決断
その騒ぎの前日。ユウは自室で、荷物を整理していた。あの男が来てから数日、考え抜いての決断だった。考える間は、ずっと空を眺めていた。外はここよりもっと広い空が広がっているのだろう。本当は今もまだ、外も空も少し怖い。ただ、それを上回る何かが、自分をここから連れ出そうとしている。そして、それに呑まれてしまうのもなんだか悪くないと思うのだ。
「ユウ姉ちゃん!」
ユウは顔を上げた。ノックもなしに開けられたドアの所には、六、七人の子供が集まっていた。そして、それぞれに不安そうな顔をしながら、ユウの周りを取り囲む。
「どっかいっちゃうの? とおく?」
うん、と頷いて、ユウはその子供の頭を撫でた。
「ちょっと遠いかな。しばらくお出かけ」
おでかけ、と聞いて、その子はぎゅっと抱きついてくる。
「姉ちゃんは、ここが嫌いだから出て行くのか」
少し年長の男の子が続けて尋ねる。
「ううん。里も、ダイやみんなも大好きだよ」
「あの軍人さんに、おどかされたから行くの?」
さらに少し上の女の子が尋ねる。大きい子は大体のことを察しているのだろう。
「うーん、そうかも。あ、違うかな。お願いされたの。来て欲しいって」
「それって、こくはく?」
女の子たちが目配せしあって、くすくす笑う。首を横に振りながらもユウも笑う。
「姉ちゃん、また戻ってくる?」
子供たちの視線が集中する。ユウは微笑み、力強く頷いた。
「大丈夫。ちゃあんと帰ってくるから」
子供たちはホッとしたように笑った。
「見つけた!」
またドアの方で声がして、子供たちはハッとして振り返る。子供の面倒を見ていたユウの次に年長の少女だ。この少女と、もう一人同い年の少女がいつもパッセルを出すのを手伝ってくれる。少女は口を尖らせて言う。
「家の中に隠れるのは禁止っていったでしょ! かくれんぼやり直し! また私が鬼やるから」
子供たちはわぁっと外に駆け出していった。そして、ひとつ息をつくと、ユウの方を振り返り、まとめられた荷物を見た。
「ユウ姉ちゃん、やっぱり行っちゃうんだ」
「うん。みんなをよろしくね、ハル」
わかった、と少女は頷く。そして、ユウを見つめ、躊躇いがちに言う。
「軍に行ったら、人を殺さなきゃいけないんだよね。ユウ姉ちゃんも」
ユウははっきり答えず、ただすまなさそうに笑った。少女も黙って部屋を出ようとして、ふとドアのところで立ち止まる。
「ユウ姉ちゃんは、みんなの姉ちゃんなんだからね」
それだけ言うと少女は走っていった。その背には、ありがとう、とも、ごめんね、とも言いかねた。ただただ、じっと自分の荷物を見つめるしかなかった。
「ユウちゃん」
呼びかけられて、ユウは顔を上げた。おばさんだ。両親を亡くしたユウの母親代わりとなってくれた人。この人の旦那さんも十二年前の戦争で亡くなっている。結婚したばかりだというのに、ユウの父親を追いかけて出て行ったらしい。なのに、今までずっと親身になって、ユウを世話してくれた。
「足りないものはない?」
ユウは辺りを見回して、首を振った。
「ねぇ、おばさん。黙って出て行ったら、みんな、怒るかな」
おばさんは部屋に入って、ベッドの上に腰掛けると、そりゃあねぇ、と言った。
「でも、女衆はみんなわかってたね。ユウちゃんはいつかこの里から出て行くだろうって。第一、この里の男と所帯持つあんたは想像できないよ」
おばさんは笑う。
「黙って出て行きたいなら、そうしなよ。男共はワァワァ言うだろうけどね。そんなのおばさんがみんな尻引っ叩いて、黙らせるやるから。いつ出るの?」
「明日の夜明けには、出ようかなって。鳥なら、一人でも出せるから」
明日、と繰り返すとおばさんは立ち上がった。
「早い方がいいからねぇ。今日は美味しいもの作るよ、何でも言いなさいね」
そう言うとおばさんは出て行った。
明日。口にすると、実感が体全体を包んで背筋をぞくぞくさせた。戦争。もうここへは帰ってこれないかもしれない。帰れないことが怖いのではない。帰れないことで人を悲しませることが怖かった。
でも、行かなくちゃいけない。そんな気がする。ただし、きちんと帰ってこなくちゃいけない。ユウは荷物をぎゅうぎゅう詰めにしたトランクのふたを閉めた。外から子供たちの声が聞こえる。空はきれいに晴れている。明日も晴れるだろう。
絶対に、ここに帰ってくる。




