第四話:双子護衛隊の受難と、三天使の『はじめての冒険』
第一節:ハイハイ解禁! 公爵城に訪れた『移動式脅威』
三つ子——レオン、シエル、ノエルがすくすくと育ち、生後数ヶ月を迎えたある日のこと。
ヴァルハイト公爵城に、これまでとは次元の違う緊張が走った。
「報告! 長男レオン様、および次男シエル様が……ついに『ハイハイ』の完全習得を確認いたしました!」
廊下の影から舞い降りた影の護衛隊員が告げた瞬間、執務室にいた執事長ジャンは手にした万年筆を床に落とし、影の護衛隊長カルロスは凄まじい顔で立ち上がった。
「ついに来たか……! 自力移動の解禁だ!」
そう、赤ちゃんが自力で動き回るということは、危険予測の範囲がこれまでの「ベビーベッド周辺」から「城全体」へと一気に跳ね上がることを意味していた。
特に問題だったのは、三人の個性の違いである。
長男レオン: クールな顔をしながら、ルーカスの執務室や貴重な古文書の保管庫へ「知的な好奇心」で一直線に向かう。
次男シエル: 驚異的なハイハイ速度を誇り、廊下の段差や階段を目指して「猪突猛進」で突き進む。
長女ノエル: アリアのいる場所を完璧に察知し、天使のような笑顔で「ママの元」へとトコトコ(お腹をすらせて)進む。
「ハンジ! ルーイ!」
カルロス隊長が叫ぶ。
「ハッ! 双子護衛隊、出動準備完了しております!」
若手の影の護衛隊員、ハンジとルーイが胸を叩いた。
「これより三つ子様の警護命令を発動する! 特にシエル様の爆走ハイハイと、レオン様の危険区域侵入を阻止せよ! ただし、三つ子様に指一本触れて怪我をさせることは許さん! お前たちの身体を滑り込ませ、完璧な人間クッションとなれ!」
『了解!!』
暗殺と隠密のプロフェッショナルたちが、赤ちゃんたちの「ハイハイの障害物」になるための命懸けの任務へ飛び出していった。
第二節:シエルの爆走 vs 双子隠密の人間クッション
「きゃっきゃっ♪」
長い廊下の向こうから、楽しそうな声を上げて猛スピードでハイハイしてくるのは、次男のシエルだった。
プラチナブロンドの髪を揺らし、目指すは廊下の先にある「三段の小さな大理石の階段」だ。
「まずい! シエル様の速度が想定の1.5倍だ! あのままでは階段から転落される!」
天井の梁から見守っていた兄のハンジが青ざめる。
「任せろ兄さん! 『影流・人間極上クッションの術』!!」
弟のルーイが音もなく天井から飛び降り、シエルの進路上の床へダイブ!
厚手のフワフワなフェルト生地を身体に巻きつけた状態で、完璧な角度で滑り込んだ。
ストンッ。
シエルの小さな手とお腹が、ルーイの背中の上に着地する。
「ぶちゅー?」
シエルは突然現れた「フワフワの床」の上でピタッと止まり、不思議そうに首をかしげた。
「ふぅ……間一髪だったぜ……」
床に伏せたまま息を吐くルーイ。
だが、安堵したのも束の間!
