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風の女王  作者: contractor
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過去との対面

(いいケツしてんなー)

『サイテー』

(男なら見るもんだろ)


 メイドの小刻みに揺れる小ぶりな尻を暇潰しに堪能しながら案内されていく一真。多少は気晴らしになったものの、すぐにその努力は無駄になった。


「げ」


 駄々っ広い屋敷内を歩いた末、メイドが開けた部屋に入るなり、一真は呻く。そこにいたのは二人。一方が依頼人の男性なので特に関心はなかった。問題なのはもう一人。女性だ。数年ぶりにその姿を視界に捉え、一真の勤労意欲はマイナスに達した。


「あら、久しぶりね。元気してたかしら」


 腰の辺りまで伸ばされた雪のように白い髪、病的なまでに青白い肌、それでいて自身の生命力の強さを誇るように無尽蔵とも形容できる程に発せられる気を隠そうともしていない。複雑そうな心境を面に出す一真の様子など見えていないかのようにソファーに腰掛け、優雅にティーカップを口元に運んでいる。堂々とした佇まいだ。依頼人の男性である武中某は二人の関係性を図りあぐねており、視線を交互に行き来させた後、恐る恐るといった口調で女性の方へ声をかけた。


「あのう……麼雪(みゆき)さん。こちらの方とはどういったご関係なのでしょうか?」

「母」

「元な」


 答えは間髪入れず返ってきた。それを一真が同じく間髪入れずに否定する。気まずい沈黙が流れ、武中某は愛想笑いを引き攣らせる。二人に縋るような眼差しを向けるが、どちらとも目が合わない。時間が永遠にも引き延ばされたような感覚に陥り、武中某はわざとらしい陽気な声で二人の仲を取り持とうとする。


「そ、そうなんですねぇ! どうりでお二人共顔立ちが似ているわけだ!」

「……」

「……」

「あ、あはは……」


 今にも泣きそうだった。渇いた笑い声が虚しく響き、余計に空気が重苦しくなるように感じられる。今すぐにでもこの屋敷を飛び出したい衝動に駆られるが、自分の棲家を何故赤の他人の都合で追われなきゃならないのかという至極真っ当な疑問が脳裏を過ったことで踏み止まれた。部屋の扉の横に立つメイドは板挟みにされている哀れな主人に憐憫の籠った視線を送る。


「何であんたが此処に居る」


 口火を切る一真。平坦な声だが、その言葉には触れたものを容赦なく切りつける刃のような鋭さがあった。


「私が何処にいようと勝手でしょう? それにしても貴方、無能者ではなくなったようね」

「む、無能者……?」

「お陰様でな」

「あの、勝手に話を進めないでもらえないでしょうか……いえ、何でもありません」


 平然と答える麼雪。ビリビリと肌に電流を流されるような威圧感を、一真がやり手だと視た術者である彼女が感じていないはずもなかったが、眉一筋動かす気配もない。武中某が二人の顔色を窺いつつ、勇気を振り絞って仲裁を試みた。焦茶と真紅。それぞれの一瞥を受けて即座に撤退を選ぶ。死の直前に見ると言われる走馬灯が朧げながら見えたのだから仕方ないだろう。


「今の俺は昔の俺とは違うぜ」

「そう。どう違うというの?」

「視たら分かるだろ」

「ふぅん……」


 麼雪の視線を真っ向から受け、一真の体は石にでもなったように身動きを拘束される。が、すぐに振り払う。ただの一瞥だけで肉体の制御を支配してしまう自身の血縁者(元母)の実力の健在っぷりに心底畏怖した。それをおくびにも出さず、飄々と振る舞った。


「どうだ? 昔の俺とは違うって分かったろ」

「ええ、どうやらそのようね。とても強くなったじゃない」

『違う……』


 一真が得意げに口の端を上げていると、彼の肩から否定の言葉が聞こえる。戦慄と警戒が織り交ぜられたものにただならない危険信号を感じ取り、一真は念を飛ばして話しかけた。


(どういうことだ、違うって?)

『あの女、私が視えてるわ』

(…………は?)


 衝撃的な返答に短くも思考停止状態に追い込まれた。すぐに復活はしたが、それでも彼女の言葉を到底納得はできなかった。


(お前何で視られてんだよ。ちゃんと霊体化しとけよ)

『してるわ。それに……幾つもの術式と結界で気配も姿も痕跡も残してないわよ』


 一真は今度こそ驚きのあまり瞠目し、麼雪を見つめる。彼女は柔らかに微笑んでいるだけだ。真意は窺えない。ただその瞳が、霊視力と術者としての実力が想定を遥かに超えているのは確かだった。


「安心なさい」


 心の中を見透かしたように麼雪が開口する。


()()()()()()ということは誰にも公言するつもりはないわ。そもそもの話、言ったところで誰も信じないわよ」

「それもそーだな。ならいいや」

「ええ。だから、それはやめなさい。無駄な行為だから」


 一真が口封じの為に先手を取ろうとしていたことまで完全に看破していた。油断ならないなんてものではない。彼は舌打ちし、顔を背ける。麼雪への認識を改めることにした。


「いいものも見れたことだし、今回の依頼は貴方に譲ってあげるわ。見せて頂戴……母親として息子の貴方がどれだけ成長したか知りたいの」

「期待に応えてやるつもりはない。が、金は欲しいから依頼は俺がやる」

「ええ、それでいいわ」


 満足げに形の整った唇を弛ませる己を見放した母をまた見遣った後、迅速に妖魔を片付ける。姿を現してものの数秒。描写するまでもないほどの瞬殺だった。


「貴方はそれだけの力を得る為に何を視たの?」


 用件を済ませ、部屋を出ていく一真の背中に麼雪からの問いが投げられる。彼は足を止めると、振り返ることなく、簡潔に答えて出て行った。


「地獄の底だ」

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