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420通りの空  作者: かふぇいん
序章:鳥
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砂色の鷲(1)

 訓練生たちの驚きはもはや歓喜に近かった。その小さな機影は彼らにかつての英雄の姿を思い浮かばせる。礫(れき)の飛びかう中を、荒ぶ風を捉えて自由に飛ぶ“鳥”の姿。並の乗り手ではない。彼らの答えは一つだった。

「『Eagle』だ」

 誰かが声を殺し切れずにそう呟いた。訓練生が頭上を行くパッセルに歓声を上げる一方で、陸軍の引率兵たちによって編隊を組む三つのバスの間、または最寄りの基地への連絡がひっきりなしにとられている。騒ぐ訓練生たちに先輩は怒鳴る。

「落ち着け! たかだかパッセル一機じゃねぇか!」

「だだのパッセル機だからです! ……こんな空、本当ならあんなペラペラな機体飛べるわけないんです」

 強く言い返されて先輩兵は黙る。その間にも訓練生たちはバス上部へと出るハッチを見つけ、外へ上っている。我先、な状態の彼らを止めるすべはないだろう。フリッツが例に漏れずハッチから顔を出した時、ちょうど真上をそのパッセル機が通過していった。砂色のスーツ、偏光のゴーグル。

「『Eagle』って……男、だよな」

 呟いて固まっていると、下から急かされて外に押し出された。3両の装甲バスの上を、風の中で白布が舞うようにパッセルは旋回し、また正面から向かってくる。

「パッセルから信号灯! “帰れ”……だそうだ。おっと! 撃ってきやがった。御挨拶だな!」

 前進を続けるバスの行く手に、鉛の粒が砂柱をあげる。このままいて、砲火を浴びるわけにもいかず、訓練生達は出たときと同じ勢いでまた車内に引っ込んだ。タタタ、と霰が降るような音が中に響く。

「おい、前の奴ら、撃ってやがる! 許可は出てねぇんだぞ! ……くそ、第2班のチキン野郎め、何やってんだ!」

 運転席の兵が無線に向かって吠えている。いくら相手が攻撃したとあっても、軍が一般の航空機に銃を向けるなど、あってはならない。“平和的に”と銘打ってしまったなら尚更だ。ただ、あのパッセル機の機関銃がバスの甲板に点を残そうとも、こちらの弾はかすりもせず、砂嵐の中に消えてしまっているのだが。車内の誰もが言葉を失う中、無線に通信を示す電子音とノイズがはしり、助手席が俄かに畏まる。ガツッと音がして、その無線は車内へと切り替わる。

「あー、あー、ネクト砂漠を行く全車両、聞こえるか。……こちら『Hawk』」

 車内はどよめいた。おぉ、聞こえたな、と『Hawk』が応える。声の主を知らぬのはどうやらフリッツばかりらしく、他の訓練生だけでなく陸軍の引率兵までもが緊張しているようだった。尋ねようとして他の訓練生を小突いてみたが、黙ってろ、と言われて、仕方なくフリッツは『Hawk』が続けるのを待った。

「攻撃している隊はすぐに止めろ。最高速度で前進、里には入らず手前で待機。……あと5分で着く」

 運転席の兵は、すぐに了解、と応じたが、別の電子音が割り込んで、2班、と告げる。その音の後ろ側では車内のパニックが流れていた。

「こちら2班、未確認機からの攻撃熾烈! これ以上進めません!」

 フリッツの後ろで誰かが、あれだけやればな、と呟くのが聞こえた。この第3班の損傷が比較的軽微なのは、こちらから手を出していないからだろう。悲鳴の交じる第2班に『Hawk』は応える。

「進め。そのパッセルが傷でもつけてみろ、この俺が許さん。もともとそれほどの火力は積めないはずだ。 とにかく、全力で谷へ向かえ。そのパッセルの応対は俺がする」

 ひっくりそうな声で、2号車も了解を返した。キャタピラが唸りを上げ、砂煙を舞い上げる。車体はバウンドし、猛然と進みだす。“鳥”もそれに気付いたのか、攻撃の手が激しくなった。


 フリッツの手は助手席の無線を掴んでいた。

「……『recruit1(とある新兵)』から『Hawk』。あれは『Eagle』なのか?」

 先輩兵がフリッツの手から無線をもぎ取ろうとして、それは他の訓練生に止められた。フリッツのその問いは皆の代弁であったから、フリッツでなくとも、おそらく誰かが似たようなことをしただろう。暫時沈黙して『Hawk』は答える。

「違う。それだけは確かだ『recruit1』。ただ、それに値する人間だとは言っておく」

「…了解」

 それだけ小さく応えたフリッツはそこの窓からパッセル機を見やって、目を見開いた。パイロットのゴーグルが陽光に煌めく。まるでフロントガラスに飛び込むかのような角度で、あのパッセル機が滑空してくる。

「来るぞ! 中央を開けろ!」

 音を立てるほど鋭く、車体をかすめてパッセルが通過していった。そのライン沿いに鉛の雨を降らせて、また上昇する。ジャックスを呼ぶ声が上がる。天井を抜けた弾が当たったらしい。腕を押さえている。装甲の強度と敵の速度との関係を知って、パニックに陥りそうな車内を見回し、フリッツはまた無線を取った。

「『recruit1』から『Hawk』へ。至近距離からの砲火で負傷者が出た。一発でいい、攻撃許可を」

 もうフリッツを止めようとする者はいなかった。車内はシンと静まり返り、その答えを待つ。『Hawk』の返答が入る。

「砲撃は、許可できない。できる限り回避、谷へ向かえ」

 その言葉に少し、言うのを躊躇(ためら)ったような間があった。フリッツは窓の外のパッセル機を見やる。旋回はまだ低い。この静かな車内も、これからパニックに陥ることは容易だ。その空気を振り払うように淀みなく、フリッツは繰り返した。

「一撃でいい。翼とパイロットには当てない。機銃だけを打ち抜く。許可を」

「……粋がって言ってんなら承知しねぇぞ『recruit1』。曲がりなりにも民間機相手にしてんだ」

 低く応じたその声にも怯まずに、フリッツは言い返した。

「できないなら、言わない。約束する。やらせてくれ」

 前の車両が減速し始めている。この会話が聞こえているのかは知らないが、時間がないのは同様らしい。『Hawk』は静かに、渋々と思える時を待って、応えた。

「……攻撃を許可する。一撃のみだ、失敗は許さん。大口叩いたんだ、しっかりやれ」

「アイ、サー」

 通信は切れ、静けさがだけ残る。

そして、フリッツは振り返り、しっかりと頷いた。

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