鳥は揃って
真新しい制服、制帽で身を包んだ訓練生たちは、卒業パーティーの酔いも醒めぬまま、この配属地のブリーフィングルームに集められていた。上官が来る時間にはまだ少し会って、室内は騒がしかった。だが、無理もない。今は何よりも胸の徽章が誇らしかった。セント・ルースのエンブレムは鷲。その輪から少し離れたところで、童顔の青年が一人、窓辺の椅子に座り、辺りを見回していた。
「あいつを捜してるのか、ライナー」
ジャックスが二人分の紙コップのコーヒーを手に隣へ来た。うん、と返事をして、ライナーは閉じたままのドアを見つめる。あの砂漠の行軍の後、卒業まで一週間ほどアカデミーにいたが、『ネクト砂漠のrecruit1』の話は瞬く間に学校中に広がっていった。ライナーが耳にした時にはだいぶ尾ひれがついていたが、肝心のところはほぼ正確に回っていた。入隊前にして上官に意見した男の出自のこと、その上官が『Hawk』だったこと、そして、突如現れた『Eagle』らしき機体のこと。これから始まる戦争を思えば、噂せずにはいられなかったのだろう。
「全体式でも見つからなくてさ。あいつがここにいればもっと嬉しいんだけどなぁ」
「あぁ。譴責がどうの、とか言ってたからな」
二人は溜め息をついた。その存在は新人たちの士気にも影響するだろう。騒いでいても、戦争に不安を覚えない人間はいないのだから。
「あいつは来るよ」
そう言ったのは、グランツだった。浮かべる笑みは確信に満ちていて、二人の顔もこの情報通の言葉に明るくなる。ほら、とグランツがドアを振り返ると、まるで申し合わせたかのようなタイミングでドアは開いた。噂をすれば、だった。
「フリッツ!」
そこには同じ制服に、制帽を小脇に挟んだ、『recruit1』がいた。
不意に名前を呼ばれて、フリッツは眺めていた入隊規約から顔を上げた。やっと見つけたブリーフィングルームの窓際に、見覚えのある三人がいる。向こうが腰を上げたのを見て、フリッツもそこに走りよる。
「国籍、取れたんだな! 来ないかと思ったよ」
ライナーが満面の笑みを浮かべてそう言った。見渡すと、部屋にいたほかの面々にも覚えがある。部屋の中央まで来る頃には周りを囲まれていた。ジャックスの傷は治ったようで、怪我した方の腕でガッと抱え込まれて、思わずよろけてしまう。あの撃墜以来の手荒い歓迎だった。
「なぁ、フリッツ。譴責あったんだよな。『Hawk』に会えたか?」
「……いや、会えなかった。譴責自体、なかったんだ。……会わなかったんだけどな」
フリッツの顔が不機嫌そうに曇る。
「本当なら、もっと時間がかかるはずだったんだ。国籍取るにも、まずここに配属になるにも。……あの野郎、上に口利きやがった。鶴の一声、だよ」
「……それって、すげぇラッキーじゃねぇのか?」
そりゃそうだけど、とフリッツは黙る。それを代弁して、グランツが言う。
「自力でどうにかしたかった、これじゃ何か卑怯な感じだ、ってことだろう?」
「あぁ。会ったら絶対文句言ってやる」
「――ほう。こっちは礼を言われるもんだと思ってたんだがな」
無線以来の声がして、全員が全員振り返った。胸の徽章こそ同じだったが、その上についた勲章の数が、その人物を明らかにする。皆の背筋がものさしを当てたように伸びる。咄嗟に敬礼した人間もいるくらいだった。ただ、フリッツだけはその男の目を睨んで、逸らさない。この男が上官――ハワード・A=W・ケストレル大佐その人だった。
「ヒヨッ子共、さっさと席に着いとけ。ここの基地司令官は俺より融通がきかねぇぞ」
バタバタと席についた新人たちは、前の方に並べられた椅子にハワードが向かうのを、まるで竜でも行くかのように見つめていた。そして、その足は、仏頂面をして隅の椅子に座るフリッツの前で止まる。
「俺に文句があるなら、言えるだけの実力を見せるんだな。――英雄になってみせろ」
フリッツは視線も合わさず、小さく舌打ちをしたが、ハワードは僅かに笑っただけで、別に意に介さないようだった。敗北感がしてフリッツは尚更機嫌が悪かった。
「あんたはもう英雄だからいいよな」
口の中でそう呟いたが、それも聞こえていそうで気に入らなかった。
予定の時刻から数分経ったが、基地司令官は現れなかった。新人たちはヒソヒソとざわつきだしたが、ハワードにはいつものことであるらしい。立ち上がって、基地司令官が挨拶する予定だった机まで出てくると、ハワードは緊張の解けない新人たちを見渡した。
「逃げやがったな。あー、我らが基地司令官殿が来ないもんで、先に挨拶させてもらう。名前はもう知ってると思うが、俺は自分の名前が嫌いでな。そうだな。隊長、かどうしても呼べないなら大佐、でいい。なんならコードでも構わない。……今日はこの後歓迎会と称して緊張ほぐしを兼ねた一杯を振る舞う予定――」
立ち上がらんばかりの食いつきを見せて、新人たちはどよめいた。
「――だったんだが。この情勢なんでな。飲み分は、全部お前らの相棒に回してある。これからバンバン飛ぶことになるぞ。死にたくなけりゃあ、ついてこい」
嘆声が部屋の中に満ちて、ハワードばかりが笑った。そして、続けて言う。
「それとだ。制服は、これが終わったら防虫剤つけてしまっとけ。終戦まで、もう着れないからな」
空気がうんざりとどんよりを半分ずつ合わせたような色に染まる。が、最初に見せたほどの緊張はもうなくなっていた。ここから、彼らを生き残れるだけの猛者に鍛えねばならない。
かなりの勢いでドアが開き、室内の視線がすべてそちらに向いた。基地司令官かとも思われたが、どうやら違うようだった。敬礼をしながら、その通信兵は声を張る。
「報告します! 当基地に向かって、アンノウンが一機! 非常に低空のため発見が遅れましたが――ネクト砂漠のパッセル機ではないかと」
新人たちは、それぞれに顔を見合わせた。皆の脳裏によぎるのは、あのあまりに鋭い軌道。噂の三者最後の一人。ハワードは応える。
「そのまま滑走路に誘導、パイロットはここへ連れてきてくれ」
「しかし……」
躊躇う通信兵にハワードは頷いてみせる。
「構わない。そいつは味方だ。――上へなら俺が話をつけた」
再び敬礼して了解の意を示すと、その兵士は急いで駆けていった。ハワードは新人たちの方へ向き直る。気付けば、飲み分の話以上の視線が注いでいた。
「これから来る奴を含めて、ここにいる人間で隊を形成する。ドがつくような新人ばかりで涙が出そうだがな。全員で生き残るぞ。そうしたら、今度こそぶっ潰れるまで飲ませてやる」
「はい!」
返事の声高く、敬礼の音が室内に響く。
開戦は目前に迫っていた。




