第四話 返事
その日の夜。
佳乃は、何度目か分からないほど同じDMを開いていた。
『写真に写っている妹さんについて、一度お話を伺えないでしょうか。』
その下には会社名と部署名。
さらに、
マネジメント部 桐島玲奈
という署名が入っている。
夕方に優と一緒に読んでから、閉じては開くのを何度も繰り返している。
「……桐島、玲奈」
小さく名前を読んでから、佳乃はInstagramを閉じた。
ブラウザを開き、会社名を検索する。
一番上に公式サイトが出てきた。
会社概要。
所在地。
問い合わせ先。
所属タレント。
ニュース。
公式SNS。
何人か、佳乃でも顔を知っている人がいた。
「この人、ドラマ出てた」
ベッドの上でスマートフォンをいじっていた優が顔を上げる。
「誰?」
佳乃が画面を向ける。
優は数秒眺めて、
「知らない」
と言った。
「見たことない?」
「ない」
「結構有名だと思うけど」
「テレビあんま見ないもん」
「そうだった」
優はまた動画へ戻る。
佳乃は会社概要を開いた。
DMの末尾に書かれていた住所と同じだ。
公式SNSからも同じ会社へ飛ぶ。
少なくとも会社自体は本当に存在しているらしい。
次に、桐島玲奈と検索してみた。
それらしい人は出てこない。
一瞬、不安になる。
よく考えれば、芸能事務所の社員全員を公式サイトに載せるわけもない。
佳乃は検索画面を閉じ、そこまで確認してからまたDMへ戻った。
返信欄を押す。
『ご連絡ありがとうございます。』
打つ、しばらく見つめる、消す。
打つ、見つめる、消す。
その繰り返し。
「……」
もう一度。
『ご連絡ありがとうございます。橘佳乃と申します。』
今度はそこまで打った。
止まる。
また全部消した。
「何してんの?」
優が言った。
「別に」
「さっきから打って消してない?」
佳乃はスマートフォンを伏せた。
「見ないでよ」
「見てないよ。ため息がうるさい」
「ため息に音量ある?」
「ある」
「ないよ」
「お姉ちゃんのはある」
優が笑う。
佳乃は枕を投げた。
優が受け止める。
「暴力反対」
「うるさい」
少しだけ気が抜けた。佳乃はじとっと優をみる。
佳乃はまたスマートフォンを手に取った。
返信したくないわけではない。むしろ気になっていた。
でも、返した瞬間に、この話が現実になる気がした。
昔の友達から届いたメッセージには、今でも返せていないものがある。
『元気?』
『また遊ぼうね』
『いつでも連絡して』
どれも優しいのに、何を返せばいいのか分からなかった。
元気です。
そう言い切れるわけでもない。
元気じゃないです。
それだけで済む話でもない。
返信をしたら、今までの一年を説明しなければいけないような気がした。
だから返せなかった。
しかし、今回の相手は、自分のことを何も知らない。
学校へ行けなくなったことも、卒業式に出られなかったことも、ずっと部屋にいたことも、何も知らない。
求められているのは、妹について話を聞きたいということだけであった。
「……ゆう」
「んー?」
「これ、どうする?」
優が画面から顔を上げた。
「DM?」
「うん」
「お姉ちゃんはどうしたいの?」
佳乃は悩むように眉を寄せる。
「私?」
「うん」
「いや、ゆうの話でしょ」
「そうだけど」
優は不思議そうに少し首を傾げた。
「お姉ちゃん、気になってるじゃん」
「……」
佳乃は視線を落とす。
気になっている...。
優が誰かに見つけられたことは嬉しかった。
ずっと綺麗だと思っていたし、人の中にいれば自然と目で追ってしまう子なのも知っている。
それを知らない誰かまで見つけさせてしまった。
でも、それだけなら、こんなに何度もDMを開いてはいない。
佳乃は三日前に撮った写真を開いた。
窓辺の優。
自分がメイクして、色を決めて、服を選んで、髪も整えて。
何枚も撮り直して。
偶然、優が窓の外を見た一瞬を撮った。
あの写真。
技術が完璧だなんて思っていないし、直したいところもある。
