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風の女王  作者: contractor
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3/7

凋落

「そうか、奴が……あの無能者が帰ってきたか」

「はい、それも風術を身につけたようです」

日柳(くさなぎ)の……それも私の血を引くあの落ちこぼれがか」

「ええ。出奔したとはいえ、炎術師ではなく、風術師として大成した……宗家の嫡男である身で有りながら。これは明らかな裏切りではないでしょうか?」


 月光の淡い光が障子戸というフィルター越しに差し込む、薄暗い部屋の中にその男は居た。上座に座る彼の姿は闇に紛れているせいで判然としないが、火山の火口を覗き込んでいるような、そんな背筋に寒いものを走らせる存在感を放っている。緊張の面持ちで報告した黒衣を纏う二人の術者は跪きながら、男の次の言葉を待ち受ける。


「そうか……」


 繰り返されたその言葉には侮蔑と同時に喜びも垣間見えた。図太い性根と同様かそれ以上の図体が小刻みに揺れ始める。そのうち男は耳を劈くほどの哄笑を上げた。堪らなく滑稽で、面白いと言わんばかりに、何度も何度も自らの膝を叩きながら、口を大きく開けて腹を抱えて笑う。火を吹く竜がブレスを吐く前触れのように、男から発せられる熱気が部屋の中を席巻する。熱風に晒された、哀れな二人は黒衣の下の肌にじっとりとした、嫌な汗を浮かべた。


「ふ、ふはは……はははは! そうかそうか! あの無能者が日本に帰ってきたのか! 風術まで身につけて! あははは……それで?」


 男の笑い声が急に止まる。つい数秒前までは吹き荒れていた熱気が嘘のように収まっていた。乱されていた部屋の温度も次第に元の状態へと引き戻されていく。だが、二人の黒い塊はほっと胸を撫で下ろすことは出来なかった。


「私に何を求めている?」

「よ、窯元(ようげん)様……」

「私に何を求めている、と尋ねたはずだが」


 再度繰り返される言葉。暗闇の中で煌々とした鋭く光る二つの赤。それに睨まれ、どちらも身動きを取れなくなる。この場合の身動きは筋一本などという生易しいものではなく、心臓の鼓動の制御にまで及んでいた。深海に沈められたかの如く圧殺せんと全身にのしかかる重圧。呼吸もまともに行えず、体を硬直させたまま顔を歪めて喘ぎ、二人の視界は急速に霞んでいく。指先一つで人間の全質量を一瞬にして焼滅し尽くせる彼らであっても抗えない。自らの肉体に起きた異常事態にされるがままだった。


「あ……が」

「は……ぁ」

「隙だらけだ。常に油断はするものでない。日柳として生を受けずとも、そのことを術者の端くれであれば誰もが知るところだ」


 術者は意志の力こそ全て。その強さは才能や資質ではなく、これまで積み重ねてきた経験や苦難によって超人的な精神力が培われ、年月をかけて洗練されることで形成される。陸に打ち上げられた魚のように二人がなっているのは言霊を媒体とし、窯元の意志が二人に暗示としてかけられたため。所謂、魔術の一種だ。本来であれば、実力に多少差がある程度の人間からの暗示は精神防御でも凌げる。だが、それは精神力が釣り合っている場合のみに限る。両者の間に隔たっている、決して埋まることのない差があるというのなら例外だ。窯元と二人では文字通り、人間としての規格が違った。


「アレは無能者だ」


 窯元の口調は静謐だった。波打たない水面だ。代わりに彼から発せられる気は二人の不届き者へ明確な意志(敵意)を持って突きつけられていた。


「いくら風術を身につけたとて、奴が我ら日柳の脅威となることは有り得ぬし、貴様らの危惧しているような事態は決して現実のものとはならない。もしそうなったのなら、日柳宗主たるこの日柳窯元が直々に処分する、よいな?」


 返事はない。窯元は失望を禁じ得なかった。


「あの無能者は麽雪にも怯まなかったというのに……全く、口ほどにもない」


 二人の顔色は青から紫は、そして土気色に変わろうとしている。だが、呆れ果てた窯元が指を鳴らすと、肉体の制御権が所有者である二人に無事返還された。今の今まで差し止められていた酸素が大量に全身へと巡り、五体の硬直が解放された直後に二人は膝から崩れ落ちた。彼らは何度も肩で息を整える。窯元はその様子を冷然と見下ろす。


「この程度のことで死にかけている貴様らよりかは、あの無能者の方が遥かにマシだ。余計な口出しは無用だとその脆弱な身に刻み、一から修練し直せ戯け者が」


 二人は何も言えない。ただ顔を俯かせてじっとしている。「下がれ」という取りつく島もない、彼の静かなる一喝によって二人は部屋を追い立てられた。一人になり、窯元は肺の中の空気を全て絞り出すような重い嘆息を漏らす。


「日柳一族……かつては最強の炎術師の名門で、絶対的な強者の集まりだと言われた」


 説明的な口調でそう言い、自嘲する。もう笑うしかなかった。


「それが今ではこれか……形無しだな」


 その元凶の一部と言える者達が去って行った方向へ窯元は蔑みの視線を送る。


「莫迦共が……」


 無能者であると識別し、一族を追放した息子よりも、力の差も分からない無能な者達。窯元は悄然とそう吐き捨てた。

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