西の火
「また繰り返すのか。あの戦を覚えていながら」
「あえて言うなら、覚えているから、でしょうね」
老人は眉を上げた。
「アルベリアという国をご存知ですか?」
「大陸の西の地方を、昔はそう呼んどったの」
ハワードは頷き、続ける。
「12年前は西方諸国連邦として、参戦していました。それらと諸島部を併せ、この大陸の四分の一を占める国を為したのが、アルベリアです。十日前、軍部がクーデターを起こし、首都を占拠、政権を奪取しました。大統領には新しく軍元帥が就任、失政続きで不満の高まっていたせいでしょう。世論は開戦へと傾いています。……無血のクーデターと言われていますが、大統領をはじめ、各界の穏健派主要人物が騒動以降消息を絶っています。――アルベリア軍は、民族繁栄、大陸全土の統合を掲げ、12年前の雪辱を謳っています。皮肉ですが、民衆の支持は前政権よりはるかに高い」
「愚かなものだの。……して、お前さん達はどうするつもりだ。この里に何を求める」
「政府は国防の方針を固めました。あなた方には、陸軍連隊一つのこの里への駐留を認めていただきたい」
老人はまっすぐにハワードを見据えた。穏やかだが、それ以上に厳しい目だった。長として、幾年も経てきた目だ。老人は答える。
「この里はにくい場所にあるからの。国を守るためにはこの里が欲しかろう。…そうして防波堤となったこの里でどれだけの人間が死んだか、お前さんは知っておるか」
「知っています」
東部の死者数は、他の比でなかった。それはハワード自身、目の前で見たのだから。
「だからこそ、今度こそは守りたい」
老人は目を伏せて、首を振った。若いな、とでも言うかのようだった。
「国にどれだけの人間がおるのかは、わしは知らん。だが、この里の人間は全員知っておる。皆家族だ。もう一人も失いたくない」
沈黙が流れた。ハワードは深く息をついて、背もたれに寄りかかる。
「先程の部屋に集まった人々の中に、懐かしい顔がありました。……歓迎されるとは思っていませんでしたが。俺も、もう取り残されたくありません」
ハワードは立ち上がり、深く頭を下げた。
「お願いします。約束は必ず守ります」
老人はしばらく何も言わず、ハワードもその間ずっと頭を下げ続けた。この場所は物理的にも、精神的にも重要な拠点。失えば大きい。数分か経っただろうか。老人は静かに口を開いた。
「それなら、この里はお前さんたちを拒まんよ。わしの方から皆に話そう」
ハワードはパッと頭を上げ、礼を言ってまた深く下げた。
「あやつらに気に入られるわけよ。……約束したぞ」
老人はそうして笑い、また腰を下ろすように薦めた。椅子に手をかけた時、ハワードはここに来たもうひとつの理由を思い出した。ドアを振り返り、尋ねる。
「彼女と、話をさせてもらってもよろしいですか」
「あれが良いなら、わしは構わんよ。……あの娘が何者か、わかっておるようだ」
ハワードは頷いた。
「はい。今の俺にとって必要な人間です」
老人は苦笑し、彼女を呼ぶべく足元の杖を取る。
「こんな時で、お前さんが軍人でなければ、わぁっと喜んでやりたい言葉よ」




