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風の女王  作者: contractor
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5/7

微火

 日柳一族、本邸。その座敷に宗家の人間のみならず、普段は此処へ立ち入ることを許されていない各分家の代表者達までもが揃い踏みしている。皆、強張った表情をしており、中には視線を彷徨わせ、正座した足を落ち着かなさそうに動かし、丁度いい位置を探している者もいる。張り詰められた空気感と炎術師が一箇所に結集したことで空間を染め上げていく熱気。それを容易く薙ぎ払ったのは豪快に障子戸を開け、ズカズカと足音を立てながら踏み込んできた男だった。


「さて……皆の者、待たせた。早速だが、報告を聞こうか」


 上座に勢いよく腰を下ろし、胡座をかくと、頬杖をつく。視線は正面。自身の気に気圧され、部屋の隅に寄っている術者達には目もくれない。窯元の右斜め後ろには優美な微笑みを湛えて控える、穢れのない純白のドレスを纏う麽雪の姿もあった。実力の上下に差があれど、間違いなくそこには日柳一族の実力者達が顔を並べていた。


「宜しく頼む、純連」

(かしこ)まりました」


 恭しく一礼するのは濡羽色の黒い髪を肩で切り揃えた女性。麽雪とは対照的な漆黒の着物に身を包んでおり、瀟洒な刺繍が施されている。澄ました顔に合わせるように堂々とした態度を取り、薄らと紅が塗られた唇を開く。川のせせらぎのような彼女の声によって行われる報告に少しずつ窯元の顔には皺が作られていく。身内の不始末に対して、だけではない。分家でも最強のコンビと謳われた晋吾と竹弥。その二名がよりにもよって風を操る何者かに敗れた。その事実が受け入れ難かったのだ。


「────という次第でございます。瘴気の残滓はありましたが、その辺の木っ端妖魔程度の力に敗れるほど彼らは弱くはありません。もしも妖魔の仕業だとすれば、現代では確認されていない上位のモノかと」


 純連はそう言葉を結んだ。澄まし顔なので、その思考は表情からは読めない。窯元は彼女の話を静聴した後、周りの者達がどう考えるかを推測し、渋面を作った。上位の妖魔。それも現代で確認されていない、正体不明のモノ。未知なる脅威に怯えるよりも、手っ取り早く近い存在をそこへ当て嵌める方が楽だろう。予想通り騒然とする中、彼はハッキリと耳にした。


「まさか風の力を身につけたあの無能者が……」

(なんて悪いタイミングで帰ってきてくれた、一真)


 窯元は内心頭を抱える。竹弥と晋吾を殺害した犯人が追放した息子、一真ではないことは何となく察していた。血の繋がり以上に彼が自分と同じで物事を合理的に考えられる人間だと理解しているが故だ。麽雪もそれは同じようで、彼女も部屋の中で起きる騒めきを他人事のような目で見下ろしている。まるで部屋の中で窓から差し込む光に反射して埃が舞っているのが見えたのをどうでも良さそうに眺めているかのような眼差しだ。現実逃避に近い。


「皆の者、静まれ」


 不愉快な騒めきが窯元の一声で消え去る。言霊は使っていなかったが、その強制力はそこらの術者が使う魔術よりもずっと強力だった。彼はこの状況を作り出した純連に向き合い、真意を問う。


「純連、それでお前はどう考える?」

「…………さぁ? 私にもさっぱりです」


 神妙な顔から引き出したのは気が抜けるような回答だった。実際、窯元も思わずよろけそうになった。立っていれば立ち眩みを覚えたかもしれない。


「ですが、あの無能者……失礼。日柳一真、今は蘇芳一真と名乗っているようですが、彼が怪しいこともまた事実。あまりにもタイミングが良すぎますので」

「あの子じゃないと思うわよ、十中八九ね」


 純連の意見をやんわりとした口調ながらも強く否定するのは麽雪だった。彼女のことをよく知る宗家の人間も、一目見たことがある者や、実際にその姿を見るのが今日が初めての分家の人間も、術者である以上、畏怖の対象でしかない。誰も言葉を挟まない中、純連は一度ぴくりと綺麗に整えられた眉の片方を動かし、麽雪に眼差しを投げた。


「どうしてそう思われるのですか?」

「偶然にも依頼であの子と会ったもの。強くなってたわ……もしかしたら私以上かもしれないわね」


 日柳一族最強の術者の衝撃的な告白に再び場が騒めきかけたが、窯元が一つ咳払いをすることで収まった。


「生意気にも私のことを元母だと言ってきたわ。本当にますます可愛くなったわ」

「……麽雪、それ以上は話が脱線する」


 窯元が非難の眼差しを向けると、麽雪は優雅な佇まいを崩し、悪戯が成功した餓鬼のような茶目っ気たっぷりの顔で謝った。


「あら。ごめんなさい、あなた……じゃなくて窯元サマ」

「……ハァ、まったく」

「兎に角、あの子の腕なら風術を使った痕跡どころか、術の痕跡すら残さないと思うわ。この眼が証人よ」


 物的な証拠は用意できていなくとも、飛び抜けた霊視力を持つ彼女の発言には信憑性があった。渋々ながらも納得の方向へ総意が傾いていっている。窯元は純連を盗み見る。


(!)


 目の前を高速で走り去るスポーツカーよりも素早い一瞥が捉えたのは感情の抜け落ちた、能面の様な表情だった。黒曜石のような瞳は昏い光を孕んでいる。だが、引き延ばされた時間感覚の中で次の1ページを捲った時には元の澄まし顔に戻っていた。窯元はこの時、嫌な予感を覚えた。


「何なら私が現場まで足を運びましょうか、純連」

「ご足労をおかけします……と申し上げたいところですが、ご遠慮願います。窯元様もそうですが、貴女様も気が絶大過ぎて折角の痕跡が消えてしまいます。端的に言うと邪魔です」

「ふふ、酷いわね。殺すわよ」

「酷いことを仰らないでください。事実を申し上げたまでですよ」


 軽口を叩き合い、笑い合う二人。仲睦まじく見える。窯元は先程見た純連の様子に気がかりを覚えながらも、記憶の片隅に留めておくことにした。

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