第五話:絶対防衛のピクニックと、冷血パパーズ・ライバル宣言
第一節:三つ子の『おそとデビュー』と、国境レベルの警戒発令
三つ子が生後半年を過ぎ、すっかりお座りもしっかりしてきた心地よい秋晴れの日。
アリアのふとした一言が、ヴァルハイト公爵城にふたたび激震を走らせた。
「ルーカス様。とても良いお天気ですし、今日はお庭でみんなでピクニックをいたしませんか?」
その可憐な提案を受けた瞬間、ルーカスは即座に執務室のデスクから跳ね起き、恐ろしいほどの真顔で命じた。
「ジャン! 今すぐ庭園の半径一キロ圏内における気圧、湿度、風速の完全制御魔法陣を展開しろ! 草むらに潜む虫一匹、花粉一粒に至るまで殺菌消滅させるんだ!」
「殿下、落ち着いてください!!」
執事長ジャンが手慣れた手つきで胃薬を煽りながら制止する。
「ただの敷地内でのピクニックでございます! 国を挙げた防魔結界を張る必要はございません!」
「戯言を! アリアとお腹から出て間もない三天使が外の空気に触れるのだぞ!? 突風が吹いて三つ子の柔らかい肌に傷がついたらどうする! 小石につまずいてアリアが膝をすりむいたらどうするのだ!!」
「ルーカス様」
そこへ、両脇に長男レオンと次男シエルを抱っこしたアリアが、ふんわりとした笑顔で現れた。アリアの背後では、専属乳母のエレナが長女ノエルを大切そうに抱いている。
「そんなに大袈裟になさらなくても大丈夫ですよ。ボリスさんがとっても美味しそうなお弁当を用意してくださったのです」
「……っ、アリア」
アリアに優しく見つめられた瞬間、ルーカスの殺気あふれる暴走はピタリと止まり、耳まで真っ赤になった。
「分かった……。お前がそう望むなら、最高のピクニックにしよう」
こうして、影の護衛隊「黒狼衆」が庭園の木々に百人規模で潜伏し、全方位の安全をリアルタイムで確保する中、ヴァルハイト公爵家史上初の『超厳戒体制ピクニック』が開始された。
第二節:芝生の上の攻防! 三つ子 vs 冷血パパ
庭園の中央、陽光が降り注ぐ特大のふわふわ絨毯の上に、ピクニックシートが敷かれた。
「あー! うー!」
次男シエルは、フカフカの芝生の感触が珍しいのか、ハイハイで元気いっぱいに動き回っている。
長男レオンは、アリアの膝の上にちょこんと座り、小さな手でアリアのドレスの裾をギュッと握りしめてご満悦の表情だ。
長女ノエルは、アリアの胸元に抱っこされながら、すやすやと可愛らしい寝息を立てている。
アリアの周りは、完全に三つ子の天使たちによって占領されていた。
「……」
その光景を、シートの端で正座しながらじーっと見つめる男が一人。
他ならぬ父親のルーカスである。
(くっ……! アリアの右膝はレオンに、左胸はノエルに、そして動くアリアの視線はシエルに奪われている……! 妻の全存在が、我が子たちによって完全にジャックされている……!!)
