くじ引き
ロッカールームを飛び出し、装備を確認すると、ハンガー脇の搭乗員待合室を駆け抜ける。ホワイトボードはすでに教官を含む他のメンバーがハンガーに出たことを示していた。それを目の端で捉えて、フリッツは苦い顔をすると、さらに足を速めた。外は少し風が出てきていた。
「やっと来た! ほら急いで!」
扉を開けたところでユウが待っていた。
「わざわざ待ってたのか?」
「あの機体に乗りたいって言ったでしょ。一番最後じゃないと乗れないんだから、君が来ないとどうにもならないんだから」
背を押されて、つんのめるようにフリッツはハンガーに駆けこんだ。そして、その後ろにさも今遅れてきたような顔をして、ユウが続く。
「なんだ、またお前が最後かと思ったんだがな」
パイロット達の集まりの向こうから、教官――ハワードの声が飛んできた。チームメイト達も意外そうな顔をしてこっちを見ていたが、ユウが澄ました顔でさっと輪に加わったので、ハワードがすぐに整列をかけた。ハワードは全員の姿を確認すると、声を張る。
「休憩前にも言ったが、模擬戦をやる。使ったことのある奴もいるだろうが、模擬戦用の機器の使い方は、この後スウィフト特務中尉から説明がある。きっちり聞いておけ。今回組む相手だが、くじを持ってきた、同じ数字を引いた奴と組め。4組できるはずだ。引いたら、相手を確認しろ」
菓子の空き箱に折りたたまれた紙が入っていて、全員がほぼ同時にその紙を取ってそれぞれ広げた。集まってざわつく中で、フリッツはハワードに近づき、アンタはやらないのか? と尋ねたが、ハワードは意味ありげに笑うだけだった。
「何番だった?」
ユウに尋ねられて、フリッツはくじを見せて言う。
「3。ユウは?」
「4なんだけど、一緒じゃないんだね、残念」
そう言って、ユウは同じナンバーを探して声を上げた。その声に応じて、ライナーが手を上げる。なるほど、ユウの相手はライナーらしい。確かに、フリッツ自身も彼女と闘えないのは惜しいと思った。またこういう機会でもあれば別だが、仲間の技術なんてあとは撃墜数くらいで競いようがないだろう。それでも、撃墜数と純粋な技術はイコールではないから、やはり数では比べられないのだ。
「3の奴、いるか?」
フリッツはくじを差し上げて、辺りを見回した。
「あ、俺だよ!」
のんびりとした声に振り向くと、日に焼けた顔をした奴が同じようにくじを上げて、こちらに駆け寄ってきた。
「フリッツか! なぁ、俺の名前わかるか?」
「悪い、人の名前覚えんの苦手なんだ」
もう一週間だぞ、と残念そうな顔をしながら、日焼け顔はピーター、と名乗った。ピーターは続けて自己紹介をしようとしたが、後ろから別の声がそれを遮る。いつもの三人組の2人のようだった。
「呼ぶ時は、その上にバカってつけてな」
からかうように笑うその声に、ピーターはうるさい! と怒鳴ったが、うるさくなってきたのを見たからだろう、ハワードが再び整列をかけて、皆は静かになった。それ以上のことは聞けなかったが、整列する前にピーターが小さな声で、楽しみにしてたんだ、と言うのが聞こえた。静かになったその場に、ハワードがまた話し始める。
「もたもたするな、小学校じゃないんだぞ。……離陸したら、上空で相手が来るまで待機。揃ったら報告しろ、制限を解除する。その後、くじの番号と同じ練習空域に移動しろ。まぁ、厳密にその中には縛りはしないが、他の奴らとぶつかるなよ、俺は事故処理なんて御免だ」
その後、あの整備長が機器の説明を始めた。模擬戦闘は、実弾を使わず、レーザーポインタのような機器を使う。光の当たった秒数、距離、角度、その間の行動などから、被弾の判定が行われる。練習空域は基地のレーダー内にあるため、すべての記録が一度基地に送られ、教官機を通じて、勝敗の結果を出すらしい。それらの機器の説明がまとめて正確に、だが、短時間で説明があったあと、皆はそれぞれ離陸の準備に取り掛かった。
フリッツの離陸は後ろから2番目、否、正確には上官機を含めて、3番目だったから、それまで少し時間があった。背負ったパラシュートの調子をみながら、横にチラリと目をやると、ユウとハワードが何か話していた。時々機体を見上げながらの会話だから、ユウが乗る機体について『Eagle』がらみの話でもしているのだろう。整備長は、あの強いクセのある機体もユウならば大丈夫だと言っていたが、その表情から見るにハワードも同じように思っているようだった。フリッツは不安を通り越して、心配だったが、彼女自身は少しも心配していないように見えた。血筋で空が飛べるわけじゃなかろうに。ほんの少しだけ面白くないような気分で、自分の番を待った。
離陸の順番が来て、ヘルメットを抱え、自機の傍に駆け寄る。そういえば、自分もあの機体以外は初めてだ。これでもし調子が午前のままなら、笑い話にもならない。機体の調子と自分の腕に祈りながら、フリッツはハッチへのはしごを上り、コックピットに収まった。
「フリッツ君!」
下からユウの声がして、フリッツは視線だけ送る。閉まりかけていたキャノピーに向かって、ユウは声を張る。
「きっと雨、降るよ。気をつけて」
その言葉のあと、キャノピーは完全に閉まった。見てみたが、空は良く晴れている。雨が降るとはとても思えなかったが、フリッツは手だけ振って、わかった、とそれに応えた。離陸すると、ピーターがすぐ後ろについて、短距離無線を繋げてきた。
「お手柔らかに頼むよ」
「こちらこそな、ピーター。まだこっちの空気に馴染めないんだ」
笑い声だけが返ってきて、二人は基地からの制限解除を待った。2人が向かうのは、練習空域の中でも一番北、3番の空域だ。




