【アナザー⑧】新しき命の萌芽と、絶対過保護の幕開け(第三章〜第四章の間)
第一節:第三章直後、冷血公爵の二重大パニック
第三章の出来事を経て、アリアの中に「新しい命」が宿っていることが発覚したあの日。
ヴァルハイト公爵城の歴史は、間違いなく「第二の過保護新時代」へと突入した。
「全軍……いや、全使用人に告ぐ!!」
執務室で緊急招集された全使用人・影の護衛隊・厨房スタッフを前に、ルーカスは見たこともないような深刻かつ壮絶な表情でデスクを叩いた。
「アリアのお腹の中に、私とアリアの愛の結晶——『新しき命』が宿られた。これより当城の警戒レベルを【極限絶対絶対防御】へと引き上げる!」
「殿下、落ち着いてください」
執事長ジャンがいつものように胃薬の小瓶を握りしめて前に出た。
「アリア様が懐妊されたことは誠におめでたい限りにございます。ですが『絶対絶対防御』とは具体的に何を……」
「決まっているだろう!」
ルーカスの青灰色の瞳が、ボッと燃え上がるような過保護の狂気を帯びた。
「アリア一人ですら、世界で一番可憐で儚く、一秒たりとも目が離せない存在なのだ! そのアリアの中に、もう一人小さくて愛おしい天使がいるのだぞ!? これは実質『可愛さと尊さが二倍』『守るべき価値が世界二個分』になったということだ!!」
(理屈のスケールがおかしい……!!)
集まった者たち全員が心の中で突っ込みを入れた。
「本日より、アリアの半径三メートル以内に近づく者は事前に全身の消毒と魔法障壁の展開を義務付ける! アリアが歩く床には全て厚さ十センチの極上フェルト絨毯を敷き詰め、一歩歩くごとに空気の温度をコンマ一度単位で調整しろ! 失敗した者は北極海のマグロ漁船へ追放だ!!」
「マグロ漁船の規模がデカくなっているぅぅ!?」
ボリス料理長が悲鳴を上げ、影の護衛隊長カルロスは「隊員たちの睡眠時間をさらに削らねば……」と天を仰いだ。
第二節:過保護すぎる『つわり対策オペレーション』
妊娠初期特有の「つわり」がアリアを襲った際、ルーカスの動乱ぶりはもはや国家事変のレベルに達した。
「アリアが……お茶の香りで小さく胸を押さえた……!? 毒か!? いや、匂いに敏感になっているのか!?」
ルーカスは即座に城中の香料、芳香剤、匂いの強い食材をすべて処分させた。
ボリス料理長率いる厨房スタッフは、24時間態勢で「アリア様がその瞬間に食べられるもの」を特定するための試作地獄へと突入した。
「ボリス! 今日のアリア様はお酸っぱいミカンなら一口召し上がれたぞ! 今すぐ最高級の柑橘類を南国の領地から爆速ドラゴン便で取り寄せろ!」
「ハッ! 既に南国中の果樹園を買い占め、一番新鮮なミカンを積んだドラゴンが城の上空へ到着しております!」
メイドのミーナとマーガレットも、アリアの体調に合わせて24時間交互で背中をさする役割に志願した。
「アリア様、お辛くありませんか? 温かいお湯とおしぼりをお持ちしましたわ」
「ありがとう、ミーナ、マーガレット……。私、みんなにこんなに甘やかされてしまって……申し訳ないわ……」
ベッドで横になりながら、申し訳なさそうに微笑むアリア。
その可憐な姿に、メイドたちは胸をキュンと射抜かれた。
「申し訳ないなんてとんでもありません! アリア様とお腹のお子様は、私たちの命に代えてもお守りする最高の宝物なのですから!」
ドアの隙間からその光景を覗き込んでいたルーカスは、ポーカーフェイスを保ちながらも、握りしめたドアノブをバリリと力任せに粉砕していた。
(可憐だ……! つわりで少し顔色が白いアリアも尊すぎる……! 今すぐ私が代わりにつわりを引き受けられる魔導具を開発させねば……!!)