「きゃははっ!」
シエルはルーイの背中を「面白い遊具」だと認識したらしく、ルーイの頭や背中の上をポンポンと叩きながら、さらに嬉しそうにはしゃぎ始めたのだ。
「ぐはっ……! シエル様の小さなお手手が……可愛すぎて……尊すぎて胸が苦しい……っ!」
「しっかりしろルーイ! 尊さで意識を飛ばすな!」
上空からハンジが叫ぶ。
一方、反対側の廊下では、長男のレオンが静かに、けれど着実にルーカスの執務室のドアへ向かっていた。
「レオン様、そちらは危険な書類や公爵様の冷気が充満する部屋にございます……!」
ハンジがそっとレオンの前に回り込み、両手を広げて立ち塞がる。
すると、銀髪の長男レオンは、父親のルーカスにそっくりな青灰色の瞳でじーっとハンジを見つめ——。
「……あう」
ぽてん、とハンジの膝の上に頭を預けて倒れ込んできた。
「ぐはぁぁぁっ……!!」
ハンジは胸を強力な愛の矢で撃ち抜かれたように悶絶した。
「可愛すぎる……!! 公爵様に似てクールかと思ったら、こんな不意打ちの甘え方をしてくるなんて……! 降参だ、レオン様! 俺をいくらでも踏み台にしてください!!」
暗殺部隊の精鋭二人が、生後数ヶ月の三つ子によって完全に牙を抜かれ、デロデロに甘い下僕と化していた。
第三節:公爵の執務室襲撃と、パパのデレデレ崩壊
そんな中、ついにレオンとシエルが(ハンジとルーイを遊具にしながら)ルーカスの執務室の扉を押し開けてしまった。
部屋の中では、ルーカスが眉間に深いシワを寄せ、王国貴族からの厄介な陳情書を処理している最中だった。
部屋全体にピリピリとした冷気が漂っている。
「……ん?」
ドアの隙間から、ひょこっと顔を出した二つの小さな頭。
「あー、うー!」
シエルが元気にハイハイで踏み込んでき、レオンはどこか誇らしげに父親のデスクの脚へと近づいていく。
「なっ……!?」
ルーカスは跳ね起きるように立ち上がり、手にしていた最高級の羽ペンをへし折った。
「レオン! シエル! なぜこのような場所におる!? 危険だと言ったはずだ! 床が冷たくなかったか!? 転んで膝をすりむいていないか!?」
ルーカスは慌ててデスクを飛び出し、床にひざまずいて二人の身体を急いで点検した。
怪我一つないことを確認してほっと息を吐いた瞬間。
すりっ。
長男レオンが、ルーカスの高級なズボンの裾に小さな手を伸ばし、キュッと握りしめて見上げてきたのだ。
次男シエルも「パパー!」とばかりにルーカスの膝によじ登ろうとしてくる。
「……っ!!」
『氷の冷血公爵』のポーカーフェイスが、音を立てて崩壊した。
「お前たち……私に……逢いに来てくれたのか……?」
威厳も冷徹さもどこかへ吹き飛び、ルーカスはプルプルと震える手で二人をそっと抱き上げた。
青灰色の瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「可憐だ……! アリアに似て天使だ……! 私の血を引いているくせになぜこんなに可愛らしいのだ……!!」
そこへ、扉から静かに足音が聞こえた。
「あら……ルーカス様。そちらにいらしたのね」
アリアが、腕の中に長女ノエルを抱っこしながら柔らかく微笑んで入ってきた。
ノエルはアリアの胸元で「あうー」と可愛らしく声を上げている。
「アリア……!」
「レオンとシエルが急にいなくなって探していたのですけれど……ふふ、お父様のところへ『探検』に来ていたのね」
アリアが優しく微笑むと、ルーカスの両腕の中の男の子二人も、アリアの腕の中のノエルも、嬉しそうに「きゃっきゃっ」と声を上げた。
第四節:家族の温もりと、執事長の胃薬
「アリア……」
ルーカスは二人の息子を抱っこしたまま、アリアの元へと歩み寄った。
「この子たちは……私を恐れていない。私のような冷酷な男を、父親として慕ってくれている……」
「当たり前ですわ、ルーカス様」
アリアはルーカスの頬にそっと手を添え、愛おしそうに見つめ返した。
「あなたがどれほどこの子たちを愛し、守ろうとしてくれているか、この子たちには全部伝わっているのです」
ルーカスは目元を赤くしながら、アリアと三つ子をまとめて包み込むように、大きな腕で優しく抱きしめた。
「ああ……愛している、アリア。そして、私の愛しいレオン、シエル、ノエル……。お前たちが大人になるまで、いや大人になってからも、私が世界中のあらゆる危険から守り抜いてやる」
その温かな光景を、廊下の陰で見守っていた人々。
「うぅ……感動の場面ですな、隊長……!」
人間クッションとしてボロボロになった双子のハンジとルーイが涙を拭い、
カルロス隊長も深く頷いていた。
そして、その横で手帳を開いていた執事長ジャンは——。
「……ふむ。ハイハイの開始に伴い、城内の全家具の角にフェルトを貼り付ける補修予算と、影の護衛隊の『人間クッション手当』を増額せねばならんですな」
ジャンは胃薬の小瓶をそっとポケットに仕舞い、どこか満足そうに微笑むのだった。
三つ子の『はじめての冒険』を経て、ヴァルハイト公爵城の過保護と家族の絆は、さらに強く、深く、賑やかに深まっていくのであった。




