鷲の子
フリッツが兵舎の食堂に着いたころには、先に食べ終わったのか他の隊員はいなかった。数人、通信か事務の人間がいたが、それもフリッツがプレートを持って、テーブルについたころにはもういなくなってしまった。皆休憩室だろうか。
休憩室の写真は、新人の間でちょっとした評判になっていて、今の自分たちより若い『Hawk』の姿を見て、何やかやと話すのが新人たちの間でちょっとした楽しみになっているのだ。どうしたら十年であんなに嫌味な感じになるのだろうかと思ったが、自分たちと同じような『Hawk』に感動している皆の前では、口に出すことができなかった。
「隣、いい?」
答える前に、ユウはプレートを持って、既に隣の椅子を引いていた。皿の上に山盛りの料理が載っている。
「……結構食べるんだな」
「そう? 里ではもうちょっと食べてたけど、飛ぶからこれでも減らしてあるんだよ」
苦笑してみせたが、気にする様子はなくユウは食べ始めた。しばらくして、お互いの皿が粗方空になった頃、ユウが尋ねてきた。
「ブルメアには、海があるんだよね?」
「ああ、海洋国家って言われるくらいだしな、主だった町はみんな海沿いにある」
それを聞いたユウがスプーンを置いて、呟く。
「見てみたいな、海」
「見たことないのか? ああ、まぁ、この国には海がないからな」
頷いたユウに応えて、フリッツは話す。
「戦争始まったら、案外すぐに見られるのかもしれないけどな」
「んー、そういうのじゃなくて、ちゃんとゆっくり見られたらいいんだけど」
そう言って、残った物を平らげて、ユウはふう、と息をついた。
「じゃあ、休暇でもあったら、みんなで行こうぜ。俺が案内してやるからさ」
「いいね、じゃあ、期待してる。ありがとう」
ユウはまたあの顔でにっこりと笑う。
「ごちそうさま。……じゃあ、私は準備するから先に行くよ。遅れないでね」
そう言って彼女は立ち上がり、プレートを片付けに行った。準備、と言われて時計を見れば、こちらもゆっくりしてはいられない。遅れれば、またあの機体に乗ることになるだろうし、あの野郎にまた嫌みを言われるだろう。水で流すように、最後の一口を押しこむと、フリッツも立ち上がる。
「まだ食べてたのか、フリッツ!」
グランツが、見かけないのを心配して、迎えに来たようだった。ユウの姿はもう遠い。グランツは、片づけを手伝いながら、急ぐように言う。
「お前、『Eaglet』口説くのもいいけど、いい加減にしないと、どっかで墜ちるぞ」
「わかってるって!」
グランツに急かされて、フリッツはロッカールームでバタバタと支度をする。そこで、ふと、さっきの思い返して、グランツに尋ねた。
「そういや『Eaglet』って? 『仔鷲』ってユウのことか?」
フライトスーツに着替え終えたグランツは、それを聞いてまた呆れたような顔をする。こっちの下がったままのスーツのファスナーを見て、手を止めるな、と言いながら、グランツは答える。
「またお前、話聞いてなかったんだな。名前見て気付かなかったか?」
「だから、なんだって」
「ユウ=オーリオル。先の英雄、ダン=オーリオルの――『Eagle』の実の娘だそうだ」
ほら急げ、と言い残して、グランツは先に言ってしまった。止まるなと言われながらも、ただ呆然としているフリッツだけがそこに残る。
「マジかよ……」
しばらくして呟いたものの、答える人も時間もないのだった。