「ルーカス様? どうなさったのですか? お重のお食事、召し上がらないのですか?」
アリアが不思議そうに首をかしげる。
「アリア……。私にも、お前のお手製サンドイッチを口に運んでくれぬか……? レオンばかりずるいぞ」
「まあ、ルーカス様ったら」
アリアが可憐に微笑み、サンドイッチを手に取ろうとしたその時であった。
「あうー!」
アリアの膝上にいた長男レオンが、ふとルーカスの方を振り向いた。
銀髪を揺らしたレオンは、父親そっくりの冷めたポーカーフェイス……と思いきや、どことなく「お母様は僕のものだよ」とでも言いたげなドヤ顔をルーカスに向けたのだ。
「……! 今、レオンが私を煽ったか!?」
ルーカスが青灰色の瞳を鋭く光らせる。
「レオン……お前が私の血を引く優秀な男なのは認める。だが、アリアの夫は私だ! アリアの膝上という絶対的聖域を独占するなど、いくら息子と言えど許しがたい!」
「赤ちゃん相手に本気で対抗意識を燃やさないでください、旦那様!!」
物陰から飛び出してきた乳母エレナの紙扇子が、風を切ってルーカスの後頭部に炸裂した。
「痛っ……! エレナ、私を誰だと思っている!」
「アリア様の前で大人げないライバル宣言をする困ったお父様ですよ! ほら、シエル様がサンドイッチを狙ってらっしゃいます!」
第三節:料理長の特製ピクニック重と、影の護衛隊の受難
「ふふふ、皆様! 本日のメインディッシュでございます!」
そこへ、誇らしげな顔をした料理長ボリスが、巨大な二段重ねのお重を運んできた。
「アリア様と旦那様には、最高級ローストビーフの特製サンドイッチ! そして三つ子様方には、かぼちゃとさつまいものふんわり柔らかムース&特製野菜粥でございます!」
「きゃっきゃっ!」
シエルとレオンがお料理の甘い香りに反応し、身を乗り出してお手手をバタバタさせる。
「ボリスさん、とっても美味しそう! ありがとうございます」
アリアが嬉しそうに微笑むと、ボリスは感無量の面持ちで胸を張った。
アリアが三つ子たちに丁寧にムースを口へ運んでいく。
「あむ」と一口食べたレオンとシエルは、お目々を輝かせて「おいしい!」と言わんばかりにニッコリと笑った。
その時、庭園の木の上では——。
「隊長……風向きが変わり、小さなミツバチが一匹、三つ子様のムースの香りに誘われて接近中です!」
双子の隠密ルーイが緊張した声で報告する。
「何だと!? 全員、投擲準備! ただし殺虫スプレー等の薬品はアリア様たちの空気を汚すため使用禁止だ! 針の穴を通すようなコントロールで、あのハチをノーダメージで捕獲・護送せよ!」
カルロス隊長の指令のもと、影の護衛隊員たちが数キロ先のハチを一匹捉えるために、生真面目な顔で極細の虫取り網を超高速投擲する。
暗殺者たちの超絶技巧が、今日もピクニックの平穏のためだけに無駄遣いされていた。
第四節:極上の秋空と、誓いのぬくもり
美味しいお食事を終え、お腹いっぱいになった三つ子たちは、ぽかぽかとした秋空の下で、三人仲良く特大クッションの上ですやすやと眠りについた。
静かになった庭園。
アリアはルーカスの隣にそっと寄り添い、彼の肩に頭を預けた。
「……アリア」
ルーカスは優しくアリアの腰に手を回し、その華奢な身体を引き寄せた。
「子供たちが生まれてから、私は毎日嫉妬ばかりしているな。お前の愛をあやつらに奪われるのが怖くて……情けない父親だ」
「そんなことありませんわ、ルーカス様」
アリアはルーカスの手に自分の手を重ね、愛おしそうに見上げた。
「あなたが子供たちをライバル視してしまうくらい、私のことを愛してくださっているのが伝わって……私、とっても幸せです。でもね、ルーカス様」
アリアは恥ずかしそうに頬を染め、ルーカスの耳元で小さく囁いた。
「私の『一番特別な愛』は、いつだってルーカス様だけのものですから」
「……っ!!」
『氷の冷血公爵』の脳内に、激しい愛の幸せな爆発が起きた。
顔を真っ赤にし、息を呑むルーカス。彼は堪えきれなくなったようにアリアの額、頬、そして唇に優しく、愛おしく口づけを重ねた。
「アリア……愛している。一生、お前を離さない……」
すやすやと眠る三つ子の天使たちと、深く愛し合う公爵夫妻。
木の上で全力を出し切った影の護衛隊も、ハーブティーを飲みながら胃を休めるジャン執事長も、誰もがその温かな光景を優しく見守っていた。
ヴァルハイト公爵城の秋空の下。過保護で騒がしく、けれど世界で一番あたたかな家族の時間は、どこまでも穏やかに続いていくのであった。