それでも、画面の中にいる優は、自分が作ったものだった。
「……なんで」
「何が?」
「なんで、あの写真だったのかなって」
優が黙る。
「優が可愛いからっていうのは分かるけど」
「まあね」
「そこは否定しないんだ」
「事実だし」
「強いなあ」
佳乃が少し笑った。
それから、もう一度写真を見る。
「私がしたメイクが……どう見えたのかも、ちょっと気になる」
口にしてから、自分で口にしてから気づいた。
優がニコニコと佳乃を見る。
「じゃあ聞けばいいじゃん」
「簡単に言うね」
「聞きたいんでしょ?」
「……うん」
「なら聞こうよ」
ぽすん。優はまた枕に寝転がった。
「一人で行くの嫌なら私も行くし」
佳乃は思わず振り返った。
「いや、ゆうの話だからね?」
「知ってるよ」
「完全に付き添いのテンションじゃん」
「だって私、まだ何もしたくないし」
佳乃は少しだけ呆れて、また返信欄を開く。
今度は消さない。
『ご連絡ありがとうございます。橘佳乃と申します。妹本人にも確認いたしました。一度お話を伺えればと思います。私も同席させていただいてよろしければ、日程をご相談させていただけますでしょうか。』
一回。
二回。
三回。
読み返した。
「長くない?」
「普通でしょ」
「知らない」
「大学生になるんでしょ。こういうの慣れなよ」
「大学生って企業DM返すの?」
「知らないけど」
「じゃあ偉そうに言わないで」
佳乃は送信ボタンに指を置いた。
投稿したときほどではない。それでも、すぐには押せなかった。
優は何も言わず、隣で動画を見ている。
佳乃は一度息を吐いて........
送信した。
「……送った」
「おー」
「その反応なんなの」
「返信できたじゃん」
「……うん」
優は笑った。
佳乃はスマートフォンを伏せる。
ずっとそわそわと携帯を確認しては閉じてを繰り返している。
「お姉ちゃんうるさい」
ゆうが言い捨てる。
「なにもいってない」
「挙動が。」
「音量ないでしょ」
「だからあるんだって。お姉ちゃんのそわそわ、字幕ついてるもん」
「どんな字幕よ」
「『そわそわ』」
ゆうが両手をわきわきさせて言う。
「そのまんまじゃん」
「じゃあ『大変そわそわしております』」
「丁寧にしなくていいから」
佳乃が優にチョップをかました。
「いでっ」
そうして数十分が立つ。
桐島から丁寧な返信が届いた。
候補日は年明けで、場所は事務所を指定された。
佳乃は画面をしばらく見つめていた。
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一月になった。
面談当日の朝の出来事。
佳乃は朝から三回服を着替えていた。
「さっきそれ着てなかった?」
ベッドに座っていた優があきれたように言う。
「違う」
「同じに見えるよ」
「こっちは襟が違うの」
「へえ」
「興味ないでしょ」
「うん」
「腹立つ」
佳乃は唇を尖らせて鏡を見る。
茶色い髪を整えて目元も確認する。
メイクはいつもより少し丁寧にした。
「別に面接じゃないんでしょ?」
「向こう芸能事務所だよ」
「うん」
「緊張しないの?」
優は少し考えて、不思議そうに答える。
「何に?」
佳乃は驚いた様子で振り返った。
本気だった。
「……もういい」
「何が?」
「そのままでいて」
「最初からそのつもり」
優が立ち上がる。
胸元まで伸びた髪を今日は黒髪を下ろしていた。
本人は適当にブラシを通しただけと言っていた。
服も普通なのに、やっぱり目に入る。
佳乃が優の髪を見る。
「ちょっとこっち」
「ん?」
「毛先はねてる」
「直して」
優が近づいてきて佳乃は手櫛で整えた。
「メイクもする?」
優が聞く。
「…今日?」
佳乃が答える。少し間があった。
「うん」
「話聞くだけだよ」
「でもしてほしい」
髪の毛をくるくる手で遊びながらゆうがいった。
佳乃の手が一瞬止まる。
「……薄くだけね」
「はーい」
優は素直に椅子へ座り、佳乃はブラシを取る。
最近、ゆうにこうやって頼まれるのが、少し嬉しい。




