英雄と呼ばれる男
通り越していったストークを谷間に見送り、バスもそれを追って順調に進んでいた。砂の道が岩へと変わる。しばらくすると空は曇りだし、天井の穴から雫がたれて、雨が降ってきたことがわかった。ワイパーが塵交じりの水を脇へと掻き出して、せわしく動きだす。歓声の過ぎ去った車内は、初めよりもかえって静かだった。
雫をよけるように決まった場所に固まった訓練生たちも、雨の中の作業を思ったのか、気だるげな様子だ。トランプを片付けているライナーの他、ほとんどがおとなしく座っている。フリッツも例に漏れずそうしていたが、ふと思い出して隣のグランツの肩を叩いた。
「なぁ、さっきのストーク機の、えぇと……『Hawk』だったか。誰なんだ?」
グランツがぎょっとして振り返ったが、それ以外に聞こえた人間も皆驚いた顔でこちらを見ていた。
「お前……本当に『Hawk』を知らないのか?」
「知らねーや。上官なのは分かったけど、そんなに偉い人だったのか?」
バカ、と後ろから一つ殴られる。片腕を吊った状態のジャックスが、雨垂れを避けて隣に座る。とりあえずの応急処置は済んだらしいが、それ以上のことはここではできないだろう。
「あの人は、前の戦争の英雄だ」
「英雄? 『Eagle』じゃなくてか?」
今度は戻ってきたライナーに殴られそうになったが、それはとめてみせる。いくつもの呆れ顔に混じって、グランツが苦笑する。
「本当に『Eagle』しか知らないで来たんだな。……『虹色の地獄』は知ってるだろ」
フリッツは頷く。
「『Eagle』の消えたやつだ」
先の戦争の末期も末期、終戦宣言が為されたその日に起こったのが、史上最悪と呼ばれるポイントC12bの空戦、通称『虹色の地獄』だった。ポイントC12b――この砂漠の北東に、当時十以上あった国の戦闘機が大量に集まり、やり合って、墜ちた。祖国の御旗を翼に描き、砂の上に散らばった残骸は、あまりの鮮やかさに後の調査隊を絶句せしめたという。それが『虹色の地獄』たる所以だ。グランツは続ける。
「各国合わせて数百機、この国からも精鋭が数十機そこへ向かった。あの『Eagle』もだ。が、帰還したのはたった一機。――『Hawk』」
「それがさっきの」
「あぁ。俺たちには勿体ねぇような人だ」
ジャックスが言い、皆が頷く。外はまだ雨が降っていた。




