨てた。

 「ふ、懲戒解雇か、それとも、若いやつらの辞表まで要求するか?

 悪いがそうはいかない。

 組合を味方につけて抵抗してやる。

 裁判でも解雇の無効を争ってやるぜ」

 「勘違いするな。

 俺の退職届だよ。

 今回の責任は全て、お前の企画書のうそを見抜けなかった俺にある」

 コートニーは静かにロッドマンを制する。

 「お前さんの言うとおりだ。

 二年前俺たちは、政府の圧力に屈して真実をねじ曲げた。

 国益のためと言い訳して彼らのカバーストーリー作りの協力し、真実を伝えるという役目を放棄したんだ。

 もうジャーナリストとは呼べない。

 他のメディアも、今頃上を下への大騒ぎだろう。

 ユニティアの主要な新聞やテレビ、出版社のほとんどがグルだったんだからな」

 コートニーはそこで言葉を切り、一枚のA4の紙を差し出す。

 それは、いつの間に作成したのか、ロッドマンにあてたワープロ書きの株式の譲渡証明だった。

 「名義変更は早めにしておけよ。

 どうせ他の役員たちも、株主たちから引っ込めってやじられる。

 役員会も在庫一掃だろうからな」

 「あんた…」

 役員ばかりか、株主の立場さえ手放し消える。

 そう言っているコートニーに、ロッドマンは畏怖を覚えていた。

 「餞別だ。

 すまんな。

 君たちに大きな借金を残して消えることになる。

 だが、これからは君と若いやつらの時代だ。

 俺たちにはできなかったことをできると信じている」

 「勝手なことを…。

 だが、任されたぜ」

 コートニーとロッドマンは、固く握手を交わした。

 マット・オブライアンほどの熱意もタフさもなくとも、やはり彼らもまたジャーナリストだったのだ。


 “龍巣の雷神”の放送によって真実が公になったことで、ユニティア政府は“デウス戦争”に関する公式発表の偽りと、メディアに対する介入を認め、謝罪することとなる。

 あわせて、情報開示が行われ、“自由と正義の翼”や二つの衛星の落下、および“レーヴァテイン”に関する情報が大きく報道されることとなった。

 戦勝国に都合のいいカバーストーリーに隠されていた真相は、続々と公になっていく。

 ただひとつ、“龍巣の雷神”本人の消息を除いて。



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