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契約妻は氷血公爵に縛られる  作者: 三日月
第2弾:極秘裏工作&サイドストーリー集
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【アナザー④】影の護衛隊の受難と密着報告書(護衛隊長視点)

第一節:精鋭部隊の失職と、過保護警護への再編



私、カルロス・ヴァルディスは、ヴァルハイト公爵家に代々仕える影の護衛隊「黒狼衆(こくろうしゅう)」の隊長を務める男だ。

我々「黒狼衆」は、王国の暗部においてもその名を恐れられる精鋭中の精鋭部隊である。敵国の暗殺者を影から仕留め、公爵家に仇なす反乱分子を闇に葬り、幾度となく公爵城の危機を救ってきた。身を隠す潜伏術、気配を完全に遮断する隠密術、そして一撃で敵の命を奪う暗殺術。我々の存在は公爵家の絶対的な切り札であり、影の支配者たる『氷の冷血公爵』ルーカス殿下の忠実な刃であった。


……そう、「あのお方」がこの城へお見えになるまでは。


「カルロス。本日より『黒狼衆』の全隊員三十名を、アリアの日常警護および生活環境の全自動安全確保任務に再配置する」


ある日の早朝。冷徹な声でそう言い放ったルーカス殿下の前で、私は自分の耳を疑った。


「……ルーカス殿下。お言葉ですが、我らは闇に潜み、敵を討つための暗殺部隊でございます。令嬢お一人の身辺警護であれば、表の近衛兵数名で十分かと……」

「黙れ」

ルーカス殿下の青灰色の瞳が、冷たく私を射抜いた。


「表の近衛兵ごときでアリアの安全が守れると思うか? アリアが散歩中、小石に足を取られて転びそうになった時、0.1秒以内に足元にクッションを滑り込ませる能力が近衛兵にあるか? 庭園に飛来した蜂を、アリアが気付く前に音もなく眉間を射抜いて排除する技術が近衛兵にあると思うか?」


「……は?」

「さらに言えば」

ルーカス殿下は真剣そのものの表情で、手元の羊皮紙を突きつけてきた。


「アリアが中庭で読書をする際、樹木の上から直射日光を遮る日かげを作り出し、風速が秒速三メートルを超えた瞬間に風よけの結界を張る業務だ。これらは高度な隠密性と俊敏性を要求される。お前たち『黒狼衆』でなければ不可能な任務だ」


(我らを……国最高峰の暗殺部隊を……「人間日傘」や「雑草・害虫駆除部隊」として使おうというのか……!?)


私は絶句した。だが、ご主人様の命令は絶対だ。

こうして、闇に生きる最強の隠密部隊「黒狼衆」は、一人の可憐な少女を甘やかして過保護に守るための『影の過保護防衛隊』へと再編されたのである。



第二節:極限状態の「日影形成オペレーション」


任務が開始されてからのというもの、我々黒狼衆の日常は過酷を極めた。

暗殺者との血で血を洗う死闘など、この任務に比べれば生ぬるい娯楽のようなものだった。


「隊長! 11時45分、太陽の位置が南東から微かに移動! アリア様のベンチに木漏れ日が差し込もうとしています!」

「落ち着け! 第二小隊、木の上に潜伏中の三名、即座に葉の密度を調整しろ! 魔法で枝を僅かに歪ませ、アリア様の肌に直射日光が当たらないよう完璧な日陰を維持するんだ!」


ヴァルハイト城の中庭。美しい花々が咲き誇るベンチで、アリア様がお気に入りの本を穏やかに開いている。

その頭上、大木の枝葉の陰には、黒装束に身を包んだ精鋭の忍びたちが十数名、息を殺して潜伏していた。


冷や汗が黒覆面の中を伝い落ちる。

アリア様は何も気づいておられない。ただ「今日は風が心地よいわね」と微笑まれている。

だが、その裏では、超一流の暗殺者たちが汗だくになりながら風向きを計算し、風魔法で微風を作り出し、飛んでくる蚊やハチを音もなく吹き矢で撃ち落とすという、神業のような超精密オペレーションが繰り広げられているのだ。


「隊長……大変です! 500メートル先の屋根の上に、ルーカス殿下が遠望用魔導具(双眼鏡)を構えて陣取っておられます!」

部下の一人が、通信の魔導具越しに悲痛な声を伝えてきた。


「なんだと! 殿下自ら見張っておられるのか!?」

「はい! 殿下の視線、アリア様の頬に当たっている微小な光の反射を注視されています! 『もしアリアの日焼け止めが落ちて肌が赤くなったら、黒狼衆は全員極寒の滝行五十日間の刑だ』と執事長殿経由で連絡が入りました!」


「全隊員に告ぐ!!」

私は通信魔導具に向かって叫んだ。

「死力を尽くせ! 魔法障壁の出力を微調整し、紫外線のみを100%カットしろ! アリア様の皮膚一枚、髪の毛一本すら傷つけさせるな! 失敗すれば我らの命はないぞ!!」


