模擬戦、3番空域
空に上がって見ると、確かに出た時よりは雲がちだったが、降るとしたらきっと随分先だろう。風は東より、やや強めだった。砂地の上は午前より荒れていそうだ。ただ、幸運なことに“これまでの不調”はどうやら自分のせいではなかったらしい。それはすぐ後ろについて、空域まで航行するピーターも気づいたらしく、近距離無線が入り、言う。
「変な機体だったんだって? やっぱり今までのは実力じゃなかったんだなぁ」
「まったく、そうらしいぜ。真剣に退役考えたんだぞ? あの野郎め」
苛立ちを込めてそう返すと、ピーターはからからと笑った。
「はっはっは、そうだよなぁ。俺ってばさ、もしかしたら俺も現勤務の人と同じくらいやれるんじゃないかって思ってたんだよ。まさかなぁ。さすがに技術はともかく、実戦に回されたらただでさえ小さい肝が縮んじまって動けないだろうし」
その話し口はおそらく彼の気質を表しているのだろう。のんびりとした調子でそう言って、ピーターは続ける。
「やっぱり実戦って怖いもんなんかなぁ。なぁ、フリッツ。フリッツは何とかっていう部隊にいたんだろ? 実戦ってどんななんだ?」
「あー、俺も任務にはついてたけど、“敵”と戦ったのは多くないんだよ。最初は哨戒任務の途中で、遭遇したときだったか。上官にくっ付いて飛ばされて、ろくに何かした覚えもない」
へぇ、と相槌を打つのが聞こえて、フリッツは応える。
「それに関しちゃ、俺もお前らと変わんねぇよ。ただ、飛行時間は多いけどな」
そう笑うと、ピーターも応えて笑った。
空域につくと、二人はお互いに距離を取り、空域で出来る限りの広さに周回する。そして、お互いに合図すると、揃って上官機と基地に無線を入れた。
「7番機、フリッツ=スナイプ、3番空域に到着、待機中」
「5番機、ピーター=ジェイ、同じく到着、模擬戦許可を求める」
しばらくして、基地の管制からの声が返ってくる。
「3番空域の2機、了解、交戦を許可する」
一番遠いこの空域に許可が出たのだから、おそらく他の空域はもう始めているだろう。了解、と返し、近距離無線でピーターに通信を入れる。
「10秒前から。カウント頼む」
「オーケイ。……10秒前、9、8……」
キャノピーの向こうに、5番機の姿を確かめながら、ピーターのカウントダウンを聞く。1、と数えた声の後、0までの間の無限の空白に、そちらへと機首を向ける。雲の下、砂塵との間で、火のない戦いが始まった。
いくつも呼吸をする間なくすれ違い、すぐに互いの姿を追って、翼を返す。見える翼は味方ではない、敵だ。死にようのない武装を用いて、落とすべき相手。フリッツは息をつき、過去に“敵”と対した時の緊張感で意識を覆う。機体が言うことを聞くのなら、あとはこちらの技量だけが勝敗を決するのだ。
模擬戦で、その上に新兵とはいえ、5番機の機動はフリッツにとっては比較的緩い。こちらに向き合おうとする軌道を読み、ひねりこむようにして左後方に付ける。充分届く距離であるのを確認して機銃を放つ。機銃替わりのレーザーが照射され、僅かに遅れて“Hit”と判定が出る。当たり、の判定ではあるが、撃墜には至らず、ということだ。ブレイクした5番を追って、気を緩める間もなく、フリッツは地上を上にして旋回した。
機銃を当てた直後、すぐに5番の機動に変化があった。きっとようやく緊張が行動に追いついて来たのだろう。一瞬、背後に5番機を見失うと同時にミサイルアラートが鳴り響いた。意識の中を割り込むように電子音が響き、フリッツは見失った影を辿る。
(どこだ……)
後ろ上方に機影はない。下方か、と気がついたのが遅かった。回避行動を取ったが、ピッ、と“Guns hit”の表示が出る。被弾数、箇所を見て、ダメージが軽微なのを確かめる。下は午前で味わった以上の荒れる砂風、下りないだろうと思ったのが、浅はかだったか。斜めに抜けるように5番機が上昇し、フリッツは更に前に出るように加速する。
追ってくる5番機を確かめて、フリッツは機体を横に滑らせた。筒の中を滑るように機体を回転させ、その中心を加速してきた5番機が突き抜ける。上下反転し、僅かに減速したフリッツはすぐ後ろに付ける。ミサイルには近すぎるし、この距離なら機銃が届く。5番の回避しようとする動き、向きを見て、フリッツは引き金を引いた。瞬く間の、妙に長い時間のあと、ピピッ、と電子音がなる。
“Target destroyed”敵機撃破の印が出て、戦闘終了を告げる、長めのアラームがなり、フリッツはスイッチの安全装置を戻した。
「うっし!」
短く勝利を喜んだあと、いくつかの反省を頭の中に浮かべて、息をついた。仕上がりはまずまず。終了の報告をしたら、上官機の指示が出るだろう。
*ブレイク……敵機を振り切るための急旋回。回避行動。
書きためたぶんが終了しましたので、不定期(間隔長め)の更新となります。




