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引っ込み思案な少女と3色のブラス〜初心者の私が全国金賞を掴むまで〜  作者: 宝妖夜るあ


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5話:夕暮れの教室

5話の夕暮れの教室です。

温かい目で見てくれると嬉しいです

地獄のような筋トレとミーティングがようやく終わり、全体解散となった。


私達1年生は、それぞれの担当楽器ごとに別れて、普段は一般の授業で使われている普通教室へと移動することになった。


吹奏楽部では、音楽室だけではなく放課後の空き教室を借りてパートごとに使うらしい。


私はまだ、プルプルと生まれたての子鹿のように震える足を必死に動かしながら、汐織先輩の後を追った。


案内されたのは、西校舎の端にある普段使われてない小さな会議室だった。


ガラガラと引き戸を開けて中に入れると、誰もいない静かな空間が広がっている。


窓の外を見ると5月の澄んだ空が、ゆっくりと茜色から薄紫色のグラデーションへと染まり始めていた。


放課後の静まり返った教室に、オレンジ色の夕日が長く影を落としている。


そのノンスタルジックな風景はとても綺麗だったけれど、私の腹筋はまだじんわりと熱く悲鳴を上げていた。


二つの木の椅子を向かい合わせに並べ、私たちは幕を下ろした。


私はたまらず、深く息を吐きながらずっと胸の中で渦巻いていた疑問を口にした。


「あの…汐織先輩…。私、吹奏楽部なのにあんなにゴリゴリに腹筋するなんて思いませんでした…。本当に運動部みたいでびっくりして…」


情けない私のぼやきを聞いて汐織先輩はクスッと小さく吹き出すと、困ったように眉を下げて笑った。


「ふふ…恋々菜ちゃん、そうだよね。私も最初は全く同じことを思ったよ。でもね、こればかりは【慣れよ慣れ】オーボエって実は、管楽器の中で一番息の圧力を必要とする楽器だから、あの腹筋後から絶対に効いてくるの。明日からもっと筋肉痛になると思うけど、頑張って乗り越えようね」


先輩はそう言って私の肩を優しく叩くと、自分の足元に置いていた大きなトートバッグから数枚の白い紙の束を取り出した。


「はい!これ恋々菜ちゃんの分の譜面ね。こっちが自由曲の交響的断章「課題曲Ⅲ:迷宮の輪舞(迷宮のロンド)」」でこっちは課題曲エニグマ変奏曲のパートは、私の下を支えてもらう2番手(セカンド)をお願いするね。これから一緒に頑張ろう」


手渡された楽譜は、真新しくて少しインクの匂いがした。


五線譜の上にびっしりと並んだ黒い音符の群れ。


家で聴いていたクラシック音楽が、今紙の上の記号となって私の手の中にあった。


けれど、複雑に絡み合う連符や見たこともない記号を目にすると、途端に大きなプレッシャーが押し寄せてくる。


「ありがとうございます…。でも、私にできますかね?楽譜読みも怪しいし、何よりも完全な初心者なのに、こんなに難しそうな曲…」


不安で視線を落とすと私に、汐織先輩は楽譜をのぞき込みながら、包み込むような温かい声で言った。


「大丈夫。私もね中学校に入ったときは楽譜なんて全然読めない。完全な初心者だったの。でも、こうして今2年生でちゃんと吹けてるでしょう?私がゼロから全部丁寧に教えるから安心してね。二人っきりのパートなんだから、困ったときは何でも頼ってね」


「汐織先輩…。ありがとうごさいます」


頼もしい汐織先輩の言葉に、胸の奥の曇り空が晴れていくような気がした。


引っ込み思案な私を汐織先輩はいつも一歩先で優しく手を引いて待っていてくれる。


「この自由曲と課題曲はね、夏の【支部大会】で演奏する大切な曲なの。まずはそこを目指して、一緒に頑張りましょう。よし、それじゃあ曲の練習に入る前に…まずは基本中の基本、オーボエの組み立てから始めようか」


先輩は床においていた、黒い革張りの細長いケースを机の上に乗せた。


パチンパチンと2つの金属の留め具が小気味よい音を立てて外される。


ゆっくりと蓋が開けられると、中には赤色のベロア生地に包まれるようにして、三つのパーツに分解された黒い木製の管体が収められていた。


夕日に照らされて、びっしりと配置された銀色のキィが、まるで精密機械のように妖しく美しく輝いている。


「オーボエはね、無理に握っちゃうと曲がっちゃうと、一発で音がでなくなっちゃうからね」


汐織先輩は手本を見せるように、上官と下管と呼ばれる二つのパーツを慎重に手に取った。


複雑に噛み合う金属の連結部分を壊さないよう、細心の注意を払いながらゆっくりと、回すようにして差し込んでいく。


「ここの部分とここの部分がぴったり一直線に重なるように…そう、優しくね。やってみて?」


私はゴクリと唾を飲み込み、自分の楽器のケースへと手を伸ばした。


指先から伝わる本物オーボエのひんやりとした重み。


金属の部分に触れるだけで、壊してしまいそうで指先が震える。


窓の外からは、遠くのグランドで走る運動部員の掛け声や、他の教室から微 かに聞こえるトランペットのロングトーンが響いていた。


そんな夕暮れの静かな教室の中で、私は先輩の真剣に手元を見つめながら、まるで壊れやすいガラス細工を組み立てるように、ゆっくりと慎重に自分の楽器に命の吹き込んでいた。





吹奏楽部の人数は48人くらいです


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