『ハッ!!』


気配を完全に遮断しながら、過保護のためだけに全力で魔力を消費する隊員たち。

敵の刺客を殺すために磨き上げた技が、今や「アリア様を快適に読書させるため」だけに極限まで昇華されていた。



第三節:提出を義務付けられた「過剰密着報告書」


我々「黒狼衆」に課された最大の苦行。それは夕刻に行われる、ルーカス殿下への「日次警護報告」であった。


深夜の執務室。ルーカス殿下はデスクに肘をつき、冷徹な青灰色の瞳で私を見下ろしていた。その手には、私が提出した数十頁におよぶ厚い報告書が握られている。


「……カルロス。この報告書、記述が足りんぞ」

「は……? どこに不備がございましたでしょうか?」


私は冷や汗を流しながら直立不動で答えた。報告書には、アリア様の移動ルート、会話した人物、摂取した水分量、体温の変化に至るまで、細大漏らさず記載したはずだった。


「ここだ」

ルーカス殿下は報告書の一小節を指でトントンと叩いた。


『14時22分:アリア様、庭園の青いバラをご覧になり、小さく微笑まれる』


「この『小さく微笑まれる』とは、具体的にどのような微笑みだ?」

「……はい?」

「口元の角度は何度だ? 頬の赤みは普段と比べて何パーセント増していた? 目元は緩んでいたか、それとも感嘆の眼差しだったのか? 彼女がその時漏らした吐息の音量はどれほどだ? なぜそれを音声記録魔導具で拾っておかんのだ!」


「殿下!!」

私は思わず大声を上げそうになった。


「我らは隠密部隊でございます! アリア様の微笑みの口元の角度などを測定するためには、アリア様の顔面から数センチの距離まで近づかねばなりません! それでは隠密の意味がございません!」


「ならば近づけ!!」

ルーカス殿下がデスクを叩いて立ち上がった。その圧迫感と殺気は、かつて数千の敵軍を一人で迎え撃った時と同等の凄まじさだった。


「私の命よりも重要なアリアの表情の記録だ! 彼女が今日、何に心を動かされ、どのような可憐な表情を浮かべたのか……それを完璧に把握できんのであれば、黒狼衆など解体してしまえ!」


(理不尽すぎる……!! アリア様の笑顔の角度を測れなかっただけで部隊解体の危機だと……!?)


私は胸の中で吐血しそうになりながら、必死で平伏した。


「も、申し訳ございません! 明日からは高精細の遠望魔導鏡を導入し、アリア様の表情をミリ単位で解析・数値化したグラフを報告書に添付いたします!」

「……ふん。分かればいい。それからもう一つだ」


ルーカス殿下は不機嫌そうに目を細めた。


「15時10分、アリアが屋敷の下男とすれ違った際、下男がアリアに向かって『お召し物が素敵ですね』と声をかけたそうだな」

「はい。日常の挨拶の範囲かと……」

「その下男を今すぐ解雇し、我が領内から追放しろ。二度とアリアの目に入らぬ遠くの街へな」

「殿下! さすがに挨拶をしただけで追放は過剰でございます! アリア様もそのような理由で人が罰せられれば心を痛められます!」


「ならば……」

ルーカス殿下は禍々しい笑みを浮かべた。

「その下男の顔を、二度とアリアが認識できぬよう、記憶消去の魔法をかけるにとどめてやる。感謝するのだな」


……もう、何も言えなかった。

このお方は、アリア様に関することになると、国家の法も道徳も、自身の卓越した知性すらも全て放棄して、ただの危険な「狂愛の暴君」と化してしまうのだ。



第四節:影の隊長の苦悩と、ほんの少しの誇り


執務室を出ると、廊下の陰で老執事ジャン殿が、胃薬の小瓶を持って待っていた。


「お疲れ様でしたな、カルロス隊長。今日も無事に首が繋がったようですな」

「……ジャン殿。私はもう限界です。敵の暗殺者と殺し合う方が百倍マシだ。アリア様の『微小な微笑み』の角度を報告書に書けなどと……我々は一体何の訓練をしてきたのだ……」


私が壁に寄りかかり、天を仰ぐと、ジャン殿は同情に満ちた目でハーブティーを差し出してくれた。


「まあまあ、これを飲みなさい。……ですがカルロス隊長。あなたも気づいているでしょう? アリア様がこの城に来られてから、城内の殺伐とした雰囲気が劇的に変わったことに」


「……」


「かつてのルーカス殿下は、ご自身の身を守るためだけにあなた方『黒狼衆』を死地に追いやり、冷酷な命令を下し続けておられた。あの頃の殿下の瞳には、光がありませんでした」


ジャン殿は遠くを見つめながら、静かに語った。


「今の殿下は……支離滅裂で、過保護で、報告書の内容にイチャモンをつける厄介なご主人様ですが……少なくとも、あなた方の命を軽視して捨て駒にするような冷酷さはなくなりました。アリア様を守るためなら、あなた方をも『大切な防衛戦力』として扱い、無茶な死地へ送るような真似は絶対にされません」


私は差し出された茶を飲み干し、ふっと小さく鼻で笑った。


「……確かに、な。以前の殿下なら、報告書の書き方一つで首を跳ねられていたかもしれない。今の殿下は……ただの『アリア様に狂った恋煩いの男』だ」


「ええ。ですから、我々で支えて差し上げましょう。あの暴走する過保護の嵐から、アリア様の平穏と、この城の平和を守るためにね」


私は腹を括り、黒覆面を深くかぶり直した。


翌日。

ヴァルハイト城の庭園には、今日も気配を完全に消した「黒狼衆」の隊員たちが配置されていた。

手には最新型の遠望魔導鏡と、精密な角度計測器。


「全隊員、傾注! アリア様が紅茶をお飲みになる! 角度、表情の変化、吐息の音量を完璧に記録しろ! 殿下に提出する『最高クオリティの報告書』を作り上げるぞ!」


『ハッ!!』


闇に生きる最強の隠密部隊は、今日も今日とて、一人の少女の可憐な日常を守り抜くため、そして恐ろしい冷血公爵の無理難題をクリアするために、影の中から血の滲むような過保護警護を続けるのであった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


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