第九話:冷血公爵の初出張と、爆速帰還の大追撃戦
第一節:地獄の通達! 公爵、苦渋の留守番要請
三つ子たちが「よちよち歩き」を完全マスターし、公爵城内を元気いっぱいに駆け回るようになったある日の早朝。
ヴァルハイト公爵城の執務室に、過去最高レベルの「冷気」と「絶望」が立ち込めていた。
「拒否する」
ルーカスが、青灰色の瞳を恐ろしいほど冷たく光らせ、目の前の王家からの親書をシュレッダーのごとく冷気魔法で粉砕した。
「私をアリアと我が子たちから引き離すだと? 冗談ではない。隣国の平和など知ったことか。国王陛下には『公爵は現在、愛妻と三天使の愛育に多忙のため全権を放棄する』と伝えておけ」
「そうはいきません、殿下!!」
執事長ジャンが、胃薬の小瓶を煽りながら悲痛な叫びを上げた。
「今回の国境画定交渉は、氷の魔導の第一人者であるルーカス殿下でなければ収まりがつきません! 期間はたったの二日間……たったの四十八時間でございます!」
「四十八時間だと!? 狂気の沙汰か!!」
ルーカスは跳ね起き、デスクを力任せに叩いた。
「四十八時間もアリアの温度を感じられねば私の精神は崩壊する! その間にシエルが転んだらどうする!? レオンが私の不在に泣いたらどうする!? ノエルが『パパ忘れた』などと言い出したら私は自害するぞ!!」
「ルーカス様」
そこへ、両脇に長男レオンと次男シエルを連れ、長女ノエルを抱っこしたアリアが優しく入ってきた。
「アリア……!」
ルーカスが一瞬で冷気を消し去り、犬のようにアリアの元へ駆け寄る。
「ルーカス様。お国のため、そして私たちの暮らすこの平和を守るためのお仕事なのですから……いってらっしゃいませ」
「アリア……だが……お前と離れるなど……っ!」
アリアは可憐に微笑み、ルーカスの胸元にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ。エレナさんも、ボリスさんも、カルロスさんたちもついていてくださいます。……それに、早くお仕事を終わらせて帰ってきてくださったら……ご褒美を差し上げますわ」
「ご、ご褒美……!?」
ルーカスの青灰色の瞳が跳ね上がった。
「はい。ルーカス様が帰っていらしたら……今夜は三つ子ちゃんたちをエレナさんにお願いして、私と……二人きりで、夜遅くまで過ごしましょう?」
「……っ!!」
『氷の冷血公爵』の脳内に、幸せな愛の大爆発が起きた。
彼は即座に正装の上着を羽織り、ジャンに向かって叫んだ。
「全速力で準備しろ! 交渉を三十分で終わらせて今夜中に帰還する!!」
第二節:留守中の公爵城と、三つ子の『お父様捜索隊』
ルーカスが出発してから数時間後。
いつもなら「アリア!」「我が子たちよ!」と騒がしい声が響く城内は、どこか静まり返っていた。
「あー、うー」
ふかふかの特大絨毯の上。
長男レオンが、いつもルーカスが座っている大きな革張りソファの脚をペチペチと叩いていた。
「あう? ぱぱ?」
次男シエルも、首をかしげながらルーカスの執務机の下を覗き込んでいる。
「ふふ、みんな……お父様を探しているのね」
アリアが優しい笑みを浮かべ、二人の頭を撫でた。
アリアの膝の上では、長女ノエルが「ぱぱー」と小さく呟きながら、ルーカスが置いていった上着の切れ端(※ルーカスがアリアに残した匂い袋)をギュッと抱きしめている。
「あらあら、殿下がいらっしゃらなくて寂しいのかしら?」
乳母エレナが微笑ましいように目元を和ませる。
「はい。ルーカス様はいつも大騒ぎなさいますけれど……いらっしゃらないと、やっぱりこの子たちも寂しいみたいですわ」
その頃、庭園の木の上では——。
「隊長……報告です。公爵城周辺の防衛結界、完璧です。しかし……」
双子の隠密ハンジが寂しそうに遠くを見つめる。
「どうした、ハンジ?」
「殿下のあの理不尽な過保護命令がないと……なんだか気が抜けてしまいます……」
「馬鹿者! 殿下がいつ爆速で帰還されてもいいように、絶対防衛網を維持しろ! 殿下の『アリア様と三つ子様への愛』を舐めるなよ!」
第三節:伝説の速奪交渉! 爆速帰還の公爵
一方、数百度離れた隣国との国境会談場。
本来ならば三日間かけてじっくりと領土や鉱山権を交渉するはずの厳粛な会議室に、凄まじい「殺気」と「極寒の冷気」が吹き荒れていた。
「……で、あるからして、我が国としては——」
隣国の特使が書類を読み上げようとした、その瞬間。
バンッ!!
