訓練飛行(1)
セント・ルース空軍基地の東方50キロメートルの地点を中心に、四方20キロメートルの空域は、当基地の訓練空域だった。今、その空を飛んでいるのは、10機あまりのアンセルだ。一機のアンセルが遥か上空をゆっくりと旋回し、残りの機は地面とその一機とのちょうど真ん中の高度を無尽に飛んでいる。上の機体はハワードの乗る上官機、下を飛び回るのは入隊数日のヒヨッ子達だった。無線は絶え間なく鳴っている。
「8番……フリッツ、お前だ。ふらついてるぞ、パフォーマンスか」
《っと、違ぇ……違うであります、隊長殿! なんだこの機体、調整おかしいんじゃねぇのか》
「うちの整備士に間違いはない」
そう言い切って、ハワードはすぐに、別の機体を見つけて声を張る。
「3、4、5番、近づきすぎだ。じゃれ合うのは地上にしろ」
きっちり横一列に並んで、連番の三機が翼も触れんばかりの距離を飛んでいる。
《いやぁ、俺もそう思ってるンすけどね。ほらみろ、リー、ピーター、散開だってよ》
4番のパイロットが応答して、それに3番が答える。
《じゃあ、エディ、3、2、1で、お前が右な。俺は左行くわ》
《えー! じゃあ、俺はどっちに行けばいいんだよぉ》
《正面でいいんだよ、ばかピーター》
5番の機体が泣くような声を出し、他の2機がすぐさま応える。その後も何かとつかず離れず、訓練空域を3機で飛んでいた。編隊飛行というよりも息の合った漫才に思える。さらに見回すと、かなりのスピードを出した機体が目に入る。
「2番、あまり速度をあげるな、機体に負荷がかかる。燃料も開戦まで節約しろ」
うーす、と低く返事が聞こえて、わずかばかりに速度が落ちる。続けて、比較的よく飛んでいたように見える1番から無線が入る。
《隊長、おれも上に行っていいですか。砂漠からの風が辛くて》
「その風に耐えられなければ、セント・ルースでやっていけないぞ、ライナー」
沈黙ばかりが返ってきて、ハワードは続ける。
「よく飛べている。しっかりやれ」
《ありがとうございます》
返事は聞こえたが、精一杯の声色だった。ハワードは続けて他の機体を見回す。とりあえず、おおよそ大丈夫だろう。
砂漠の風は東方の峰々からの吹き下ろしと砂塵を含んだ旋風とで荒れ、慣れないパイロットには、乗ってきた機体がまるで乗り手を裏切るかのように感じられる。高度を取ればその辛さは軽減するが、どの高度にあっても飛べなければ実戦での死傷率に関わってくる。金属でできているといってもアンセルは軽い。音の速さに並ぶ推進力を持つエンジンの力があったとしても、風の影響は少なからず出る。『ネクト砂漠のパッセル機』が騒ぎになったのも、その砂漠独特の風ゆえだ。
そのパッセル機の乗り手も今、ハワードの遥か下を他のパイロット達と同じように飛んでいる。7番の機体を見やって、ひとまずの安堵を感じた。砂嵐と岩壁に閉ざされた里からやってきた娘。組隊の後、民間からの徴用というのもあって、ハワードは彼女にだけ訓練を追加した。飛行技術のためではない。それだけいえば、アカデミー卒の他の者と比べてもなんら遜色ない。否、生得的に学んだものなのか、感覚的なものは現役の兵以上と言えるだろう。しかし、パイロットとして優秀でも、戦火の中で飛ぶには、何よりも軍人たらねばならない。一人の人間が軍人になる。口にしてしまえば容易い。しかし、戦いに多くを奪われて、何よりも戦いを拒んできた少女が、他国へ向ける刃の切っ先になりうるのか。可能性の話をしてもどうにもならない。彼女がそうならなければ、ハワードがそうしなければならないのだ。
(時間が足りない)
ハワードはため息をついた。日増しに悪くなっていく情勢に、彼女や彼らの力を追いつかせなければ。
「……時間だな」
ハワードは時計を見て呟く。午前の訓練は終了だ。一旦基地に戻り、午後の訓練まで休ませた方がいいだろう。その間に、自分はまた訓練の内容を練り直さなければいけない。1日でのむ煙草の量が増えている。苛々しているのは自分でも分かっていた。こうしている間にも、開戦の宣言が為されてしまいそうで、気が急くのだ。基地には先輩兵で組まれた他の隊があるため、新人たちはスクランブルに組み込まれていない。だが、戦時となればベテランも新人もない。ハワードは無線を入れ、全機に呼びかける。
「午前の教練は終わりだ、全機すぐに俺のいる高度まで上がって来い。揃い次第帰還する」
返事もまばらに、それぞれの機体がゆるやかに上昇する。ハワードは翼に書かれたそれぞれの番号を確認しながら、息をつく。上官とは部下を死なせないためにいるのだと、あの英雄は言った。これは今、自分に立てた誓いでもある。このプレッシャーが相当なことも、直に見て知っている。始まる前から、自分が呑まれているようでは困る。同じ高度に見つけられなかった番号を、下の方に確認してハワードは再び無線を入れた。
「7番、8番――フリッツとユウ、すぐに上昇しろ。何か異常があるか」
返事をまたず、ハワードは機首を下げる。他の機に待機命令を出し、ハワードは砂塵の舞う下方へと向かった。