第三節:お腹の赤ちゃんへの『フライング過保護英才教育』
懐妊に気づいてから数週間。
アリアの体調が少しずつ落ち着いてくると、ルーカスの過保護は「まだ見ぬ我が子」へと直接向けられ始めた。
夜、アリアの部屋。
ルーカスはアリアのまだ平らなお腹の前にうやうやしくひざまずいていた。
「ルーカス様……まだお腹は大きくなっておりませんし、赤ちゃんはお耳も聞こえない時期だと思いますけれど……」
アリアが困惑しながら微笑む。
「関係ない」
ルーカスは真剣そのものの表情で、アリアのお腹に向かって語りかけ始めた。
「聞こえるか、我が子よ。私はお前の父、ルーカス・フォン・ヴァルハイトだ。今からお前に、この世で最も重要な真実を教えてやる」
ルーカスはアリアのお腹に優しく手を添え、低く力強い声で言った。
「第一に、お前の母親であるアリアは、世界で一番美しく、優しく、可憐な天使だ。お前が大きくなったら、私と共に全力で母親を守り、甘やかし、絶対に悲しませてはならん」
「第二に、お前が生まれてきたら、我がヴァルハイト公爵家の全財産とお前専用の騎士団をプレゼントする。だが、母親の膝の上を私と取り合うことだけは許さん。そこは私の定位置だ」
「もう、ルーカス様ったら! まだ生まれてもいないお子様に嫉妬なさるなんて……!」
アリアがぽっと頬を赤くして笑った。
そのアリアの笑顔を見て、ルーカスはお腹から顔を上げ、愛おしそうにアリアの頬を両手で包み込んだ。
「アリア……冗談ではない。私にとって、お前とお前の産んでくれる子は……私の命そのものなのだ」
青灰色の鋭かった瞳に、溢れんばかりの深い愛が宿る。
「かつて氷だった私の心に、お前が温もりをくれた。そして今、お前が新しい命を私に届けてくれた。お前たち二人を守るためなら、私は神とも悪魔とも戦ってみせる」
第四節:第一部④(誕生)へ向けた永遠の誓い
夜が更け、アリアが安らかな寝息を立てて眠りについた頃。
ルーカスはそっとベッドを抜け出し、執務室へと向かった。
執務室では、執事長ジャンがいつものように書類を揃えて待っていた。
「ルーカス様。お腹のお子様のための『最高級ベビーベッド』『防音魔法陣の展開計画』『王立小児科医の終身雇入契約書』の手配、すべて完了いたしました」
「ご苦労、ジャン」
ルーカスは窓の外、静まり返る夜の庭園を見つめた。
「ジャン。……私は、恐ろしい」
いつも完璧で冷徹な男の口から、珍しく弱音が漏れた。
「私のような血塗られた男が、父親になれるのだろうか。アリアを無事に無事に出産させ、生まれた子を幸せに育てることができるのだろうか……」
ジャンは驚いたように目を見張り、それから柔らかく微笑んだ。
懐から胃薬の小瓶を取り出し、テーブルに置く。
「ルーカス様。あなた様はすでに、世界で一番過保護で、世界で一番家族を愛する素晴らしい旦那様ですよ」
「ジャン……」
「これほどアリア様とお腹のお子様のために胃を痛め、大騒ぎし、全力で守ろうとされているのです。……生まれてくるお子様も、きっとあなた様の深い愛を知って、元気に産まれてきてくださいますとも」
ルーカスはフッと、小さく不器用な笑みを浮かべた。
「そうだな。……私が怯えてどうする。私はヴァルハイト公爵、アリアの夫であり、これから生まれてくる子の父親だ」
ルーカスはペンを取り、誓約書の末尾に力強いサインを走らせた。
(待っているぞ、我が子よ。お前がこの世界に生まれ落ちるその瞬間を……私とアリアの最大の愛をもって迎え入れてやる)
新しき命の誕生へ向けて——。
冷血公爵の深すぎる愛と過保護な挑戦は、さらに熱く、激しく未来へと続いていくのであった。
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