ルーカスが机を叩いて立ち上がった。
「その条件で承認する! 鉱山権も七割譲渡しよう! 賠償金も我が家が全額補填する! 異論はないな!? 署名しろ!!」
「えぇぇぇぇっ!? ほ、本当に良いのですかヴァルハイト公爵!?」
隣国の特使たちが目を丸くして驚愕する。
「文句があるのか!? 私には一刻の猶予もないのだ! アリアが待っている! 我が天使たちが私を呼んでいるのだ!!」
ルーカスは光の速さで批准書にサインを殴り書きすると、従者や護衛を全て置き去りにし、自らの空間跳躍魔法を展開した!
「殿下!? 馬車はどうされるのですか!?」
「歩いて帰る方が早い!!」
ドゴォォォン!!
公爵城へ向けて、音速を超える速度で空を突き抜けていく一筋の銀色の光。
冷血公爵の愛と過保護は、もはや魔法や物理法則すらも軽々と凌駕していた。
第四節:ただいまの抱擁と、二人きりの約束
出発からわずか四時間後。
予定の四十八時間を大幅に短縮し、日没前にヴァルハイト公爵城の重厚な門が吹き飛ぶ勢いで開かれた。
「アリアーーーッ!!!」
全身から湯気(※音速移動による摩擦熱と冷気の相殺)を立てたルーカスが、廊下を爆走してアリアの寝室へとなだれ込んできた。
「ルーカス様!?」
アリアが驚いて立ち上がると、ルーカスは一瞬でアリアを抱き上げ、狂おしいほど強く、愛おしくその身体を抱きしめた。
「無事だったかアリア! 寂しくなかったか!? 怪我はないか!? 浮気はしていないな!?」
「いたしませんわ!! 帰ってくるのが早すぎます、ルーカス様!!」
アリアが呆れつつも、嬉しそうにルーカスの首に腕を回した。
「あうー! ぱぱ!」
「ぱぱー!」
床にいたレオンとシエル、そしてノエルが、大はしゃぎでルーカスの足元へハイハイ&よちよち歩きで群がってきた。
「我が子たちよ……! 私を覚えていてくれたのか……!」
ルーカスは膝をつき、アリアと三つ子をまとめて大きな腕で包み込んだ。
青灰色の瞳から大粒の涙を流しながら、一人一人の頬に深く口づけを落としていく。
「可憐だ……! 世界で一番愛おしい……! 私の家は、私の幸せは、ここにしかなかったのだ……!」
夕闇が優しく部屋を包み込む中。
「ふふ……ルーカス様。お仕事、本当にお疲れ様でした」
アリアがルーカスの耳元で優しく囁く。
「約束通り……今夜は、たくさん甘えさせて差し上げますね」
「……っ、アリア……!!」
冷血公爵の初出張は、異例の爆速帰還と、家族の深まる愛の再確認によって幕を閉じた。
過保護で賑やか、そして溢れるほどの愛に包まれたヴァルハイト公爵家の日常は、明日も最高に幸福な時間へと続いていくのであった。




