“鷲”の娘
長老が一声かけるとその女性はすぐに入ってきた。男物の服を直して着ているらしい。その姿は勇ましくすらあった。
「ダンの部下だった人だそうだよ。ユウ、お前さんに話があるらしい」
彼女は火から離れたところに椅子を引き、座るやいなや口を開いた。
「やっぱり、そっか。あの皆に“可愛がられてる”人、だよね」
そして、ハワードをじっと見たかと思うと、ちょっと老けたかな、と言って笑った。老人に少したしなめられて黙ったが、ハワードが困った顔をしているのを見て、まだ小さく肩を震わせていた。
「君が、ダンさんの娘さん――だね?」
「ユウ。あなたが『Hawk』さんでしょ。偉くなったんだ」
へっ、と聞き返したハワードと、呆れ果てた顔の長に構わず、彼女は声を立てて笑った。確かにその顔はダン――『Eagle』に似ていると思ったが、年頃のせいだろうが、どう扱ったらいいのかわからない。ひとしきり笑うと、彼女はその笑顔のまま、ハワードに告げた。
「私は、この里を出ない。父さんみたいにはならないよ」
にっこりと笑った顔は、先程の少女のものではなかった。この里を守るパイロット、『Eagle』の娘のものだ。画面の上の鋭い軌跡を思い出す。いまだ困惑してこそあれ、表情を引き締めたハワードに、彼女は続ける。
「帰ってこないのが英雄なら、私は英雄なんかになりたくない。この里を、この生まれ育った場所を守っていたい。――そういうことでしょ? 『Hawk』さん」
彼女はじっとハワードを見つめた。戸惑うほどにまっすぐで、頑固な瞳だった。口にこそ出さなかったが、参ったな、と苦笑が顔に出る。だが、何故か妙に納得した。
「俺は、無理やり連れ出そうとは思ってない」
「でも、無理やりじゃなければ連れて行こうと思ってるんでしょ?」
それは、と言い掛けて諦めた。説得は不可能だろう。自然とこみ上げて、ハワードは笑った。
「なら、忠告として、一つだけ教えておく。君を撃ち落としたのは、まだ士官学校を出てすらいない、ウチの隊のヒヨッ子だ。これからもっと腕のいい奴が飛んでくる。どういうことかは、君が一番よくわかるだろう」
「脅かしてるの?」
いいや、とハワードは笑うが、彼女はもう笑っていなかった。
「俺が、まずその一人だからな」
そして、立ち上がって、さも面白そうに話を聞いていた老人に礼を言った。
「ギンジさん、そろそろ失礼します。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「なんだ、もう行くのか」
「部下に負傷した者がいましてね、連れて帰ります」
老人は送ろうと立ち上がったが、彼女はじっと机を見つめて椅子に座ったままだった。ドアノブに手をかけて、ハワードは彼女を振り返る。
「本当は頼みにきたんだ。今回はもう俺だけじゃあどうにもならない。この里も俺の故郷も、この国丸ごと守るには、翼が足りない。手を貸して欲しかった」
ドアを半分開いた時、彼女は立ち上がった。
「本当は、こんな田舎の小娘になんか頭下げたくないんでしょ」
ハワードは微笑んだ。
「半分は、だな。……基地はここから真西に百五十キロだ。俺の名前を出せば通れる」
そして、老人に一礼するとハワードは戸を閉めた。
里人の注視は続いていたが、帰るからだろうか。あまり気にはならなかった。気がつけば、雨も上がっている。改めて里を見回すと、そこを覆う山脈と岩壁の高さに驚いた。この狭い空が、あれほどの腕っ利き達を生んだのか。子供の声がして、ハワードはそちらを向いた。まだ幼い。戦後に生まれた子供だろうか。こちらに気がついたようなので手を振ってみたが、すぐに家のほうへと走っていってしまった。ハワードは苦笑する。時間は、確かに進んでいる。門を出て、里を振り返る。
「待ってるぞ――」
呟いた言葉は谷を吹く風にさらわれて、消えた。
ユウは椅子の上で膝を抱いていた。
「馬鹿にしてるよ。あれで出て行くと思ってるかな。……何にも知らないくせに」
交差した腕の間に顔をうずめ、ズボンの布地をぎゅっと握り締めた。少し火の傍にい過ぎたかもしれない。頬も額もじわじわと熱かった。
「ねぇ、ジジ様。どうしたらいいんだろう」
ユウはそのままの格好で意見を求めたが、しばらく経っても返事はなかった。
「ジジ様?」
顔を上げると、室内にはもうユウしかいなかった。そうか。皆に説明にいったのだ。ユウは立ち上がり、書架から革表紙の一冊を取り出して開いた。古い新聞記事が貼ってある。笑顔の父親が少し恨めしく見える。もう、父親の表情はそれしか思い出せなくなってきていた。そして、写真の中央に目をやって、またパタンとそれを閉じ、床に座り込む。
「本当に、どうしたらいいんだろ……」
ただ顔が火照るばかりだ。




